第19話 天界のパないお偉いさんがやってきたんだが、どうやら熾天使らしい
ヴィオレさんが席から離れて何やら通話している。
そんな彼女の様子を何気なく見ていた俺だったが、彼女は壁の方を向いてひそひそ話しつつ、何度もペコペコ頭を下げている。
その姿に俺はどこか哀愁を感じていた。
人間じみた天使もいたもんだ。
やがて通話を終えた彼女がスマホをしまいながら席へと戻ってくる。
「お偉いさんからだったわ。フォグブルー様が君に会いたいから、今から来るって」
んだよ、そのノリで来た!って感じの言い様は。
その天使もチャリで来た!とか言いそうだな。
天使も人間と絡んでる内に色々と所帯じみてきたのかも知れない。
「偉い人ってどんな方なんですか? めっちゃ緊張するんですが……」
「熾天使の中のお1人ね。怖い人じゃないから大丈夫よ」
熾天使だって?
俺でも聞いたことがあるくらい知名度のある天使だな。
と言っても天使の中でいっちゃん強いヤツってな認識だけど。
「フォグブルー様ですか……お会いしたことはないですね」
「結構、気さくな方よ?」
セピアの上司のバーミリオンも人間社会に馴染んでたからな。
ヤンキーみたいな天使が来てももう俺は驚かんぞ。
その時、俺の腹がぐうっと鳴った。
そういや朝抜きだったわ。
「腹減ったな。何か軽く食べるか」
俺は誰に言うでもなくそう呟くと、席を離れカウンターの方へ向かった。
先程、コーヒーを用意してくれた店員さんとは違う人が応対に出てくる。
こんなカフェで優雅に食事などした経験などないので少し戸惑ったが、店員さんお薦めのパンケーキを頼んでみた。できたら呼ばれるらしいので一旦席に戻るとセピアが声をかけてきた。
「何食べるんですか?」
「ああ、お薦めされたパンケーキにした」
「フフッ……可愛いものにしましたね」
セピアは目を細めながら俺の肩にタッチしてくる。
こいつはわざとやってんのかと思うほど、仕草が可愛いな。
天然か? 天然なのか?
「セピアは何か食べないのか?」
「そう言えばもうお昼ですね。でもいいんです。今月厳しいんで」
もう冷たくなっているであろうカフェラテをちびちびと飲みながら話す彼女。
いや、君まだ働き始めて半月くらいだから。
給料も出てないでしょ?
「カフェラテ、まだ飲んでなかったのか。やっぱりメロンソーダじゃなきゃ駄目なんじゃない?」
「べ、別にカフェラテくらい飲めますよ! 子供じゃないんですから……」
精一杯強がる彼女はマグカップを一気に傾けると、残っていたカフェラテを一気に流し込んだ。
「うう……もう一杯……」
「無理すんな」
お前は昔の青汁宣伝女優か。
そんなやり取りをしていると、ヴィオレさんがニヤニヤしながら言い放った。
「君ら、この短期間に仲良くなったもんだね」
「ブラック企業で一緒に働く仲間ですからね」
「そう言う理由!? まぁいいけどさ」
彼女は右腕で頬杖をついて窓の外を眺め始めた。
「速いとこ来てくんないかな~。私、次の仕事で違う銀河系に移動しなきゃいけないんだけどな~」
ヴィオレさんはどこか迷惑そうな、憂鬱そうな雰囲気を醸し出している。
天界にもブラックとかあんのかな。
「また、神器が見つかったんですか?」
「紛争中の惑星にいた魔神に宿っているって話」
「取り出すの大変そうですね」
「そうなのよねぇ……戦いの最中に取り出すのは難しいから身柄を拘束するしかないし大変。ただでさえ、取り出すのには細心の注意が必要なのにねぇ……」
ヴィオレさんは難しい顔を作ってそう言った。
「慎重に取り出さないと、散逸しちゃうんでした?」
「そうよ~。失敗すると行方不明になっちゃうし、下手したら魂と癒着しちゃうからね~」
「へぇ……神器の回収って大変な任務なんですね」
「そうなんですよ? 特にこの惑星には神器を宿している人間が他にも多くいそうですし」
そんなとりとめのない会話をしていると、店内アナウンスが流れる。
『3番でお待ちのお客様~カウンターまでお願いします』
どうやらパンケーキが出来あがったようだ。
俺はすぐに席を立つとカウンターに向かう。
そこで俺はとんでもないものを目にすることとなった。
パンケーキにアイスやホイップクリームがこれでもかと言うほど盛り付けられている。胸やけを起こしそうなほど甘そうだが、元々甘党の俺にはどうと言うことはないだろう。
と言うか、こんなにオプション頼んでないんだが……。
クレームを入れられることはあっても、入れることには慣れていない俺は、もちろん何も言わなかった。
席に戻ると、セピアが驚愕の目で俺とパンケーキを交互に見つめてきた。
「なんかメガ盛りですね……すご……」
「さすがにちょっと多いかな。少し食べる?」
物欲しげな顔をしていたセピアにそう提案すると、彼女の顔がパッと明るくなった。
「いいんですか?」
俺は店の人にフォークをもう一本もらうと、ナイフと共にセピアに手渡した。
彼女は早速、パンケーキを切り分けると、ホイップクリームをつけて頬張った。
「ウマー」
その言葉に釣られて俺も食べてみると、甘さの激流が俺の口の中で荒れ狂った。
「初めて食べたけど、うますぎんだろ……。あまあま過ぎやん」
俺とセピアが一心不乱にパンケーキを平らげていると、不意にヴィオレさんが立ち上がって敬礼のポーズを取った。
どこか、店内の雰囲気も変わったような気がした。
しばらくしてカツカツと言う靴音が近づいてきて俺たちの席の横で止まった。
「やぁ、急に悪かったね。待ったかい?」
この男が熾天使、フォグブルーか。
彼はヴィオレさんに挨拶されつつ、彼女の隣の椅子を引いた。
その天使は優男風の笑顔を浮かべ、悠然とした動作でマグカップをテーブルに置くと、右手でロングの金髪を耳にかけている。黒いスーツに水色のネクタイがばっちりきまっている。まるでどこぞの大富豪であるが趣味は悪くなさそうだ。
セピアも初対面だからなのか少し表情が硬いような気がした。
彼女も立ち上がって敬礼している。
「お疲れ様です。神器回収部隊第十班所属のセピアです」
「ご苦労。フォグブルーだ」
何だかハンドルネームで挨拶を交わすネットのオフ会みたいだなと思いつつ、一応俺も名乗っておく。
「えー阿久聖です」
「君が神器持ちの人間だね」
「でも、フォグブルー様、まだ報告していないのにどうして分かったんです?」
「うん? ああ、一目見て分かったよ」
そう言うものなのか。
と言うか、この席にいる人間は俺だけなんだから当たり前と言えば当たり前かも知れんが。とは言え、思ったことは聞いておくに限る。
「神器持ちはすぐわかるものなんですか?」
「神格が高いものなら見抜けると思うよ」
なるほど、だからルージュもすぐにはわからなかったのか。
ルージュが持つ漆黒の翼は4枚。
2枚のセピアよりは多いが、魔神の中で彼女の神格は低い方なのだろう。
「それにしてもフォグブルー様自らいらっしゃるなんて珍しいですね」
ヴィオレさんがフォグブルーに何やら話しかけている。
熾天使と言うくらいだから現場にはめったに顔を出さないのかも知れない。
そう俺が自分の会社のことを考えていると、フォグブルーの視線が俺に移る。
「しかし、本当に凄まじい黒子力を感じるな」
「そうですね。最上級魔神すら凌駕する力の波動を感じます」
「セピアと言ったか、君の上司は誰なんだ?」
「能天使、バーミリオンです」
「なるほど。彼女か。宇宙の覇権に関わることだ。しっかりと任務に当たってくれ」
そんなに重要なの? 俺?
ヴィオレさんの話から漠然とそう考えていたが、熾天使に言われてようやく実感が湧いてくる。
俺もフォグブルーの凄まじいまでの光子力を感じていた。
その男が言うのだから本当なのだろう。
「この惑星には、鬼殲滅部隊もいるから、彼らとも連携して阿久くんを守って欲しい。神器の散逸は避けたいからな」
「はッ! ……しかしフォグブルー様、これだけ漆黒結晶を持つ鬼と黒の心臓を持つ人間が集まっているのに鬼殲滅部隊の規模が少ないように感じるのですが……」
セピアが少し緊張した面持ちでフォグブルーに意見具申している。
「もっともなことだ。しかし、星間大戦と昨今の紛争で天使の数は大きく減っている。いくらこの惑星が黒粒子に満ちていてもそう軽々《けいけい》に部隊を回すのは難しいのだ」
その言葉を聞いて俺は少し不思議に思った。
人間は一応、神の現身であると言う。
別に自分が狙われているからと言う訳ではないが、神の子たる人間を護るために天使を派遣しないのは少し違和感を覚える。
黒子力を持つ人間が増えるのも、鬼が力を増すのも魔神にとっては追い風になるはずなのだ。
それを神がみすみす見逃すのはおかしいように感じられた。
魔神からしたら、黒子力が高い人間なら魔人にすれば良いし、鬼にとっては人間は餌だと言う。特に黒の心臓を持つ者は。魔神のせいで鬼が大量発生した今、人間を護るために、そして任務に当たる天使の被害を抑えるためにも大規模な戦力を投入する方が自然に感じる。
そう思いながらも神と天使の関係性もわからないし、宇宙規模の話だと言うのなら状況など全く知らない俺が口を出すのも差し出がましい話だと思い、口を出すのは憚られた。
「黒の心臓化してしまった人間を元に戻すことはできないんでしょうか?」
「そのことに関してはまだまだ未解明な点が多い。現在、研究班が解析を試みているところだ」
「神様の御業で何とかならないものなんですか?」
「神、マザーの存在は絶対的だが、それは霊的に祝福されている地域の話だ。この惑星は、第一種紛争地帯に指定されている。何が起こってもおかしくはない。それに地球は神の子たる人間が住む神聖な地。それだけに神は地球の情勢に憂慮されているのは間違いない話だ」
何だか、はぐらかされているだけのような気がしないでもない。
と言っても、ツッコミを入れるだけの知識も何もない俺からしたら喉に骨が刺さったような感覚でも仕方のないことなのかも知れなかった。
「鬼に関してですが、鬼の核となっている漆黒結晶を回収する必要があるのは何故でしょうか? 魔神の手に渡さないためにも、この惑星を黒子力で満たさないためにも破壊するのが一番良いような気がするのですが……」
またもやセピアが恐る恐ると言った感じでフォグブルーに質問をしている。
「漆黒結晶についても解析が行われている。サンプルはいくらあっても困る事はない。君は神器回収部隊のようだが、鬼と戦闘になった場合は引き続き漆黒結晶の回収も行うように。そこは通達通りだ」
その回答にセピアははっきりとした声で返事をする。心なしか彼女の表情が少し変化したように思えたが、俺にはそれ以上、読み取ることはできなかった。