後戻りはできない
「王の首?」
有之助は息をのみ、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちた。
「そうだ。お前が入りたいという同盟はきれいなものではない。社会の闇にはびこるひずみ、憎しみと血にまみれ、なに一つ普通などというものは存在しない暗部だ」
次男は鼻を鳴らした。
「軽蔑したか。これが現実だ。俺はお前を同盟に入れるつもりなどない。最初から。お前は母親だけを見ていればいい。俺の元で、そのために働いていればいいんだ。なぜ、熱意を燃やす。なぜ、そんな目を向ける。そんなことはお前の仕事ではない」
次男は後ろから自分の手を強く引く有之助を見て言葉を失った。
「聞こえませんでしたか。僕は本気です」
次男は有之助の手を払った。
「同盟に入れば、後戻りはできない」
次男は胸元から銀のペンダントを取り出して言った。
「王の首をとるその日まで、同盟の結束は続く。このペンダントはそのための証。同盟に加われば、完全に国を敵に回すことになる。これまで同盟に加わった多くの同盟員たちが命を落とした。皆、国を恨んでいた者たち。だが、お前はまだ後戻りできる」
「もう、できないんです」有之助は悔しさをにじませて言った。「死んだ人は帰らない。二度と」
「まだ戻れる」
「僕はもう、戻りたくないんです。権力に踏みつぶされるだけの弱い自分には」
拒んでも拒んでも、はい上がってくる。次男の目は煮えたぎる野心を燃えたぎらせる少年に吸い込まれていた。いつも冷静沈着な次男の目には動揺すら浮かんでいる。
「王の首をとることが同盟の目的なら、僕はあなたの首を誰にもとらせない」
次男は固まった。
また怒らせた。有之助はそう思って怒鳴られるのを覚悟した。信之助も守れなかった自分が、彼を守る。次男に助けてもらってばかりだというのに。きっと信じてもらえない。
「俺がお前の主人になったことと、同盟に入るかどうかは別の話だ」
「僕は、諦めませんっ。あなたに認められるまで、この話をします」
「死ぬかもしれないんだぞ」
次男は怒鳴った。まとわりつく見えない何かから逃れるように、苛立たしく。次男は唇をかんで黙り込んだ。
「死ぬ覚悟ではなく、生きる覚悟を持てと――そう、おっしゃった。あなたがあの日、止めてくれなかったら、僕は今ここにいません。助けていただいた。あなたに救っていただいた、命」
強い意思を燃やした目で、右手を自分の胸に当て、有之助は膝をついて言った。
「この国に本当の自由を。あなたのため、生きる覚悟を持って尽くします」
眉間にしわを寄せ、次男はじっとうつむいていた。有之助が頑なに返事を待っていると、いつも使っている部屋の一角から銀の刀を取って差し出した。
「そうまで言うなら――2日後、石庭まで来い」
ずっしりと重い、信之助から譲り受けた刀を受け取ると、有之助はこくりとうなずいた。




