第26話 俺、こういう時どうすればいいか分からないの……(笑えばいいと思うよ?)
俺たちの周辺の大地は、大きく抉れていた。
俺が後方に目をやると、そこには追ってくる橘刹那の姿。
今の爆発がヤツの仕業なのは間違いないだろう。
「くそッ! 速いな」
俺がそうこぼして橘刹那に目をやっていると、セピアが俺の腕を掴んで空へと舞いあがる。セピアを中心に球状の光子障壁が張られているのが見て取れる。言葉の通り、光子力による防御フィールドだ。
そう言えば、最初に鬼に襲われた時も一緒に浮かんでたな。
この中にいれば、セピアにしがみついていなくても一緒に飛行できるんだな。
天使の飛翔能力はかなりのものだ。
一緒に飛行してみて分かったが、追いかけてくる橘刹那をぐんぐんと引き離していく。
「だいぶ引き離したな。もう追ってこれないんじゃないか?」
「転移を使われたら一瞬です。どこかに身を隠しましょう」
転移の魔術があるのを忘れていた。
ルージュたちが使っているのを見ていたはずなのに。
しばらく飛んだ後、俺たちは草野球場の近くにあった繁みに身を隠すことにした。
「直にバーミリオン様と神器回収部隊の仲間が駆け付けてくれるはずです」
となれば、それまで隠れていれば援軍次第だが、戦況が好転するかも知れない。
「でも、私たちの光子力のパターンがバレていたら隠れていても意味ないんですけどね」
セピアはそう言って自嘲気味に笑ってみせる。
「個別にパターンが違うのか?」
「はい。光粒子や黒粒子には波長のパターンが存在するようで、これで個人を識別可能です」
そう聞いて俺の脳裏に不安が過る。
ヤツらの目的は俺の黒の心臓だ。
それはバーガンディーの喰うと言う発言からも明らかだろう。
もし俺の黒粒子の波長が把握されていれば、場所の特定はあっという間だろう。むしろ特定されている前提で動いた方がいい。
となれば俺の取るべき行動は1つ。
俺がセピアから離れることだ。
セピアは俺と一緒にいない方がいい。
巻き込むのは俺の本意ではない。
「セピア、ここで二手に別れよう」
そう切り出した俺の顔を彼女はまじまじと見つめると、目を閉じてフッと低い笑い声を漏らした。
「そう言う人ですよね。先輩って。でも心配は無用です。先輩は私たち天使が護ります」
一瞬、意味がわからなかったが、恐らく俺の考えに気づいたのだろう。
聡い天使である。
彼女はきっぱりとそう言いきると何やら神術の詠唱を始めた。
【宇宙に燦然と輝けし星々の加護を持て織りなせ五芒、邪を払え五芒、護り護らせ、新星天界】
すると、俺とセピアが潜む繁みに五芒星が描かれて、ドーム状の結界が出現する。まるで、暖かく穏やかな陽だまりの中にいるような感覚に襲われ、光が俺とセピアの2人を包み込んだ。
「これで、いきなり攻撃を受けてもだいじょ」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
セピアの言葉がまたまた途中で遮られる。
タイミング良過ぎィ!
俺たちは結界のお陰で無事である。
だが周囲の大地がクレーターのようになってしまった。
「隠れても無駄なこと。見つけたぞ!」
その声に頭上を見上げると、そこには宙に浮かぶ橘刹那の姿があった。
あいつも飛べたのか。
橘刹那は手から黒い刀を出現させると、両手で頭上に構えて急降下を開始した。
「結界なんざ、無意味なのよ!」
刀で結界ごと俺たちを叩き斬るつもりか!?
不意に結界が消滅する。
「先輩、こっちです!」
セピアが結界を解除したのだろう。
俺の手を引っ張って移動を開始した。
そこへ、フードをかぶった小柄な魔人が地面に着地する。
もちろん、俺たちは着地点から既に離れている。
「大人しく捕まえられるんだな」
「誰が聞くかよ。そんなお願い」
俺はセピアの手を振り払って、橘刹那と対峙した。
「先輩ッ! 逃げてくだだいッ!」
「俺がやるッ! セピアは神術で援護を頼む」
その言葉に橘刹那の不敵な笑みを浮かべる。
「ふーん。それで私に勝てるとでも?」
「はッ! 吠え面かくなよ?」
俺は具現化した刀を構えつつ、空中には無数の槍を創り出していく。
「言ってろバカがッ!」
速い!
一気に間合いを詰めて俺に飛びかかってくる橘刹那。
俺は反応するので精一杯だ。
バックステップで後ろに下がると、創り出した槍を全て解き放つ。
一斉に放つのではなく、タイミングをずらしつつ、全方位からの攻撃だ。
少しはダメージ喰らいやがれ!
後退していた俺も、刀片手に一転、橘刹那へと再び走り出す。
「チッ!」
彼女は舌打ちしながらも迫り来る槍を片っ端から叩き落とす。
その動きは軽快で無駄がない。
俺はタイミングを合わせて彼女の懐に飛び込むと、右手の刀を下から払い上げる。
「甘いんだよッ!」
彼女はそう一喝すると、俺の渾身の一撃を軽々とかわした上、その手の刀を一閃した。
速すぎて見えるかこんなもん!
そして遅れてくる激痛。
反射的に俺はその場から飛び退いていた。
そこへ少し遅れて何かが地面に落ちる。
「ってぇぇぇぇぇ!!」
斬られた!?
俺が痛みの出どころに目をやると、左腕がない。
肩口からばっさりと斬り飛ばされていた。
そこへセピアの大声が響く。
「先輩、離れてッ!」
その声に俺は痛みをこらえながら右へ大きく飛んだ。
【終末神判】
そこへ天空から一筋の雷光が橘刹那に降り注ぐ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
神聖な光が魔人の身を焦がし、まるで断末魔のような叫び声が響き渡った。
やったか? ってこういう時はやってない。
フラグ立てちまったぞ、クソが!
案の定、セピアの神術に耐えきった橘刹那が吠える。
被っていたフードが頭から外れて怒りの形相が露わになっていた。
短い黒髪からどこかボーイッシュでな感じを受けるが、その表情が歪んでいるせいか、せっかくの美人が台無しになっている。
「天使は殺す!」
少しよろめきつつも、橘刹那はしっかりした足取りで俺の方に一歩また一歩と近づいてくる。俺が激痛に耐えながら彼女を迎え討つ覚悟を決めようとしていると、背後に大きな霊的エネルギーが感じられた。
「バーミリオン様!」
思わず橘刹那から視線を離して振り返ると、そこには天から降臨した執行官形態のバーミリオンと天使5人の姿があった。
よし。これで勝つ!
俺はホッとして目の前まで近づいてきていた怒れる魔人に視線を戻した。
既に左腕の超再生が始まっている。
セピアが言うには神格が高いほど超再生の効果と速度が上がるらしいので、俺程度ではかなり遅い速度であるが贅沢は言っていられない。
空から5人の天使が一斉に攻撃を開始した。
流石の橘刹那も俺より強い(はず)の天使の同時攻撃には難儀するだろう。
俺は後方へ下がると、腕が再生するのを待つことにした。
ふと空を見ると、バーミリオンが何やらぶつぶつと呟いている。
恐らく神術の詠唱をしているのだろう。
彼女は能天使だと言っていた。
橘刹那の黒子力がどれだけなのか、俺には正確に推しはかる事はできないが、彼女の神格ならば目の前の魔人を滅ぼせると信じたいところである。
俺は再び戦いの様子に視線を戻した。
橘刹那は天使5人の攻撃をかわし、刀で受け流しながらしぶとくもダメージを回避していた。天使と魔人の攻防は一進一退と言う感じだ。
おいおい。天使5人でも勝てないとか言うなよな。
つっても最上級魔神が眷属化した魔人なら強さも段違いなのか?
そこへ俺の更に後方にいたセピアが俺の下へとやってくる。
「先輩、左腕の具合はどうですか?」
「ああ、斬り飛ばされたことすらも一瞬気が付かなかった。今、少しずつ再生しているみたいだな」
その声色から判断したのか、セピアはホッとため息をついた。
胸をなでおろしたと言うところか。そして安堵の声を上げる。
「私も加勢してきますから先輩は大人しくしててください」
「情けないが実力差はよーく理解した。援軍も来たし腕が再生するのを待つよ」
セピアが5人の戦いの場へ赴こうとした瞬間、空間が歪曲する。
前方の空間に漆黒の闇が出現し、その大きさを増していく。
あれは確か転移門のはずだ。
俺は嫌な予感がして、飛び立とうとしていたセピアの左手を掴む。
驚いたような表情を見せるセピア。
あの闇が転移門だとしたら、やってくるのはもちろん……最上級魔神のバーガンディー……。天使たちも闇に気づいたのか、魔人、橘刹那から少し距離をとる。
結局、5人がかりでも橘刹那に傷一つつけられなかったようだ。
どれだけ強いんだよ、あいつは……。
そして転移門から、あの魔神が姿を現した。
その時、詠唱をしていたバーミリオンの朗々とした声が辺りに響いた。
【天使の鉄槌】
凄まじいまでの霊的エネルギーが橘刹那と転移門の上空から落ちてくる。
橘刹那が何とか回避しようとしているが魔法の範囲が広い。
洗練され凝縮された光子力の塊が凄まじい勢いで敵に叩きつけられる様はまさに光子力のハンマーだ。
それに捉えられる魔神と魔人。
「グガガガガガガッ」
叫びとも呻きともつかない声が口から漏れる。
その声は橘刹那のものか? 魔神バーガンディーのものか?
光子力の塊は、あっという間に2人を巻き込んで地面に叩きつけると、地上でその霊的エネルギーが雷撃のように荒れ狂う。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
今度こそ、苦痛の叫び声をあげる橘刹那。
彼女は、その圧力に耐えられなかったのか、地面で潰れた蛙のように倒れ伏している。しかしもう一方のバーガンディーは声を上げる事もなく密度の濃い光子力をその身に受け続けていた。距離があるが、その表情は強化された視力によって見ることができる。
……笑ってやがるッ!
「撃ちまくれッ!」
バーミリオンの号令の下、天使たちは銃を構えて光子力弾を一斉射出し始めた。
目が眩まんばかりの弾幕に視界から2人の姿が消失する。
それからどれ位の時間が経っただろうか?
実際は大した時間でもないのだろうが、俺には随分と長い時間に感じられた。
バーミリオンの言葉に天使たちの放つ弾幕が終わりを告げる。
土煙と強烈な光が収まったその場所には、平然と佇むバーガンディーと、闇の結界に護られて、片膝をつく橘刹那の姿があった。
全く効いている感じがしない
一体どれ程の力の差があれば、こんな戦いになるんだ?
バーガンディーからは余裕しか感じられない。
12枚の翼を持つ最上級魔神の神格は伊達ではないと言うことか。
俺は心に伝う戦慄を隠すことが出来ず、その姿に畏怖の感情を抱かずにはいられなかった。




