第五十九話 病室 1
ボーカルがのぞき込む。
……赤ん坊を見下ろすような表情である、やめろ。
私が寝ているのは知らないベッド。
なんらかの施設であることは想像がつく―――清潔が過ぎる。
消毒の匂いがつよかった。
愛花、七海もそろい踏みだ。
良かった、と寄ってくる―――それに対して動けない私。
目覚めは怠い。
「なん……で」
唇も震えた私。
どういう状況だろう……何が起こった?
私はここで、電気を消して寝た覚えはない。
まあ細かいことは気にすんなよ、と返事をした眼鏡女が、椅子に座りなおす。
「お前が無事なんだからいいか」
「夢呼、アンタさ……あんなことがあったんだ……」
そんな笑顔は、やめてくれと訴えてみよう。
相も変わらず、顔面の元気さは一流だが―――私は思い出した。
あの荒廃した光景、というべきか―――《《あれ》》はどうなったんだ?
「お前が生きてる」
「ああ……わかってる」
わかっているってば……それが、嬉しいっていうの?
夢呼、綺麗ごとはやめてくれ。
お前に……それを言われてもなあ。
夢呼は困ったような表情を、やっと見せたが。
「マジだよ……あんたがちゃんと生きてて。 ……でも、そうだな、やっぱり。 アタシも生きてる。この夢呼サマがね―――だから、嬉しいのかもね」
……。
「また歌える」
仕方のない女だ。
まあここまで赤裸々というか、嘘のない部分はこの女の数少ない長所だ。
ここで、開きっ放しだったドアから男が入ってきた。
丸根マネが私を見て、すぐさま眼をくわっと円形にした。
「うわ、うわわ……ッ! ちょお、看護師さーん! あのう! ちょっと来てくださぁい!」
バタバタと足音を鳴らし、廊下に消えて行った。
「もう、丸根マネったら」
「あたりまえだよー、あんなに心配してたし」
どうやら安心して会話ができるような環境には、いるらしい。
それよりも寒気がすごい。
体調に問題はない。
ちょっと眠い程度だと、感じている。
違和感を覚えたのは話の流れを思い出したためだ。
私は―――銃で撃たれた。
そして床に反射する私の顔……そう、そのあたりが最後の記憶である。
最後の最後で、どこの馬の骨ともとれぬ人間に銃で撃たれたはず。
夢呼は語り始める。
「もう、色々あってありすぎてビックリだが、何があったか話すよ―――
ていうか」
「あの態度、いやになるわねえ」
七海が窓の外を見る。
どうも、私を銃———正確には違うが―――で。撃った見知らぬ女とここで話したそうだ。
まるで相手にされなかったわ、とぼやいた。
―――
その五時間ほど前時刻に遡る。
どうも、私が眠っている目の前で話し合いは行われたらしい。
「納得いかないわ、あれだけのことがあって、教えないなんて」
七海が声を荒げる。
これから叱責に努める、迷いない態度。
それに対し、前に立つ女性は眉を曲げた。
「教えない、とは違う。 ただ、言えないことがある、と言ったのよ」
本日はスーツ姿ではあるが、例の、宇宙服の部隊を仕切る人物であり、真弓の回復を成し遂げた人物でもある。
名刺を渡された。
「『 』よ。あ、睨まないでよ?」
記されてあったのは、よくある名前だった。
のちに偽名だと判明したので割愛する。
名刺の時点でそんな有様だったのだが、あらゆる面で秘匿されているらしい。
秘密裏に組織されているグループ。
今回、YAM7を襲ったライブ会場での事件のような事例に、対応している。
「睨まれても困るわ……犯人は私ではないのよ、ええと……ベースのヒト」
「七海よ」
確かに事件の犯人ではない。
犯人とは、顔を合わせていない、不明のままである。
「新規、特殊犯罪対策……?」
それを読み上げたのは愛花だった。
名刺の持ち方のたどたどしさを見て、スーツの女は微笑みを浮かべた。
「むず痒いわねえ、まったく」
急ごしらえの組織なのよ、と困ったような顔になり。
ちらりと男のほうを見る。
「なんでこっちを見るんだよ。今は確かに、責任者はアンタだろ。目をフラフラさせんなや」
スーツ姿の女性に声を飛ばす男。
どうも女性の同僚———部下らしい。
宇宙服チームの実践担当員であり、エントランス、真弓の背後から声をかけたあの男だったとのことだ。
マスクを外してみれば、夢呼たちとそう変わらない年齢だろうと思われた。
この二人は、今回のような事件を担当している。
正確には部隊なのだからもっと大人数。
流石に全員で病室に押しかけはしないが。
「一番大事なことであるはずの―――真弓さんの件、説明はしたから助かる可能性は高いことは理解していただけた?」
だから睨むのをやめてもらえる?
と彼女は言った。
夢呼は七海を見つめた。
眼で咎める。
病室に乗り込んできた、ほぼ初見の相手ではあるが、バンド仲間の命の恩人であることには違いない。
七海も、いからせた肩を下げるしかない。
七海は七海で、おかしいのは自分だということをわかってはいた。
いら立ってどうする。
自分が冷静ではないというふうに感じている。
自分と少しでも感情の濃さが違う人間を、許せない……無性に許せない。
YAM7にすら、矛先を向けそうだ。
怒りのやり場は欲しい。
さて、と女は音を立てず両手を合わせた。
「混乱のさなかだと思いますが、説明をするために我々は来ました」
口調を改めて言う。
自分たちがどういう存在なのか。
これから|YAM7がやっていくことについて。