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名切り同盟  作者: 秋長 豊
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ガラス玉

 試合の後、今日は特別に石庭で昼食をとることになった。桜の木の下にイスと長テーブルが置かれ、真っ赤な傘が備え付けられた。花は赤飯を炊いてくれ、天ぷらやお吸い物を作ってくれた。


「こんなごちそう、本当にいいんですか?」


 目の前にならんだ料理の数々を見渡し、有之助はゴクリと唾をのみ込んだ。


「新しい同盟員を迎える際は、このようにしてもてなしますから」


「そういえば、聞いていませんでしたが、花さんや豊さんは同盟員なんですか?」


 何げなく聞いてみると、花は赤飯をよそいながらうなずいた。


「そうですね。ですが、あなたとは違って私の場合は代々同盟員という間柄。豊さんはあなたと同じで試験を経て加入していますが」


「白知丸は?」


「俺は違いますよ。ただ、このお屋敷で働いているだけですから」


 箸を並べているところに、腕をまくしあげ、片手に大きなタイを握った次男が現れた。彼はまな板を置くとタイ一匹をたったの15秒でさばききった。おろされた身を今度は刺し身程度の大きさに切っていき、皿に盛りつけるとテーブルに出した。


「え……次男さん、魚さばけるんですか?」


 驚きから尊敬の目に変わり、有之助はポカーンと口を開けていた。しかも、花や豊は彼がタイをさばいても慣れた様子でてきぱきと後片付けやらを手伝い始めた。魚の匂いをかぎつけたのか、猫の葉牡丹が尻尾をゆらゆらさせて近寄ってくると、次男はタイの切れ端やった。


 穏やかな昼食会が始まった。使用人も、主人も、みんなで一緒に。おろしたてのタイを刺し身として食べてみると、頬が垂れるほどおいしかった。次男は刺し身をタイ茶漬けにして食べていた。この何げない時間が幸せに感じられた。


 満腹になって縁側に座っていると、次男が隣にきてあぐらをかいた。彼は銀のペンダントを取り出すと、小刀の先で文字を刻み始めた。じっと見ていると、彼は使という文字を彫って上に斜め線の傷をつけた。削りかすを払うと最後にやすりで磨き有之助の首にかけた。


「次男さん」


「名切り同盟に加わる者だけが持てる。名前にしばられたこの国で生きる者の宿命に異を唱え、新しい未来をつくるために。自由に生きたいと望む者のための結束」


 有之助はうれしくてグッと喉の奥を鳴らした。「ありがとうございます」


 こんなに小さなペンダントなのに、重々しく感じられる。名字に刻み込まれた斜めの線。これまで死の淵にすら近い絶望を背負ってきた。新しい決意とともに、自分を、この国を変えるために、できることをすればいい。それでも、有之助の中にある不安は尽きなかった。


「なにか困難に直面したとき、理不尽に自由を奪われそうになったとき、このペンダントを胸に当てて言う。”自分を信じよ”と」


 有之助は今一度ペンダントを見つめ、力強くうなずいた。


 ふと次男の首元を見てみると、同じように銀のペンダントがあった。商屋の商に線が刻み込まれている。彼の胸にはもう一つ、ガラス玉が下がっている。最初に出会ったときから、有之助がなんとなく気になって仕方がないものだ。


「もう片方のペンダントはなんですか?」


「ただのお守りさ」


「きれいな赤色ですね。あまりにきれいな色をしているから、つい気になってしまって。僕、赤色が好きなんです。赤は燃えるような色。心が温かくなるから」


 次男は驚いてガラス玉を指でつまむと光に照らし目を細めた。やがて有之助に詰め寄って頬に手を添えた。


「今、なんて?」


 有之助は戸惑いながら目をしばたいた。


「だから、僕は赤色が好きだって――」


「ちがう。その前だ。その前にお前はなんと言った」


「赤色できれい?」


 彼の目は、驚きと奇跡に近い光で見開かれていた。瞬きもせず、ただ口を半開きにして有之助の目をじっと捉えている。変なことでも言ったのだろうか? でも、怒っているようには見えない。


 言葉を文字通り失っていた次男は、やっと半開きの口を閉じて深く考え込むように目をつむった。


「あの」


 気を使って話し掛ける有之助に、次男はしばらくしてから目を開けてこう言った。


「お前には、これが赤色に見えるのか」


「はい、そうですけど」


 まさか、自分の目がおかしいのだろうかと思って有之助はもう一度ガラス玉をのぞいた。何度見てもやっぱり深いきれいな赤色だったし、最初に見たときと全く変わらない。


「ガラス玉の中に揺れてるじゃないですか。赤色の液体、みたいな」


 次男は頭を抱えながら座布団にボスッと座ると深いため息を漏らした。


「俺をからかうのはよしてくれ」


「えっ、ひどい! からかってなんかいませんよ! じゃあ、次男さんには何色に見えるんですか?」


 少しむきになって言うと、次男はガラス玉を手にのせながらつぶやいた。


「透明だ」


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