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名切り同盟  作者: 秋長 豊
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突然の電話

 次の日、有之助は白知丸と一緒にもらったばかりのお金が入った財布を手に朝市へ出掛けた。花屋で母の好きな花を買い花束にしてもらおうとした時は、白知丸がアドバイスしてくれた。彼は玄関先の花をよく生けるそうで、花の並べ方はぴかいちだった。あと、リンゴを二つにジュースビンを三つばかり買った。


 病院へお見舞いに行くのは3日ぶりだった。病室を訪れると、ベッドにいる母がいつものように窓の外から見える港町の景色を眺めていた。持ってきた花束を花瓶に挿し、果物の中からリンゴを取りむいてあげた。でこぼこのリンゴだったが母はニコニコしながら食べてくれて、本当にうれしそうで、有之助は反対に母の体が一向に良くならないことに焦りを感じていた。


「有之助のお母様、今日はいいお天気ですよ。市場はおおにぎわいでした。そのお花は、有之助様と一緒に選んだものなんです。きれいでしょう? ふふっ」


 白知丸は母に対してもニコニコ話してくれた。母は彼を見て元気をもらえたのか、終始にこやかな顔で耳をすましていた。


 母は有之助をそばに座らせるとみつあみを解いてくしで髪をとかし始めた。こんなふうにみつあみを結ってもらったのはもうだいぶ前の記憶だった。身長だって小柄な母を超していたし、子ども扱いされているようで照れくさかった。母が編んだみつあみはお手本のような出来で、自分でやるより上手だった。


「有之助様は幸せ者ですね」


 気恥ずかしく完成したみつあみを見ていると、白知丸が純真な目で語り掛けてきた。


「こんなにお優しいお母様がいる」


「ありがとう。白知丸のお父さんやお母さんは、どんな人なんだ?」


 質問を投げかけると、今まで屈託のない笑顔を絶やさなかった白知丸がぎこちない笑みを浮かべた。


「昔のことは、あまり覚えていないんです。捨て子だったらしくて、花様がここで働かせてくれるまでは、公園の遊具で暮らしていました。両親のことは、分かりません。今でも俺のこと、覚えていてくれているのかな? たまにそう思うんですけど、考えても無駄だなって思ってしまうんです。

 僕にとっては花様がお母様のような存在ですから。でも、どうしてだろう。きょうだいとか、そういうのに憧れがあるんです。だから、有之助さんを見た途端、まるでお兄ちゃんみたいだな……って思って、えへへ。うれしくなっちゃったんです」


 白知丸はいつもの屈託ない笑顔に戻って言った。有之助は目に喜びを浮かべ、彼の小さな体を抱き締めた。


「ありがとう、そう言ってくれて。でも、白知丸、血のつながりだけで幸せははかれないものだ。だって僕は今、君に好かれて幸せだ。僕も、君のことを好いているよ。いつも、元気、もらってる」


 顔は見えなかったが、はじけるような笑顔をつくる気配が肩越しに伝わってきた。すると、ぐすっと鼻をすする音がして、離すと白知丸は顔中鼻水と涙でくちゃくちゃにしていた。


「大丈夫か! 白知丸!」


 有之助は自分の袖を引っ張ると彼の顔を拭ってやった。


「うぅ……ごめんなさい、着物、汚しちゃった」


「気にするな」


「俺も――元気、もらってます」


「そうか」有之助はニッコリ笑った。「そうだ、今朝にぎってきたおにぎり、みんなで食べようか」


 有之助はささの葉にくるんで持ってきたおにぎりを出した。


「わぁ!」


 白知丸は涙を拭いて頰張った。母はにぎり過ぎて硬くなったおにぎりを見てうれしそうにした。一方で、目の奥には深い悲しみが色濃く映っているような気がした。


 痛いほど伝わってくる悲しみ。信之助を目の前で殺された母の気持ちを、有之助はやるせない思いで受け止めていた。泣き叫びたかったろう、力尽きていく息子の最期に、言葉を掛けてやりたかったろう。それを思うと、無念で、無念で、言葉にもできなかった。


「母さん、頑張ろう。信のためにも」


 いつもなら笑顔で送り出してくれる母が、今日は有之助の手を握って離そうとしなかった。


「もう行かないと」


 母は有之助の手を引いてギュッと抱き締め、長い間離そうとしなかった。それでも母は有之助が病室を離れるころにはまたいつもの笑顔になって手を振ってくれた。


 このときは、母も長い入院生活が続いて疲れていたのだろうと思うくらいだった。有之助と白知丸は夕方になって金の盾に戻ると、花と一緒に閉店作業をした。お客さんがいなくなった部屋の掃除、洗い物、明日の準備も少ししておくのだ。


「有之助さんは手際がいいんですね。俺より皿洗いがうまいですもん」


 洗い終わったお皿を拭きながら白知丸は言った。


「そうかな? 白知丸はお客さんに接するのがうまくて僕は真似できないけど。常連さんの中にはわざわざ白知丸の顔が見たくて来る人もいるくらいだ」


「2人とも、いるだけで助かっていますよ」


 テーブルの上で事務作業をしながら花が言った。


「ところで、前から思っていたんですけど、次男さんって大商人なんですよね」


 有之助は洗い物をしながら尋ねた。


「そう言われていますね、周りの方々には」


 花は目を細めた。


「次男様は有名な商人ですよ。お知り合いも各大陸にたくさんいらっしゃいます」


 白知丸は誇らしげに言った。


「へぇ……そうなんだ。花さん、失礼ですけど、次男さんとはどういったご関係なんですか? あの、別に深い意味はないんですけど……」


「私はこの店で雇われている身です。あなたと似ていますね。もともと遠くの地から母にいい働き口があると言われて、この屋敷の店に行きついたという感じです。次男さんは厳しいことを平気で言うところがありますが、多少はご容赦くださいね、有之助さん」


「いえ。言われて気付けたことの方が多かったくらいですよ」


「厳しいことは言っても、次男さんはきっとあなたの苦しみを理解してくれます」


「花さん、僕――本当に感謝しているんです」


「あなたを救えてよかった」


「え」


 有之助はふいに心が温かくなるのをじわじわ感じた。花の目には、安心した色が浮かんでいた。


 閉店作業はいつも通りの時間帯に終わった。花が帳簿を片付け鍵を閉めているところに電話が鳴った。


「はい、金の盾」彼女は電話を取ると顔色を変えて言った。「病院からです、有之助さん。落ち着いて聞いてください――」


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