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名切り同盟  作者: 秋長 豊
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選択肢

 静かな夜が訪れた。個室の中は電気が消されて真っ暗だ。有之助は小さな物音で目を覚ました。そういえば、床で寝ていたはずなのにいつの間にか二段ベッドの下で寝ている。


「家出をしても、行く当てはないんだろう」


 次男の声がした。


 どうやら彼は穂海に話し掛けているようだ。図星なのか、穂海は重々しい沈黙の中に身をゆだねていた。


「ない」


 ポツリと穂海は小さく答えた。


「協会もお前の見方にはなってくれないだろうな」


「どうして」


「聞かなくても、想像はつく。帰るつもりは本当にないのか」


 説得されそうな状況は嫌に感じたのか、穂海は現実から逃れるように彼から顔をそらした。


「もしかして、なにか言われた?」


「質問に答えろ」


 一切の妥協なく次男は言い放った。


「帰るつもりは、ない……」


「だろうな」


 だったらなぜ聞く必要が? と穂海は半ば困惑しながら落ち着きなく自分の髪を触った。


「乗る船は選んだ方がいい」


 遠まわしな言い方に、穂海は疲れた頭を回転させながらゆっくり考え込んだ。忠告にも聞こえるが、ヒントを与えているようにも聞こえる、そんなふり幅のある言い方だった。


「どうしてかな。私、あの子を見掛けたとき、すごく安心した」


 穂海は自分の指先を遠い目で見つめながら話し始めた。


「だから、隣に座った」


 有之助は布団の中でまどろみながら穂海の声を聞いていた。偶然だと思っていたのに、彼女は自分を見てあえて隣に座りたかったのだと言ったのだ。


「いつもはね、家に帰ると不機嫌なお母さんが待ってて、すごく気を使う。いつ、怒らせるか分からないから。いつも心はビクビク。怒鳴られるの、殴られるの、怖いから。あんなに優しい目、初めて見た気がする。だから私、今までずっと逃げたいって思ってた勇気、このチャンスを逃したら、できないって思った。だから、今はそれが間違いだとは思ってない。あなた、次男って言うんでしょう? すごく強いんだね。お母さんが攻撃をためらうほどの人なんて、これまでいなかったから。ごめん、こんなに迷惑ばかりかけて……」


 穂海の悲哀を帯びたまなざしは、包帯が巻かれた次男の手に向けられていた。 


「もう、とっくに家庭は崩壊してる。それでも、いつか昔みたいなお母さんに戻ってくれるんじゃないかって、期待してるの。でも、日に日にお母さんは……」


 涙ぐむ彼女に次男は懐から札を数枚折り畳んで差し出した。


「明日、列車を乗り換えて引き返せ」


「なんで?」


 深い絶望にとらわれた声で穂海は言った。


「私は、お母さんの所には帰らない」


「一晩考えろ。それでもなお、お前の意思が変わらなければ、好きにすればいい。用心棒として雇ってやらなくもない」


 眉間にしわを寄せて聞いていた穂海は、途中から徐々に表情を素直に輝かせていった。次男はテーブルの上にお札を置くと、窓のそばに座って頬杖をついた。


「それって……」


「殺し屋としての腕を買ってやると言っている。人を殺すためでなく、人を守るためならば働きやすいだろう。だから、それまではお前が持っておけ」


 過去にとらわれていた穂海の目には強い意思が光として浮かび上がった。



 翌朝、列車の揺れる音で薄っすらと目が覚めた。シャワーを浴びる音がする。大きなあくびをして起きると穂海が晴れ晴れしい顔で窓際に座っていた。


「おはよう、有之助」


「お、おはよう」


 ニコニコしているので昨日あった出来事が遠い夢のように感じられた。そういえば、昨日次男と話していた件はどうなったのだろうか。今更あの会話を盗み聞いていたなんて言うのは気が引けたが、どうやら上機嫌の穂海を見る限り列車で引き返すことはなくなったに違いない。


 突然、穂海は有之助の手を両手でとり顔を近づけた。


「私、今日から用心棒になるの。次男が、一緒に旅についてきてもいいって言ったの」 


「本当か?」


 寝起きの目をしばたかせながら有之助は尋ねた。元気いっぱいの笑顔から、彼女は柔らかいほほ笑みを浮かべた。


「これなら私、怖くない」


「そうか。じゃあ、もう無理に人を殺さなくてもいいんだな」


「そういうことに、なる」


 今になってギュッと手を握られていることを思い出し、有之助は少し気恥ずかしくなって視線をそらした。


 モクモク湯気をまといながら次男が服を着てでてくると、ドサッとソファに座ってタオルでワシャワシャ髪を拭いた。「午前中には貝浜駅に着く。支度を済ませておけ」


 穂海が席を外している間、有之助は彼にそっと話し掛けた。


「次男さん、旅に穂海を連れて行くって本当なんですか。あんなに殺し屋は面倒だって嫌がっていたから……僕はてっきり……」


「選択肢を与えただけだ」


 次男は濡れた髪にタオルをかぶせたまま言った。


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