第六十二話 病室 4
「そうか」
息をつく。
なんだか、気の抜けた返事になってしまう。
自分の寝ている間に、というか、気を失わされた間?に進んでいたんだな。
話が……進んだのかどうか疑問だが。
大して中身なくね?と感じる自分もいる。
さっさと眠らされたこともあり、相手にされていない感が凄まじい。
「そりゃあ真弓だけに限ってないっての―――」
今、夢呼も不満そうに―――うん?
不満そうか?
いつも目はニヤついている……少なくとも、私よりは。
「一介のバンドメンバーに、この事件は解決できるものじゃない―――みたいな空気っていうかさ……そう言いたげだったなあ」
「言いたげ……というより、それは……」
そりゃあ、なんというか……そりゃそうだろ。
言いたくはないが。
夢呼は目を見開いて返してきた―――真弓、お前もか、みたいな驚愕を感じる。
あっさりしてるなあ、いやにあっさりしてるな、と目を細める。
まあ簡単に言ってはこないだろうなとも、思うが。
知る者は言わず、言う者は知らず、だろうか。
長く二人で話し込んでいたことに気づいた。
ちらと他を見れば、七海の方はまだ憤っているようであった。
顔から怒気が伝わってくるわけではないが―――。
それでも息を合わせた時期の長さゆえに、雰囲気の違いを感じる。
――—死人が多い。
YAM7のファンだったであろう人が、その中にはいた―――何百人も死んだはずだ。
というのは、盛った言い方かもしれないが。
いい気分なわけがない。
会場の収容は大きかった。
まさか裏目に出るような日が来るとは、思わない。
動員数が多かった―――少なくとも、初期の頃よりも規模の多い混成ライブに、参加させてもらった。
その辺りのことを七海が思案している、してしまっていることは想像できた。
私も、結局あの事件のことをいろいろとはっきりさせなければならないのだと、理屈では―――わかっている。
ただ生き延びたことで頭がぼうっとしているのか。
本当はここで話を聞くはずのない人間だった。
聞くことが、出来ないはずの人間だった。
原因を突き止めたい知りたい。
その想いが―――涌かない。
想いが発生しない。
結局、解決はしなかったし具体的な終わりが見えないとあって、胸にこみあげてくる怒りもあった。
しかし、下手に関わっても……どうだ。
どうなるんだろう。
「……」
まあ。
宇宙服の組織、その存在をばらしてしまった方が、抑止力になるのではないか。と考えたのは私。
こっちが対抗策を持っていると理解させればおとなしくしてくれる。
とはまあ。
思うけれど。
素人考えと考えだろうか。
私もテロリストの存在くらいは想像したこともある。
世界にはそんな組織がいくつかあって、銃やミサイルではなくこのようなものを使った、というくらいの考えはした。
想像の創造はできた―――まあせいぜい、妄想だ。
今回の騒動を惹起した過激派は。
それでライブハウスを狙ったし、ほかの施設も狙うつもりかもしれない。
「夢呼、もういいよ―――真弓が」
手に温かい感触を受けて、思いのほか驚く。
シーツが擦れた、思ったよりも足が動かない。
愛花の腹にぶつかる。
指が触れる。
手と手を合わせる―――それに感動したなんて言うことはない、ないはずだ―――しかし、また手が動く。
じゃあ……演奏ができるんだ……本当に。
あのまま墓の下に沈む可能性はあったんだ。
「真弓が、戻ってきてくれた―――本当に」
愛花は見つめてくる。
……そんなに嬉しいものかね。
生きていて。
生きてたら、より大変なことが多いってことを、こいつの童顔は知らないらしい。
視線を逸らす。
「なぁ」
夢呼も呟いた。
見れば、私ではなく七海に話しかけたらしい。
「YAM7は死んでない―――ってことで、どうだよ?」
七海は困惑の混じった様子だったが、何も答えず……やがて夢呼に笑いかける。
怒りのいくらかは収まったか。
良いことでは……あるが。
ぼんやりとドアを眺めていると―――ああ、まだ麻酔が抜け切れていないのか、そういえば。
医者らしき人物が通り過ぎていく。
今、丸根マネと、看護師らしき人がこの部屋に入ってきた。
やはりここは病院か。
知っている地元の病院ではないから慣れない、アウェイ感が凄まじい。
その後も、体に障りはないか程度の連絡は取っていた。
向こうもそういう仕事なのだろう。
感染はしても発症はしなかった私に、それでも絶対はない、と言った。
警戒しているのか―――私のことを。
宇宙服の集団は。
ほとんど他人のようなもので、たまに診てもらう医者に近い関係性———互いのことを深く知らず。
もとより住んでいる世界が違う。
それを前面に押し出してくるというよりは、ただ危険な場所から遠ざかって音楽をやってくれ、というような想いを感じた。
そんな関係性で落ち着くこととなった。
どうやら長い期間ウイルスを追い続けてきたらしい専門家。
そんな彼らと、私は、かなり遠い存在だった。
私やYAM7は、世界の中心ではないということくらい理解できる。
脇役となりうる。
身もふたもない言い方にもなるが、脇役ですらないというような場面が、人生にはある。
場所が場所だっただけにYAM7がやるしかなくなり、抵抗し、かろうじて生き残ろうことが出来たというだけのことで。
出会うことすらなかっただろう―――本来なら。
ただこの事件の行く末に、結末に、YAM7は関わることとなった。
関係することとなった。
私も関わってしまい、逃げられなくなった。
それも意外な形で―――。