第六十七話 走れスタジオまで
丸根マネがアーティスト番組を眺め嘆息していたその頃。
YAM7の面々は絡まれていた。
街中で、同年代の女子たちに。
不良グループに取り囲まれているなどの危機的状況はないが、その方がいくらかマシだったやもしれない。
町でショッピングにでも洒落込んでいたのであろう若い女の一人は、大きな声で叫んできた。
「きゃあああ!やっぱり!YAM7だ!YAM7のユメコだ!な、なんでこんなところに! 何ですか、撮影ですか!もしかして現場とか、ドラマの主題歌的な説が濃厚なんじゃあ―――や、きゃあウッソ、ナナミ!アイカ!ふァアアーーーッ! マユミだあァ! うわスタイルエグッーーー神ッ!今日はどのようなご用向きでェ!?ありえない!ヤバイ無理なんだけど私っウッソマジ無理マジ無理!マジで無理なんだけど!」
口元に手を当ててはいたものの、それで音量を抑える気はさらさらないようで。
通行人が一斉に振り返る。
先ほど交流した鳩の動きにも似た、俊敏さだった。
いやあ―――それほどでも、とにやけるボーカル。
頭を搔く夢呼を腕力背筋力で引っ張る。
突っ立ってんじゃねえ―――、真弓は焦る。
そのまま四人して駆けだした。
バタバタと、四人違う歩幅で駆け抜ける。
道行く人は、人騒がせな、と言わんばかりに一瞥したが次々と過ぎ去っていった。
定期的に、何人かに気づかれ、えっYAM7———と呟かれる、ゆえに逃亡延長。
スタジオ到着まで逃亡者だ。
狭く、上に長いマンションが立ち並ぶエリアを駆けていく。
「今のヒト、リズム感あったじゃんー?」
ははは、と———腕、脚振りながら―――まだ笑ってやがるこの女。
逃げろや逃げろ。
この町の全容はまだわからないが走っている―――頻繁に通る道くらいは覚えたけれど。
夢呼も走り、腕を振りつつ、口ずさんでいる。
「マジ無理マジ無理ー……|magicMoonRit———リットってなんだっけ真弓ィ」
「知らん!」
「夢呼ぉ、ガードがユルすぎだよぉ!」
愛花がバッテバテである———ドラマーなのに、その体たらくは何だ。
体力つけるように指示したい気持ちはあったが、いつも自制する真弓だ。
道着を着ていたころとは、完全に違う自分でありたい。
「っていうかマジ無理ってなんだよ……YAM7のことがマジ無理っていうなら話しかけんじゃねえよ」
まったく人間は面倒だ!
生きている人間は面倒だ!
―――
「しつこかったわね」
スタジオに到着して、座り込んだ面々。
飲み物のボトルを開ける。
「すぐに終わるものだと思ったけれど、甘く見ていたのかしらね」
初めてのことではない―――YAM7が知られるようになるとこのありさま。
昔も、評価されたと感じる瞬間はあったのだが、YAM7を知っているのはネットを見てばかりの層のごく一部だったらしい。
今でも、街を普通に歩くくらいは出来る、出来るに決まっているという感覚が、崩れない。
必死で走っていかなきゃならないのはあのライブ会場だけで済めばいいんだがそうでもないようで。
今回の騒ぎ。
私たちがどれだけ訴えようと、世界を救ったのだという情報操作——もとい、印象操作は終わらなかった。
金字塔を打ち立てた。
……いやいや、私の心境と食い違う。
必死で生き延びただけだ、
近くにあった、使えそうなものがあれだけ―――ギターやマイクやスピーカーだっただけで。
ていうか私自身は慣れない靴での廻し蹴りを多用していただけなのに、畜生……。
「夢呼お前さァ、もう部屋ン中で書けよ……文章なんだからそれでいいだろ」
そう言うと、あからさまに嫌そうな顔をする夢呼。
お前わかってねえわ、みたいな。
「それまでの過程が大事なんだよこういうもんはねェ。思わず歩き出したくなるようなムーブを入れるんだよ」
夢呼に突っ込みを入れるにも精神的な疲弊が出るぜ……、身体は疲れていない。
身体は―――健康だ。
特に私は、あんなことがあったのに。
走って息は切れたが―――気味の悪さすらある、健康を感じる。
ガチャ、とドアが開く。
「みんなお疲れ! ああッ、居やがったね夢呼、戻りやがったね! ちょっと来なさいまた電話だ」
お母さんみたいに登場した丸根マネ。
「はいはーい慣れてますよーだ、でも曲作りが止まったらYAM7もストップになるんだぜ、そこらへんわかってる?」
「両立しなさい!全部やろうね!」
私たちは有名になってしまった。
確かにいつかは、と願っていたが、こういう不意打ちのような流れになるとは。
生き残ったとはいえ。
明日も明後日も、良い仕事を出来るだろうか。
夢呼が言葉を吹っ掛けられているのを眺め、思う。
――――
暴動者改め感染者。
その性質は日々研究されている。
音楽活動で手一杯の私たちからすれば、その詳細はさっぱりわからないはずだった。
それでもテレビで公開される情報の数々はあり、また暴動者対策のための音声データも、発信された。
暴動者の研究過程で制作された。
役所仕事、と言った雰囲気だった。
どういう調整をして、正常な人間の行動に悪影響がないなど、凝った音声でもあったようだ。
音楽的要素のない、電子音を国が発表しニュースで呼びかけたがこの件が起きてから圧倒的に世界中で支持されたのは、音楽だった。
まあ―――自分で言うのもなんだが―――真実だから仕方がない。。
こうなってしまったからには。
YAM7の曲だ。
「YAM7の曲が一番、奴らに効くに決まっている」
効くに決まっているし、聴くに決まっている。
ニュースを見た、そして感染者を知った世界が―――そう信じ込んでいる。
海外ではその傾向はなお、加速するようで、熱狂的な信者は私たちの曲がお気に入り。
感染者———奴らの事件が起こった際に、真っ先に『YAMUNANA』を大音量で流すことが習慣となっている。
奴らに聴かせてやれ!と言わんばかりの扱いである、スピーカーの販売台数が急激に伸びているとニュースでやっていた。
目を覚まさせてやる目的。
そのための、特別なものだと、それこそ崇拝しているようである。
私たちは、というか夢呼の書いた曲はもともと、英語を多用しない―――と、私の感覚では思っている。
ロックバンドの中では控えめ、むしろ和の雰囲気だろうか?
だが全米ダウンロードチャートにYAM7の曲が五曲もインした。
細かいことなど、お構いなし……お国柄なのだろう、さすがロックが生まれた地だ。
海外のファンが一定数確認できた時点で、そのあとからか、夢呼の作詞に横文字が混じる気配が生まれた。
海を越えていったんだ! つまりボトルメールだぜ!———と、本人は言っていた。
この方向性に関して、私は―――私はいまいち、琴線には触れなかったがな。
日本語の歌い方が綺麗だったのに。
そう思い、言葉を失う。
つまりは夢呼の歌い方を、前々から好きだった自分に気づく。
海外でも急遽CDの販売が開始されたそうだが、まるで追いついていない段階。
ネット全盛のこの時代でも、形あるものを手に入れたいというファンは多かった。
単なる音楽ファンだけでの争奪戦ではない―――わんさか、野次馬有象無象が来る。
そのため発売初日、店で購入するのは至難の業とされていた。
ダウンロード開始の初日。
大型動画共有サイトで公開したPV数が超音速で回っていく。
やがて今まで日の目を見てこなかった、旧曲の数々にもファンは向かった。
活動開始初期の頃から今まで、ずっと借りていた格安アップロードサイトにしかない曲にも視聴者は殺到、めでたくサーバーダウンしたそうな。