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名切り同盟  作者: 秋長 豊
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殺し屋の宿命

 個室に戻ると次男がどこかせいせいした表情で新聞を読んでいた。列車が出発するのは15分後だ。それまではこの駅に停車したままとなる。


「ありがとうって、言ってましたよ」


 次男は車窓にちらつく人たちを見ながら聞いていた。


 なんでだろう、あの子がいなくなってから心なしか部屋の中が寒々しく感じられた。有之助もソファに座り、駅のホームをなんとなくながめていた。さぁ、気持ちを切り替えて次のことを考えよう。


 そう思ったとき、ホームの奥で穂海と母親らしき人影が見えた、2人は言い合っている。きっと彼女は勇気を出して素直な気持ちを言っているに違いない、そんなふうに思っていると穂海が倒れた。信じられない光景だった。母親が殴った。無意識に体が反応していた。


「どこへ行く!」


 次男の声にも振り向かず、有之助は腰の刀を握って列車から飛び出した。人の合間を縫うように走り抜けると、背の高い冷酷な顔をした女性が何度となく穂海の頬をたたいているところだった。穂海の顔は真っ赤に腫れていた。


「殺せと言ったはずよ」


「怖くて」


「あなたの宿命は殺すこと。何度言ったら分かるの。臆病な心など捨てなさい」


「お母さん! 私、この仕事嫌なの」


 母の目に拒絶が色濃く映り手が上がった。


「やめろ!」


 有之助はそう叫び、うずくまる穂海の前に出て両手を広げた。母親は下劣なものでも見るような目で有之助を見下ろした。


「なぜ殴る!」


 母は有之助の胸元に下がる銀のペンダントを見て眉をひそめた。


「親なら、少しくらいその子の話に耳を傾けたらどうだ」


「私たちの仕事は人を殺すこと。それが誇りであり、生活の糧。あなたに言われる筋合いはない」


「この子は苦しんでいるんだ」


 母親の口が怒りでわなわな震えだした。


「話を聞くだけでも……」


 母親が懐から短刀を抜き出したとき、有之助も刀を抜いた。これは、豊相手の鍛錬でもなんでもない。赤の他人に振るう刀を抜いているのだ。そう認識した途端、有之助は覚悟のなさに柄を握る手を震わせた。ふいに、後ろから風を感じた。いつの間にか次男が間に入って両方の刃を受け止めていたのだ。有之助の刃を握る彼の手からだらりと血が流れた。


「両者、刀を納めろ。殺し屋なら分かるはずだ、これは仕事じゃない。単なる醜い言い争いの末、怒りに身を任せて振るうただの刃だとな」


「誰なの」


 穂海の母親は不機嫌に言った。


「商屋次男、ただの商人さ」


 母親は短刀を引き、有之助は血で染まる刃を落とした。


「穂海、来なさい」


 母親が思いきり娘の手を引っ張ると、穂海はその手をはねのけて後ずさった。


「帰らない」


「いいかげんにしなさい!」 


「お母さんのところには、帰らない」


 母親は屈辱的な表情を浮かべ、神経質に瞼をピクピク動かした。


「どうして変わっちゃったの? お父さんが死んでから。こんなふうに殴ったりもしなかった!」穂海は涙をこぼした。「今のお母さんは、私の知ってるお母さんじゃない」


「お前のためよ」


「うそ」穂海は叫んだ。「姉さんが逃げたのもお母さんのせい! 毎日毎日、ひどいことばかり言って、私たちに殺せと命令する!」


「あなたも、姉さんと同じなのね」


 母親は狂ったように言葉を乱暴に吐き出した。


「そんなに出て行きたいのなら、出て行きなさいっ! もうあんたは私の子じゃないわ。顔も見たくない。二度と戻ってくるんじゃない!」


「有之助、行け」


 次男が言い、有之助は穂海を支えながら列車に戻った。出発まであと4分。ホームに残された母親と次男はまだにらみ合っていた。


「娘に捨てられたか」


 次男は血まみれの左手を押さえながら言った。


「娘は殺し屋なのに、人一人殺せない愚か者。その愚かさゆえに、自分に甘い。あの子の家はここしかないのよ。どうせ、すぐに戻ってくる」


「どうだろうな」


 次男は興味なさそうに母親から目をそらした。母親はじっと次男のことを見た。


「あなた、いずれ身を滅ぼすわよ」


 残り3分で次男は列車に乗り込んだ。走り出す景色の中に、穂海の母親が立っていた。じっと列車をねめつけるように見ていた。


「僕のせいだ」


 有之助は包帯でけがの手当てをする次男にひれふしながら言った。


「そんな大けがまでさせて、結局次男さんに守られてばかりだ」


「余計な荷物が増えた」


 有之助がロフトに上がると穂海が膝をかかえてふさぎ込んでいた。素直に話せば分かってくれる、なんて言ったのに、分かっていなかったのは自分の方だった。掛ける言葉がすぐには見当たらなかった。

「助けられた」穂海は涙を浮かべてほほ笑んだ。「仕事以上に、私、お母さんから逃れたかったんだって、気付いたの」

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