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名切り同盟  作者: 秋長 豊
29/52

後ろ髪引かれる思いで

 日が暮れたところで次男は唐突に刀を握って穂海に詰め寄った。


「ここにかくまってやる。だが、持っているものは全て出してもらおう」


「次男さん! 刀を下ろしてください!」


 それでも次男は刀を下ろさなかった。


 穂海はテーブルの上に財布、乗車券、短刀、ポーチを出した。荷物が入ったかばんは別の車両にある個室ではない部屋に置いてきたそうだ。次男は危険なものだけを預かると、そのほかは彼女に返した。なんだかんだ言いながらも、穂海の荷物を取りに出てくれた。彼女は疲れていたのか夜ご飯も食べずに眠った。年相応の幼さが残る寝顔を見ていると、彼女が背負わされているものの重みが何倍にも膨らんで見えた。


「お前は上で寝ろ」


 次男は二段ベッドの上を見て言った。


「大丈夫です。僕は床で寝ますから」


「なぜ、あいつに貸してやる」


 二段ベッドの下ですやすや眠る穂海を見ながら次男は尋ねた。


「女の子を床に寝かせるのは気が引けます」


 え? と思う間に次男に持ち上げられ上に投げ飛ばされていた。柔らかい毛布に乗っかりながら有之助は肩を落とした。


「僕は大丈夫なのに」


「早く寝ろ」


「明日、大広武市には何時ごろ着くんですか?」


 有之助は足をパタパタさせながら尋ねた。


「午後4時ころだ」


「穂海がその駅で降りるって言ってました」


「そうか」


「お母さんが待ってるって。どんな人なのかは分からないけど、ちゃんと彼女の意見を聞いてくれるといいな」


「殺し屋家業の親が仕事を辞めさせてくれると、お前は本気で思っているのか」


「きっと話せば分かってくれます。親だから。痛みを分かってあげるだけでもこの子は救われるはずなんです。仕事がすぐに辞められなくても、逃げる方法はきっと、いくらでもある」


「有之助」


 静かな車内に次男の低い声が響いた。


「殺し屋は特に面倒な相手だ。明日、駅に着けば、この女と分かれる。ただ、それだけだ。それ以上のことを考えるな」


 有之助がベッドの柵の隙間から次男の袖を引くと彼は驚いた。


「父親は協会に処刑されたそうです」


 次男は眉をひそめた。


「使えないと判断された人はようしゃなく殺される。これじゃあみんな、恐怖でがんじがらめだ。自分の意見も言えないだろう。殺されるのが怖いから」


 次男はパッと離れた。


「協会のことは、今すぐどうにかできるわけじゃない。でも、いつか変えるために、お前は同盟に入ったのだろう」


「そうです」


「でも、それは今すぐするべきことではない。時間がかかることだ。分かったら早く寝ろ」


 有之助は目を閉じた。汚い路地裏に母と捨てられたときのことを思い出していた。誰も足を止めず、まるで親子がそこにいないかのように通り過ぎていく。みんな、悪い人ではないのかもしれない。でも、そうせざるを得ない世の中にこの国はなっている。身の安全が保障されている世の中なら、きっと、人々はもっと余裕をもてるだろうに。


 気が付いたら朝日が窓から差し込んでいた。次男は昨日と同じいすの上で新聞を読みながらお茶を飲んでいた。急いでベッドの下をのぞいてみると、彼女の姿はどこにもなかった。


「あれ? 穂海は?」


 次男は黙って天井を見上げた。個室の天井から糸が垂れ下がっていて、引っ張るとロフトにつながっていた。下りてきたはしごに手をかけてよじ登ると、穂海が寝そべりながら流れる景色を見ていた。


「おはよう」


 有之助は笑顔で話し掛けた。


 彼女の顔は昨日よりリラックスしているように見えたが、景色を見つめる目には少し悲しみがにじんでいた。


「おはよう」


 有之助は壁によりかかって一緒に景色を見た。


「大広武市には4時ころ着くらしいよ」


「うん」穂海は穏やかな口調で言った。「あなたたちはどこへ行くの?」


「終点の貝浜駅。僕たち、旅の途中なんだ」


「旅?」穂海は急に興味を持って言った。「旅行?」


「ううん、僕らは油を探してるんだ。どんなけがや病気でも治せてしまう油を」


「その油、知ってる」


「え?」有之助は虚を突かれた。


「結構有名な話だから」


「そうなんだ」


「その油を見つけて、あなたはどうするの?」


「母さんの病気を治す」


 自然と眉間にしわが寄り、拳を握る手に力が入っていた。


「見つかるといいね」


 穂海がささやくように言った。

「うん、ありがとう」


 寝台特急が大広武市に着くまでの間、穂海は飽きもせず車窓の景色を眺めていた。彼女は次男が懸念するような怪しい行動は一つもとらなかったし、それどころか終始しおらしい態度で一定の距離を保っていた。


 ついに大広武市内に入った時、有之助はロフトに顔をのぞかせた。


「穂海、そろそろ着く」


 いきなり彼女がとびついてきた。有之助ははしごに半分身を預けた状態だったので態勢を崩した。「一体どうしたんだよ」と聞いても彼女はギュッと抱き締めたままだ。何かに怯えるような、悲しみを感じ取った有之助はそっと彼女の背中に手を置いた。


「あなたたちの所にいたい」


 言葉を一つ一つかみしめるような言い方だった。


「君が突然いなくなれば、お母さんが心配するよ」


 有之助はそっと彼女の体を離すとしっかり目を見つめた。


「ちゃんと話さないと」


 有之助はそう言ったものの、本心では彼女のことが心配だった。穂海は荷物をまとめると沈んだ顔で列車が止まるのを待っていた。有之助は彼女を見送るためにドアの内側まできた。次男は不愛想に彼女が出て行くのを見送った。駅に列車が止まりドアが開いた。


「ありがとう、有之助」


 有之助はうつむく彼女の顔を真正面から見た。穂海は有之助の頬にキスした。

 突然のことで、有之助は顔が真っ赤になった。気が付いたらもう彼女の後ろ姿は遠くに見えた。


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