第六十一話 病室 3
「―――それで、どうなったんだ結局」
私としては、全てを知りたかった。
あの事件……事件と言っていいのか……いいんだろうな、もう。
その背後に何があったかほのめかされるとな、アピールされるとな―――そりゃあ、全容が気になるというものだ。
知りたがりな性質。
その出どころ……それは幼き日から母親にはぐらかされ続けた(ような気がする)日々が、尾を引いているのかもしれなかったが……。
母親を考慮するあたりがなんとも苦難。
選択肢がそれしかない。
父親のほうはとりあえずおそらく、話が通用しないし通じない。
考え方も通じない。
あいつが考えていたことと言ったら、構えている人間をどう崩していくかだ。
私は、大人を信頼しているのだろうか……。
警察からも一目置かれているという宇宙服の、対ウイルス集団。
警察内部の、どうも上層部にしかその存在が知られていないらしい。
胡散臭いのはやまやまだが、意識が万全な私が、今ここで生きていることが、その組織の戦果だった。
そうなると信頼は置ける、置くしかない―――。
そんな彼ら彼女らに質問を投げたら、そのすべてに答えてくれるものだと思っているのか。
どんなことでも言語化して丁寧に答えてくれると。
無料で。
思っているのか。
大人になればなるほど、人は親切になると。
……思っているのかも、しれない。
そう信じて疑わないのは、私がまだあの母、父を見上げていたころと変わらない幼女だからか。
色んな事を教わり、私は大きくなっていくのだと思っていた。
たくさん質問して、知識を蓄えれば大人になれるという風にも思っていた。
息を吸って吐くように、子供のやる……そう、役割だと思っていた。
私は見ていなかったもの、視界に入れていなかった部分が多い。
他人の考えることはわからないし、状況は変わっていく。
簡単に真実を教えられるものでもない。
子供が大人になると、知らないことはより増えるだけだ。
より子ども扱いされるような気もする。
世間から、世界から。
流石に二十歳を過ぎると気付き始めた。
母も、はぐらかしていたわけではなかったのだ。
気づいていた―――ような気がする。
ただ、それでも信じたくなかった。
誰かから「そんなことはないよ」と言ってほしかった気だけは、する。
いろんなことを知って成長すれば、それでいいんだよ、それだけやってればいいんだよ―――と、言ってほしかった子供だ。
知って安心したかった。
夢呼は思い出しながら、その時の話をする。
「いや、でもそこから先は本当に『わからない』の一点張りだったぞ」
結局ウイルス対策組織の現状は何なのか。
結局わからずじまい。
「もっと言えば、今解析中のデータ集め中。現在進行形でゴール知らず」
未解決事件……そういう言い方をすれば、何かにカテゴライズされているようにも聞こえるか。
私たちの事件が、前例があるものに分類され、わかった風にされるのは時間の問題なのか。
まあ解決しようとしている人間たちを、悪しき者と思わないようにしよう
「元々、ケーサツに接点すらなかったあの研究者サンが言うには、テロが起こる可能性が高いとみて、行動しているって」
「……」
だからこの件は秘密にしている。
さらに言えば、私たちのような組織があると向こうもよりステルスで―――秘密裏に厄介ごとを起こす。
要するに、邪魔しないでくれという無言の圧を受けた。
言葉の端々から、急造の組織であることが伝わってきた。
この事件の情報があり、急遽、人を集め―――というようなものを想像した。
―――
「だがな、犯人はもうわかってる」
男の発言に一同は振り向く。
「『犯行グループ』っていうべきか……何しろあんなウイルスはどんな設備でもホイッと作れるものじゃねえ、必ず足がつくし、情報の提供もある」
「伊丹……」
「なァんだよ、それも喋りすぎだってか?」
「そうよ」
「喋らねえといけないんだ、現に黙っているから―――イライラがたまっていくんだぜ? 解決の目処は立っているって言わねえと、納得しない―――つまり、その―――YAM7さん方々はよ」
どうもその男はYAM7びいきな傾向があるようだ。
組織の(雇われとも言える立場の)責任者の女は、そう感じていた。
ライブ会場で実際に立ち回り、その際YAM7を見て、つまり―――感化されたのだろうか。
特殊部隊に身を置いておきながら、軟派な輩だ。
彼女は息をつく。
夢呼の方に向きなおる。
「事件を解決する……約束するわ。そのために警察と協力して動いている、で―――こちらからの情報は渡したくない、私が言えないこともあるわ」
いえ、もう言っちゃいましょう―――とその女は言った。
「あなたたちYAM7から情報が漏れないなんて、保証はどこにあるのかしら? 時にあなた、口から産まれてきたような人ね―――ボーカルは天職ってわけ?」
夢呼は笑顔のまま、口角を釣り上げた。
男は犬歯を見せて笑いながら言う。
「時期に、報告をさせてもらうぜ。 いい報告を出せる時を待ってろ」
―――
私はベッドでお寝んねだったから―――ああ、見たかった。
ライブハウスで私を撃った張本人ではあるが、その研究者を好きになったかもしれない。
疑り深い感じに好感を覚える。
あと、夢呼を嫌悪する女は、割と信用できる。
会えるだろうか、また―――いつか。