最終話 またステージへ
「なにかが間違っている……!」
その日YAM7は朝からとあるドームの控室に集合していた。
真弓は椅子に腰かけ、床を睨むような姿勢で呟く。
チューニング機材につないだ黒いケーブルが、床に曲線を描いていた。
この状況、YAM7の状況が間違っている。
どうしてこうなった―――そう呟く。
ぎっ、と錆一つないパイプ椅子をきしませて、床を睨む―――視線、焦点は朧げ。
悩みの種は、YAM7を取り巻く現状についてである。
「ぎゃははははっは!」
「笑いごとかよ!?」
「オッケーオッケー! 報道の自由!報道の自由だ!」
夢呼は愛花にスマホを見せている、見せつけている―――またYAM7関連のニュースだろう。
もしくは自分に飛んできたメッセージか。
最近は祭り上げ状態で、今までバンドに興味がなかったような層からもメッセージがひっきりなしに飛んでくるようになった。
煽り文句の山々。
ネットでの評判は、基本、あまり身体が受け付けないのだが。
今は肯定的な意見は多いようだ。
YAM7が。
あのYAM7がまたやりやがった―――そういって勝手に胴上げしてくる不特定多数の存在が、湧いてくる。
……いや。
それでも見る気にならん、気が散って仕方がない。
「楽しいニュースが増えるねえ!」
例によって瞳を輝かせる夢呼。
一年中ヘラついた奴も奴で、不機嫌そうな日もあった。
YAM7の曲が多数の感染者とともにクローズアップされた番組を、視聴してのことだったか。
「このために書いた曲じゃあないんだよ」
そうぼやいていた―――。
当たり前のことだが、対象年齢……対象年齢?かどうかはわからないが、ターゲットとしてイメージしていた層は当然、生きている人間である。
生きている人間。
音楽関係に限っても、生者からかけられた声は多い。
様々なイベントに出演するうちにというか、引っ張られたうちに、嫌味でもなく他のバンドからも祝福される機会が増えた。
つい先日に、楽器を新しくする金がないとぼやき合った仲であった。
「キミたちだけが頼りだ、今の世界では」
なんてことを、眩しい瞳で言われたこともある。
……いいヤツ多いんだよ、音楽やってると。
また飯食いに行くくらいは、した方が礼儀だろうか。
一応酒を飲める歳ではあるが、そういう集まりは得意ではない。
ああ、あの親父に似たさ。
目まぐるしく変わる日々、悩みは減らない。
あの事件をきっかけというか起点として、世界中で事件は起こっている。
現在進行形だ。
ウイルスには休日がない。
通常、葬儀は亡くなられてから一週間以内に行われることだが、状況が状況なだけに、最近はうやむやになっている。
落ち着いて喪に伏すことも、なんというか、やりにくい世界になってしまった。
あのライブハウスでの被害者だけでなく、国内で、そして多くの国で。
それでも今日この日、ライブを開催できることも含め―――。
世界は快方に向かっている。
そう感じている。
なんだかな。
―――私はここにいてよかったのだろうか。
思うことがある。
「私は、私が生き残りで良かったのだろうか」
私だけ。
皆一人残らず―――なんて、実際なかなかない。
なぜ私だけ、自分だけこうなんだろう、と思っていた日々もある。
振り返る、あの時の私を。
部屋の片隅に、意識をやれば―――いや、いつだって実は、《《あの子》》はそこに居た。
だって私は子供だった頃と変われていないから。
無視できるほどに大人になんて、なれていなかった。
それが自分。
そして、今回は幼女が見えなかった。
目を凝らす―――よく掃除された綺麗な部屋だ、そして建物だ、ということがわかるだけだった。
「……」
代わりに歓声が聞こえる。
歓声というか、気配。
開演の迫ったステージを前にして興奮する人々が、存在が違う部屋からでも漏れている。
そこに病躯を揺らすものはいない。
幼女との対話が出来ない、過去を振り返る暇もないということか。
そんな自分に、緊張感が襲いもしたけれど、楽器を睨み気を紛らわす。
そう、ギターだ……。
私はここに来て、ギターを使い、出来ることはひとつしかない。
「真弓」
七海がじっと見ていることに気づいた。
「私が生きていて……それが不思議で。 同じよ、同じこと思っていたわ」
言われて少し安堵する。
他が面白おかしく騒ぎ立てる中で、同類がいた。
死の運命を覆した音楽。
そう信じている観客。
……これはこれで、パニック状態なんじゃないのか、なんて思う。
やはり、何かが間違っている。
顔を上げて蛍光灯を見上げた。
徐々にその光景には飽きて、たくさんの声が聞こえる。
声———大声ではない。
一つ一つは大きくない。
それでも確かに大きく、地響きめいた存在になっている、賑やかな観客席。
瞳を閉じ、今日の一曲目のフレーズをリピートする。
その音楽に支配され、様々な悩みは、気づけば消えていく。
「さて、観客もアップをはじめたようでーす」
夢呼が言う。
そう……客席は埋まっているんだ。
私はYAM7のギタリスト。
ギターのネックを今一度、握る。
今日やる仕事は一種類。
そう、仕事と言えば。
宇宙服集団は今日もどこかで駆けまわっているそうだ。
拍子抜けするほどに真面目に任務をこなしている。
直接話していない私からすれば、怪しい集団だと感じたんだが。
誰だって、こんな事件は解決したいよ、と愛花。
ああ、そうだ。
ならば会ってみたかったな、落ち着いた状態で。
私は、ならばいい曲を弾く。
納得のいく音にする。
今日のが終わっても、気は抜けない―――舞音館のライブがある!
「もちろんいいけどさ、今からの―――な?」
今からのライブ。
「まずそれに集中するぞ」
「勘違いすんな夢呼……来てくれたファンのためだ」
夢呼を指差せば、笑顔を湛えた表情でドアノブに手をかける。
控室の外へ出る。
私やYAM7は、世界の中心ではないということくらい理解できる。
脇役となりうる。
ただ―――
「今日のステージは主役。世界の中心は、私……っていうことになるな。あとは、つまり、この四人だ」
そうやって、つまり―――勘違いをしてみよう。
少し前を歩いているボーカルが目を丸くしていた。
私らしくもない発言だと思ったのだろうか。
この四人だ、の部分は流石に全員から目を逸らして言った。
夢呼はしかし、すぐに元の歩速に戻る。
だからニヤニヤするのやめろお前は。
「YAM7を気に入ってくれた人らも、ついてきてほしいねェ」
「……」
どうだかな。
ついてきたい奴はついて来ればいい。
バンドは、音楽はたくさんある。
そういう世界なのだから―――。
私は今から、まだ顔を合わせたことのない、たくさんの人たちの前に立つ。
立つ、羽目になる―――これを忘れるのは間抜けなことだ。
昔の自分と向き合うよりも、豪勢な日々だろうな。
大切なことが、待ち受けている。
廊下を歩いていく。
漏れ聞こえる歓声に向かって。
恐怖の気配はなかった。
暗い廊下の中、夢呼、愛花、真弓、七海はステージに向かう。
一歩、また一歩。
賑やかな世界の中を歩いていく。
―――完。
読了、ありがとうございました。
後日談、サイドストーリー投稿は、まだ思案中です。