第11話 たくさん専門用語が出てきたが、何となく理解した
店内は少し混んでいたが、幸い空いていたようで、すぐに座席まで案内される。ドリンクバーを頼んで、コーヒーを入れると席に戻る。
神崎さんは何故だか嬉しそうにメロンソーダをグラスに注いでいる。
彼女が席に着くのを待って俺は切り出した。
「で? 俺は一体何に巻き込まれているの?」
「俄かには信じられないかも知れませんが……」
「ああ、もう2回もあんな体験をしたんだし大丈夫だよ」
「そう……そうですよね。実は……この惑星『エデン』には、神の御子とされる人間が存在していますよね? 彼らは神の祝福を受けて生と死を繰り返し、その魂は永遠に神の管理下におかれているのですが……幾星霜の時を経て、この広大なる宇宙にバグとでも言うべき存在が発生したのです。それが先程倒した修羅や羅刹といった化物です。奴等は人間の負の感情や、その心臓――黒の心臓と呼ばれるものを喰らいます。我々はあの化物を鬼と呼んでいます」
長い。
「ふむ……ってことは持っている訳だな? 俺がその黒の心臓とやらを」
「その通りです。長い年月をかけて人間の魂が穢れていく事によって黒の心臓を持つ人間が増えているんです」
知らなかった。
俺は知らない内に穢されてたなんて……ヨヨヨ。
つってもまぁあの精神状態じゃなぁ……。
当然っちゃ当然か。
「じゃあ、そんな人間を守るために神崎さんが派遣されてきたってこと?」
「いえ……私の役目は、先輩の魂に宿る神器を回収する事です」
「神器? 神器って何?」
「神は自分の手足となる天使たちに、神の御業を再現できる神器と言うものを宿したのです。しかし、過去に起こった星間大戦で多くの神器が散逸してしまい、それを回収するために我々が動いているんです」
「ふうん……じゃあ俺の魂に宿っている神器を回収するために神崎さんは俺をどうする気なのかな?」
「…………」
「殺すのかい? 俺を」
「いえ、殺しません。殺してしまったら神器を宿した魂が地獄の門を通ってしまいます。それでは我々が回収する事が不可能になってしまいます」
まぁそうだわな。
殺すつもりなら助けたりしないだろうし。
「そしたら、どうやって回収するんだ?」
「本当は神器を取り出せる神器があるんですが、生憎それを持つ天使が今、地球の近くにいなくて……なので、その天使が地球に来るか、先輩が天寿を全うするまで私が近くでお守りします」
「は!? 俺が死ぬまで何十年も!?」
「あ、心配はご無用ですよ。我々天使からしたら人間の寿命程度の時間は限りなく短いですから。もう一瞬ですよ。一瞬」
ニコニコと笑いながら、やだも~ってな感じで手をパタパタと振る神崎さん。
お前は近所で井戸端会議をやってるおばちゃんか。
「俺は何もしなくていいの?」
「はい。普段通りに生活して頂いて構いません。先輩は私が護りますから!」
なんだか逆プロポーズみたいになってんな。
顔が熱く火照っているような気がする。
俺は自分の顔が紅潮しているだろう事に気づいた。
精神が死んでるから、大抵のことには動じないと思ってたけど、意識すると照れるもんだな。
俺は心の内を気取られないように、コーヒーを啜って気持ちを静めようとする。
「他に何かある?」
「ありません……むぅ……それにしても冷静ですね。こんな荒唐無稽な話なんて、すぐ信じてもらえるとは思いませんでした」
そりゃそうだ。
ああいうモンは漫画やアニメの中での話だ。
空から美少女が落ちてくるなんてことがないように、実際、自分の身に降りかかるなんて誰も思わんわな。
「俺も実際、あの化物……鬼?との戦闘を見てなかったら信じてないよ」
「そう! それですよ! 何で術式の効力がなかったんでしょうか……。記憶に干渉する術式を使ったのに……。本来なら起こったことを都合よく捻じ曲げてくれるんですよ」
マインドコントロールってヤツか。
世の中は摩訶不思議だな。少し不思議どころの話じゃないわ。
「でも大変だね。地球にいる人間って80億くらいだっけ。そんなん1人1人守ってたら手が足りないんじゃないの?」
「神器を宿している人間はそれ程多くありませんし、全然大丈夫ですよ」
「そうなんだ。でも黒の心臓だっけ? それを持ってる人はたくさんいそうだけど」
「そちらはそちらで対鬼殲滅部隊がいますから心配はご無用です」
神崎さんはどこか自慢げだ。
ふふんッ!ってな感じで胸を張っている。
彼女が天使だなんてなぁ……。
「最初の襲撃の件で、俺が酔っぱらってたせいだって言い張った時は面白かったよ」
「むぅ……言わないでください。恥ずかしいです」
彼女はそう言うと頬を赤らめて俯いた。
両手でグラスを弄びながら、もじもじしている。
天使と言っても人間と同じように色んな感情が出るんだな。
何となくだけど、もっと冷酷な印象を持ってたわ。
「それじゃ、この辺でお開きとしますか」
「そうですね。あ、私のことはセピアとお呼びください」
「ん? なんで?」
「私の真名はセピアと言いまして、神崎と言うのは仮につけた名前なんです。なんだか慣れなくて……」
「まぁ分かったよ。でも会社では神崎さんって呼ぶからね」
「はい! よろしくお願いします!」
そう力強い返事をして、彼女はニッコリと微笑んだのであった。
護ってもらう立場なんだからこっちがよろしくお願いするところなんだけどね。
つっても別に命なんて大して惜しくもないんだけど。
こんな世界で生きてて何か意味ある?
それに俺の中に宿る神器目当てな訳だし?
利害の一致ってヤツだろう?
それに彼女の話がどこまで本当なのかなんて俺には分かるはずもない。
そんなことを考えながらも、満面の笑顔を見せる神崎セピアを見ていると、何だか心が温まるような気がして、俺はこれ以上考えるのを止めた。