同盟への希望
隣の部屋からは白知丸のはしゃぐ声が聞こえた。おにぎりの具がサケであることに歓喜しているのだ。数分たって花の呼ぶ声がしたので、有之助は戻っていろりを囲い座った。
「それで、有之助と言ったか」
次男は言った。
「協会はお前たちの処罰を望んでいた」
一気に胸の中がざわついた。
「最も、そんな生易しい言葉ではなく、”処刑”と言った方が分かりやすいと思うが」
ドキリとして有之助は唾を飲み込んだ。
「お前の兄が会頭を殺したとなっているが――」
「確かに兄は会頭を殺しました。でも、聞いてください! 会頭は信じていた兄を裏切って、無防備な兄を切り捨てたんです。ひどいけがをしていたのに、それでも兄は刀を取った。……信が、信之助が立ち向かってくれなければ、僕と母は死んでました。命がけで戦い、守ってくれたんです」
次男は目を伏せた。
「余計な心配はしなくていい。そもそも俺は、協会など最初から信用していないからな。お前の兄が理不尽に殺されたことも、十分理解している」
有之助は胸をなでおろした。
「協会はまだ、僕らを探しているんですか?」
「もう大丈夫だ。お前が心配することは起こらない」
「どうして……」
なにか見えない力が働いているようにも思えたが、有之助は深く聞くことはしなかった。
「ただ働きはさせない。給料で母親にいいものでも買ってやればいい。その前に、お前の母親は病院で診てもらわないといけないがな」
「ありがとうございます」
有之助はかみしめるように言った。
「昨日は……」
「昨日のことはいい」
次男は遮るように言った。
「それともなんだ、納得がいかないことがあるなら腹を割って話そうか」
「いえ、そういうわけじゃ。一つお願いがあるんです」
「なんだ」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、聞く耳を持ってくれた。
「あなたは、名切り同盟の頭なんですよね。僕を、同盟に入れてもらえませんか。名前の世襲制度を断ち切ることが目的だと、言っていましたよね。名を切る。それを果たすために生きていると。僕も力になりたいんです。きっと、国がいいふうに変われば、協会だって変わります。もう、こんな思いは誰にもしてほしくない。罪なく、仕事が自由に選べる未来にできるのであれば……」
次男は視線をそらした。この目を見たことがあった。そう、宝屋の屋敷から逃げ出そうと言った時、母の逆らえないと諦めたような目。すごく似ている。
「やめておけ」
言葉を壁にして次男は強く言った。
「お願いです」
食い下がらない有之助に次男は冷たい視線を向けた。
「名切り同盟に加盟するということは国に反旗を翻すと同意義。お前は母を守りたいのだろう。ならば首を突っ込むな。一歩足を踏み込めば、簡単には抜け出せないぞ。さぁ、この話はもう終わりだ」
「諦めません」
結局この話は平行線で終わった。有之助は次男を母に改めて紹介したいと思い、彼を母の部屋に連れていった。母は彼を見るなり床に額がつくくらい深々と頭を下げた。
「母さん、改めて紹介するよ。彼が新しく僕たちの主人になってくれた商屋次男さんだ。病院にも連れて行ってくれるって。だから安心して」
次男は立ったまま母の顔を見ていた。なにを考えているのかは分からなかったが、眉間に変な力も入らず、自然体で接してくれているように見えた。
「有之助、明日から仕事だ。寝起きは母親とこの部屋を自由に使って構わない。店の事務所もある。仕事は花と白知丸に教えてもらえ」
「はい」
「難しい仕事ではない。できるだろ?」
「もちろんです」
次男は約束通り母を町の病院に入院させ、有之助を働かせてくれた。仕事は花と白知丸が教えてくれたが、次男の言う通り難しい仕事ではなかった。朝6時に起きて市場へ食材の買い出しへ行き、店の開店準備をする。接客や掃除、仕込みなど。花たちは優しく教えてくれた。
店で働き始めて1カ月がたつころには、だいぶ体も慣れて余裕が生まれてきた。宝屋の屋敷を母と2人で回していた頃とは違い、逆に手が余るほどだ。一方で、母の病状は一向に良くならなかった。長期入院することになったので、仕事終わりに見舞いに行くのが日課となっていた。
そんなある日、店に見覚えのある客がやってきた。有之助はその男の顔を見た瞬間に凍り付き、一瞬にして刷り込まれた恐怖を思い出した。
「有之助様? お知り合いですか?」
心配そうに白知丸が顔をのぞいてきた。
「前の主人だ」
「あなたは裏へ下がってください。面倒なことになりそうですよ」
有之助と母親がここに来るまでの経緯を聞いていた白知丸は、顔を曇らせて言った。
「薄汚い店だ」
入店するなりそう言った男は、間違いなく宝屋だ。一体どうやってこの店にいることがばれたのかは分からないが、協会経由で聞き出したのだろう。




