第六十四話 電話口の会話
世間を騒がせた死者を動かすウイルス事件は、全世界に知れ渡った。
夢呼たちYAM7が巻き込まれたその会場の映像も、共有されている―――暗い会場内、映りの悪いものではあるが、ニュース番組で放映された。
人間の、人間たる活動を阻害するウイルス。
暫定的にではあるが、症状を言い表した専門家たち。
人の意思を失わせる性質、と特徴をいくつか挙げている。
テレビのコメンテーターも、いまだ全容はわかっていないようで、日々情報が変化している。
「結論から言うとだな、テロリストはあれから逮捕した。最終的には警察が確保だ」
逮捕され捕縛された。
と宇宙特殊部隊(夢呼がずっと言っていたのでそう覚えてしまった)の男は言う。
どうも男は、警察と共同———というか、派生した組織なのだということは、薄々だがボクもわかっていた。
逮捕。
———その首謀者と、その組織の―――実際にウイルスを作ったとされる人物を。
ただ、いやな予感はあった。
そんな丸根に男は尋ねた。
「丸根マネージャーさん……だったな。 ニュースはどれだけ見てる?」
夢呼の呼び方に近い。
やっぱり覚えてしまうんだな。
「どれだけ見てるって―――まあ量は説明しにくいけど毎日放送してるじゃないか。 だからほぼほぼ知ってるよ、知らされてるよ」
ニュースでは。
ウイルスにかかった場合の症状と、発症者に対し無暗に近寄らないことなどの対策ばかりが繰り返し放映されていた。
注意喚起。
そして……首謀者のニュースは聞いていない。
言っていいやつなのだろうかそれは、とも思った。
あの女博士の顔を思い浮かべる。
受話器越しの男の、上司のはずだ。
『ああ、どうせ今夜にでもニュースで流れるさ……その前にアンタにこう……言っちまったカタチになるが、もう関係者みたいなもんだしな』
ボクやYAM7。
あと玉置さん―――音響室での出会いも、しっかり救助はされたからね。
あれほどまでに渦中、巻き込まれた末に、お前関係ないから、などと言われたら不機嫌にはなる。
被害にあった方たちに説明していただけるのは、大変助かる。
今日は親切だな?
親切で終わるだろうか?
居る業界は違えど、雲行きの怪しさを感じ取ることはできた。
「《《テロリスト》》は、捕まった……! それは違いない。 だがそいつらの持つウイルスは、国外に持ち出された後だった」
ボクは発言の意味を脳に染み込ませ、息を呑む。
ちょっと待て。
全てが終わったわけではないにしろ、それではどうしようもないじゃないか。
そこから、この戦闘員———井丹の話したことの端々から、組織内で分裂や抗争もあったことが窺い知れた。
情報提供者がどうとか言った、先日の話を思い出す。
やはり非人道的な行いをする組織だ。
大義があって―――何か理由があってこういうことをしたのだとしても。
自然当然、裏切り者が出るものなんだろう。
そうあって欲しいボクであった。
「つまり、また事件は起きると?……勘弁してくれ、しかもより大きくなりそうじゃないかい」
「それがウイルスの性質だからな―――作成者の手を離れても、騒ぎは続く。警察も、ウイルス対策の組織を作るのに四苦八苦したらしいが、やはり作る必要、価値はあったわけだ」
ボクはどう反応すればいいかわからない。
そりゃキミんところはそうなんだろうが、やや自信気な声色。
キミの鼻が高くなってもボクには利がないんだぞ、別に。
それにしても相変わらずというか―――、YAM7とは別のところで、話は進んでいるんだな。
これは真弓の意見だったが、ボクもそう思わざるを得ない。
「だが丸根サンよォ―――これはアンタにとっちゃあ《《得》》じゃあないのかい? 本当のところを教えてくれよ」
電話口からは笑い声は聞こえなかった。
だが笑みの雰囲気は伝わってくるので身構えた。
ボクの同業からは、既に向けられている感情———それと同質だ。
これから言われるであろうことを察する。
口元を引くつかせた。
「ボクには……答えようがないな。 何かしたかい?YAM7は歌っていただけだ。 バンドの役目を果たしただけだ」
「随分忙しいことになったんじゃァないのか? 実際、あんたの抱えている四人は―――」
「ボクが抱えるにはデカい、手に余る。 YAM7はね、抱えることが出来た瞬間は一度もないよ―――これで失礼するから」
「あっ、ちょっと待て、オイ―――」
言って切る。
苛ついて感情的になったこともあったが、はてさて。
「参ったよねえ―――マネージャーである僕の手腕で《《そう》》なったなら、もっと強気な態度にもなれたのに」
丸根マネージャーは嘆息した。
精彩のない表情のままで室内の壁を見やる。
貼られて間もないのは、次回に開かれるライブの販促ポスター。
そのサンプルだった。
メインゲストに《《あの》》YAM7が出演の他バンド混合もの。
有名なバンドも名を連ねていた。
チケットは発売開始から一分と待たずの完売だった。