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第27話 あまりに隔絶した圧倒的なまでの差にドン引きなんだが

 平然と佇むバーガンディー。

 闇の結界に護られた橘刹那。


 バーガンディーが橘刹那を護ったのか。


 ここで橘刹那を倒しきれなかったのは痛い。

 最上級魔神と言う存在がどれほどのものなのか知らない俺としては、今の状況がどれほど絶望的なのかは分からないが、俺を軽くあしらった魔人を眷属に持つ者だ。その強さは計り知れないだろう。


「もう終わりか? ではこちらも反撃しようか」


 バーガンディーがにこやかな笑みを浮かべながら声高に宣言する。

 そして絶望の詠唱が俺の耳に届いた。


 天使たちは詠唱時の無防備な隙を狙ってバーガンディーに殺到する。

 それと同時にバーミリオンは俺とセピアの下へ降り立った。

 そして彼女はその金色の髪を振り乱して叫ぶ。


「そいつには手を出すなッ! 退けッ!」


 その声は悲鳴に近かった。





 そして無慈悲な言葉がつむがれた。





 バーガンディーがむ。


魔神デヴィルの中の魔神デヴィルに申し上げる。地獄ハデスべる全ての王よ、冥界の宰相よ、全能たる堕天使よ、必要なのは、捧げるのは我らが黒子力ダルク。是を代償に禍々凶々(まがまがきょうきょう)異界極天いかいごくてん煉獄蛇蝎れんごくだかつ……】




バーミリオンが詠む。


【星々の熱量と質量が生み出す力ここにあり、超新星スーパーノヴァの爆発さえも抑え込む我らがマザーよ、全能たらしめるその叡智と光子こうしの残響を呼び出せ……】




セピアが詠む。


破邪はじゃの秘法あり、究極の護神ごしんここにあり、天にましますマザー御業みわざあり、猶猶なおなお惑星ほしの下位神よ、あまねく光子こうし揺蕩たゆた金色こんじき極界きょくてん臨界りんかいを超越し……】




 天使たちはバーミリオンの言葉に従わず、各々(おのおの)違った得物を持ってみたる魔神デヴィルに襲い掛かる。

 しかし、相手はは最上級魔神である。

 悉く攻撃が当たっているにもかかわらず、欠片かけら程の痛痒つうようすら与えていないように見える。天使たちが狼狽しているのがここからでも理解できた。


 圧倒的ッ!


 まさに圧倒的ッ! 


 これでは相手にならない。


 バーガンディーがゆらりと揺らめく。

 その瞬間、2人の天使がその胸を手で貫かれていた。

 ゆっくり落ちていく天使たち。

 その体が光粒子ルークアロンとなって消滅していく。

 残りの3人もあまりにも隔絶した力の差を理解したらしい。


 しかし遅かった。


 あまりに遅すぎた。


 詠唱を続けながら、その漆黒の魔神デヴィル軽々(かるがる)と天使たちを葬り去った。


 まるで群がる蠅を叩き落とすように。




 そして――




 バーガンディー、バーミリオン、セピア――

 3人の術が完成した。


六天魔撃ナンバーシックス

神曲狂奏ダンデリオン

神々極々(マザー・ツー)


 闇の六芒星がセピア色の空に出現した。

 それが回転しながら闇の奔流を吐き出す。


 漆黒の闇の奔流がまるでこの世の全てを飲み込んだかのように荒れ狂う。

 しかし闇が全てを支配する事はなかった。

 闇の中に仄かな光が種火のように灯った。

 セピアとバーミリオンが使用した神術は攻撃用ではなかった。

 大規模防御神術だったのだ。

 俺は2人の伸ばす手から発生した光子こうし力場りきばに護られて闇の奔流から逃れる事ができた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 耳をつんざくような残響。

 やがて闇は塵のように儚くも消えてゆく。

 俺たちは凶悪なまでの黒子力ダルクから辛くも生き残ったのであった。


「なん……だと……?」


 そこには驚愕の表情をしたバーガンディーが立っていた。

 隣の橘刹那も信じられないものを見るかのような目で俺たちを見つめている。

 一時は硬直したかのように動かなかったバーガンディーであったが、程なく正気を取り戻したのか両手を広げて大げさに哄笑する。


「ハハッ! フハハハハハハッ! やるなッ! たかが能天使パワーと天使如きが俺の極大魔術を防ぎきるとはッ!」


 確かにそうだ。セピアとバーミリオンの術が干渉し合って効果を高めたのか?


 バーガンディーは周囲に何も無くなったまっさらな大地に降り立つと、こちらに向かって静かに歩き出した。

 セピアとバーミリオンの息は荒い。

 動けない俺とセピアを傍目はためにバーミリオンが飛び出す。


 直接攻撃を仕掛けるつもりかッ!


「ハッハァッ! 破れかぶれと言うヤツか? 面白いッ!」


 バーガンディーの馬鹿にしたような哄笑こうしょうが更に大きくなる。

 そこにバーミリオンの渾身こんしんの一撃が魔神デヴィルの顔面を捉えた。

 彼女は更にその武装化された凶悪なまでにメカメカしい腕で連続で殴り続ける。


「クハハハハハッ! 面白い! 面白いぞッ! 貴様!」


 狂ってやがる……。

 一方的に殴られながらも余裕の態度は全く崩れない。


 その攻撃がどれほど続いただろうか?

 不意にバーガンディーが握手を求めるかのようにそっと手をつきだした。

 流石にバーミリオンも反応するが、その右手はあっさりとバーガンディーに捕えられていた。


「捕まえたな」

「くそがッ!」


 バーミリオンが吠える。


極天画撃ミリオン・ロー


 かなりの光子力ルメスを乗せた左手による一撃がバーガンディーに迫る。


 ガッキイイイイイイイイイイン!


 バーガンディーは己の右手であっさりとその一撃を弾き飛ばす。

 恐らく渾身こんしんの一撃だったのだろう、それを軽く弾かれて、バーミリオンの動揺の色が濃くなる。

 表情は見えないが、そこにあるのは絶望か。


「本物の拳を見せてやる」


 バーガンディーがそう言い放つとのの右手がうなる。


黒天殴殺ガルドリアン


 グシャッと鈍い音が辺りに響く。

 あまりに速い魔神デヴィルの殴打によってバーミリオンは簡単に吹っ飛ばされる。

 彼女は地面に何度も叩きつけられてようやく止まった。


「脆いな」


 そう言うと、こちらに顔を向ける。

 その顔は柔和な笑みが張り付いていた。

 一歩、また一歩と俺の方へ向かってくる。

 そこへ、セピアの声が響いた。


「バーミリオン様!」


 声につられて彼女の方に顔を向けると胸のプレートを完全に破壊されながらも何とか立ち上がるバーミリオンの姿があった。


「驚いたな。能天使パワー如きがアレを喰らってまだ立ち上がるとは」


 バーミリオンはよろよろと覚束ない足取りでこちらに向かって歩き出す。

 だがバーガンディーは相手にしない。

 彼女がもう何もできないと判断したのだろう。

 こちらに向き直り再び歩き出した。


 橘刹那の方はダメージで動けないようだが、一体どれほどの力を持つのか想像もできないバーガンディーが俺の黒の心臓(ブロークン)を喰おうとやってくる。


 こんなヤツに勝てるか――


 俺が死を覚悟したその時、地面に魔術陣が描かれ、その空間に闇が生まれた。


 ここにきて新手の魔神デヴィルかよッ!


 横目で魔術陣を確認した俺は、バーガンディーたちに視線を戻す。

 しかし何故か、橘刹那は悔しそうな表情でそれを見つめている。

 そして肝心のバーガンディーはと言うと、その魔術陣を見て……動揺している?

 その顔には焦りの色が見え隠れしていた。

 そして、俺の方をギンと睨みつけると、俺に向かって飛びかかってきた。

 その右手は暗黒に染まっている。

 あんな攻撃じゃ俺の防御シールドなんて簡単にブチ抜かれてしまうだろう。

 かわすしかねぇ!

 勘でとっさに右側に体を投げ出す俺。

 バーガンディーは凄まじい速度で向きを変えると俺に向かって右手を突き出す。


 ――避けきれない!


 その時、俺の左手からセピアが飛び出した。

 俺とバーガンディーとの間に割り込む形で。

 金属がひしゃげたような不快な音が耳に届いた。


「ガハッ」


 俺の目に飛び込んできたのは、腹の辺りをバーガンディーの右手に貫かれたセピアの姿だった。


「セピアアアアアアアア!」


 俺は思わず大声で叫んでいた。

 そこへバーミリオンが飛んできて一気に間合いを詰めると、その右ストレートが魔神デヴィルバーガンディーの顔面を捉える。

 もう大した力もないと思って油断していたのか、バーミリオンの一撃を彼は防がなかった。流石に無傷と言う訳にもいかなかったようで、たまらずるバーガンディー。恐らく神術を使って光子力ルメスを直接叩き込んだのだろう。


 しかしバーガンディーは倒れない。

 一歩足を引いただけでその場に踏みとどまる。


 対して俺は、まるで力の抜けた人形のように膝から崩れ落ちるセピアをすんでのところで抱きとめる。

 彼女の頬をペチペチと叩きながら俺は彼女の名前を叫び続けた。

 彼女の腹に空いた穴からは光粒子ルークアロンがふわふわと舞っていて幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「バーミリオン! 超回復は間に合わないのかッ?」

「はぁ……はぁ……私の光子力ルメスを分ける……キミはどいていろ」


 光子力ルメスを上手く扱えない俺ではセピアは助けられない。

 俺は大人しく引き下がると、攻撃の手を止めた魔神デヴィルたちの様子を窺った。

 そこには知らない人物、いや魔神デヴィルが出現していた。

 バーガンディーと同じ背中に煌めく12枚の黒い翼。

 それはバーガンディーと同格の存在であることを物語っている。


 その魔神デヴィルは、チラリと俺の方を見てから口を開く。

 黒髪ロングの端整な顔には吸い込まれそうな深い漆黒の瞳が印象的だ。


「バーガンディー。地獄ハデスの盟約……忘れたか?」

「……ふん。忘れてなどいない」


 一瞬、悔しそうな表情がバーガンディーに浮かぶ。


「ならば、この件は私が預かるぞ?」

「チッ、遊び過ぎたか……勝手にしろ」


 バーガンディーは橘刹那に目をやってコクリと頷くと、魔術陣を展開して虚空に消えた。それを見た橘刹那もコツコツと足音を残してどこかへと去って行った。


 2人が退場したのを見届けて、その魔神デヴィルは俺に話しかける。


「さて、阿久聖くん。スカーレットから報告は聞いているよ。そろそろ魔人まじんになる気になったかな?」

「……セピアを傷つけたお前たちに加勢しろと言うのか」


 思わず敵対的な目を向けると、いつの間にかスカーレットが近くへ来ていた。

 傍にはルージュも一緒だ。


「ローシェンナ様……」


 ローシェンナと呼ばれたその魔神デヴィルはそれをまったく意に介さずに俺に向かって言葉を続ける。


「阿久聖くん。君の黒の心臓(ブロークン)から溢れ出る黒子力ダルクの量は銀河を覆い尽くすほどのものだ。君がもし魔人まじんになれば、鬼だけでなく神格の高い天使すら造作もなく滅ぼせるだろう」

「悪いが俺は魔人まじんになる気はない。セピアに助けてもらった恩もあるからな」

「そうか……。君の気が変わることを願っているよ」


 もっとしつこく勧誘されるかと思っていたが、拍子抜けするほど簡単に彼女は諦めたようだ。彼女はスカーレットとルージュに何やら告げると魔術陣を展開していずこかへ消えた。


 ようやく浴び続けていた圧力プレッシャーから解放されたせいなのか、どっと疲れが押し寄せてくる。

 俺はバーミリオンにセピアの状況を確認するために彼女たちの方へ歩み寄った。


「セピアはどうですか?」

神核しんかくを貫かれていたら滅んでいたかも知れないが、幸いにもそれていたようだ」

「じゃあ、無事なんですね!」

「ああ、少し回復までに時間がかかるだろうがね」


 彼女はセピアをお姫様だっこすると、神術陣を展開して姿を消した。

 後には光粒子ルークアロンが漂うのみ。

 俺はぼんやりとそれを眺めていたが、ふと我に返ると大きなため息をついた。

 セピアにはまた助けられてしまった。今は彼女の回復を祈ろう。


 いつの間にか世界が色を取り戻している。

 日常の喧騒もまた戻って来ていた。


「あーどこだここは」


 俺は、自分のうちに帰るべく、家の方向へと歩き始める。

 多分、あっちの方だろう。

 後ろからそろそろとルージュが着いてくる。


「な、なによ。あたしの部屋でもあるんだからね!」


 ルージュはそう叫ぶと、俺の手を取ってふわりと空中に浮かぶ。

 そしてさっさとうちがある方向へと移動を開始した。


 俺はルージュに手を握られながらおのれの無力さを痛感していた。

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