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第六十三話 街を歩けば

 【事件発生から二か月後  1月30日 11時22分】

  都内・某スタジオ

 

 『人気急上昇中の四人組』という立場を失った者たちが顔を突き合わせて音合わせをしていた。

 正確には四人ではなく三人。

 スタジオのドアが、性急に開く。

 

「夢呼! この前の夕時(ゆうどき)テレビの件だけど、返事が返ってきたぞ! ……て、あれ?」


 丸根マネが、ドアを開けて固まっていた―――視線でスタジオを見回している。

 室内には、私も含めて七海が弦を弾く。

 また愛花が口で言ってる。


「ぴしゃああん!」


 音を、言ってる。

 日常が完全に戻っているかのような光景に、安心する丸根マネ。

 一方ドラムスはと言えば、 丸根マネが入ってきてからはやや小声に、それでもドラムと対話を続ける。


「夢呼はどこにいる……?」


 丸根マネが目を丸くした理由がそれのようだ。

 真弓は目をつむり、額を天井に向ける。 


「さあね」


「また曲を書きにいってると思うわ―――丸根マネも、知らないの? 夢呼の行動パターンくらい、把握しておいた方がいいと思うけれど」


「あーもう!わかってんの?状況が変わったんだ! 大きく変わったんだよ、それをわかってんのぉ? っていうか夢呼の挙動を読めるやつがいたら連れて来いよ! 何かもう―――間違ってるだろ、そんなことが出来たら!出来るやつは!」


 それもそうだな、と一同は妙に納得した。

 しばし沈黙の後、立ち上がる真弓。 

 

 仕方ない、探しに行くか、とばかりに次々と立ち上がる―――ぞろぞろとドアに向かった。

 一応は同じバンドだ、奇行が目立つといえど、まったく居場所がわからないということはないだろう。

 


 YAM7(やむなな)改めボーカル捜索隊を横目で見ながら、丸根はまた、電話の振動に気づいた。

 さまざまな企業と連絡を取らなければならない。

 自分は、マネージャーとしての役割を請け負うのみだ。

 今回、かかってきた相手とも。

 夢呼たちに連絡を通るには僕を通してくれ、と進み出たのだ。

 

 果たして、その連絡は。

 あの、宇宙特殊部隊(夢呼が言い出した渾名(あだな))からの着信だ。


 しょうがない、ボクが取るとするよ。

 ボク、別にあこの人と仲良くないし何ならあちらさんもボクに興味ないだろうけれど、彼はYAM7(バンド)を御贔屓にしているらしいしね。

 まあ、丁重に扱うさ。

 


 通話がつながると、夢呼ではなくボクが出たことに、いくらかの動揺を感じとれた。

 話したいことがあるなら好きなだけ言ってくれたまえ。

 YAM7(やむなな)にはしっかり伝えておくよ―――良い知らせに加工してね。

 ……アーティストのメンタルは丁重に扱われるべきだ。

 そう信じてやまないボクだった。

 ま、夢呼を丁寧に扱うかというと、話は別になるけど。


『あー、YAM7(やむなな)の皆さんに残念なお知らせがある』


 ボクは嘆息する。

 ま、そういった報せにも慣れてきたけどさ。


『恐れていた事態になった、と―――部隊(こっち)の中でも最大限警戒している」


「良い知らせも頼むよ……なんでもいいからさ?」


「ああ、―――まずはだな、今回のウイルスの話だが」




 ―――


 あの事件。

 というか、暴動者の存在は、あっという間に世界に知れ渡ることとなった。

 テレビでもネットでも連日、取り上げて

 注意を促すのは結構なことである。

 ただ、あのスーツを着て机上で一生懸命話し合っている連中。

 その映像のうちの、何人が実際に襲われた経験を持っているのだろう―――くらいのことは、思うけれどね。

 私は生き延びた。 


 暴動者はあのライブハウス以外でも出没している。

 ウイルスに感染した人間ということが知識として、世間に知れわたっている。


 事件の現在を知りたいと思った。 

 SNSにもあふれる、事件の体験。

 その隙間をちらつくのは、白い集団の存在。

 暴動者が人数では圧倒的でありながらも、対抗する白い宇宙服たち。

 ネット上では、何者なのかという噂はありつつも、連日報道される被害やテロリストの情報などのニュースに塗りつぶされていた。


 世論では、何者なのかと騒がれる、都市伝説の類になってはいる。

 白い宇宙服の集団は、約束通り―――というか、もともとそういう役割なのだろう。

 被害を食い止めるべく動いている。

 事情を知っているYAM7(やむなな)は、安心するが。

 ……いや、安心だろうか。

 実際にそんな組織があって、今も動いているのならば十分だけど。

 ちゃんと仕事しているらしい。


 ―――



 楽器を持たないで町を歩いている間は、ギタリストでもベーシストでもドラマーでもない。

 だから周囲の人物もYAM7(やむなな)の存在にはなかなか気づかない。

 バンドメンバーとして結びつかないのだろうか。

 三人は、ボーカルを捜す。


「この歳で迷子かよっ」


「電話にも出ないわね―――」


「今までもそうだったけどさ、言っといてよぉ」


 どこに行くか―――か、前から思っていたが夢呼はどこに向かっているのだろう。

 生き方が。

 勿論ボーカルとしての矜持、歌を用いてこの世の中に貢献したいなどという想いはあるだろうが―――。

 そこまで考えて真弓は、いや違うな、と思い直す。

 貢献……あの夢呼が?


 最も遠い言葉に思えてならない、あの天真爛漫が。

 きれいな言葉に収めようとしてしまう自分がいるが……ええい、なんなんだよ。

 傍若無人に近い存在だろうに。


「本当———何がしたいんだろうな、うちのボーカルは―――?」


 車がのろのろと動く横を、小走りで走っていく。

 ビルに付随する、店の看板が多い。

 あとは―――あとは、全てが多い。

 真弓が都会に対して抱いた感想はそんなものだ……人も多いし車も多い。


 だが、そんな当たり前の光景に感心もする。

 歓心(かんしん)だろうか?

 あれだけの事件が連続で続いていたならば、人口の多い都心など、機能停止に陥っていた可能性が高い。

 しかし、自分は退院出来て、こうして街中を歩きまわっている。

 事件に対して対策を続けていた組織がいたことは、どうしようもなく現実だった。 


 ふと家電量販店を見る。

 地元にもあったチェーン店舗である。

 もっとも、敷地が広々としたそこよりは狭く、ビルに押し込まれている感は強い。


 店内の電化製品の中には、大型ディスプレイもあった。

 ライブハウスの映像も流れていた。

 なるほど、暗い室内での光の当たり方とか、画質が鮮やかだという感想を抱く。

 

 ……店内にいるだろうか。

 と足を止めてしまった。

 いや、それでも夢呼の行動パターン的に、何か違う感じはした。

 どこならいい……?


「なにか―――お探しですか?」


 柔和な笑みを浮かべた店員さんが、声をかけてきた。

 おっと、隙丸出しで棒立ちだったか。


「あ……いや、そうじゃあ、ないんですが」


 戸惑ってしまう。

 確かにアパートに置いてあるのはコスパを重視したようなテレビだが。

 視界にある高画質に目をやる。

 眼鏡をかけた女が、色づいたスモークのなかで声を絞り出している。

『事件』より前に行ったライブの映像が取り上げられているのだろう。


 当然、駆け出しだった私たちは、観客の顔がすべて見えるくらいの会場でしかライブをしていない。

 日本舞音館など夢のまた夢―――だった。

 命をつないだとはいえ、夢は夢のままだったはずだ。


 画面内の――この女を探してるんだよなあ。

 眺めて思ったが、店員に言っても仕方がないか。


「また今度にします―――いま、探してるのは人なんでね」


 再び、私は歩きだす。


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