第五十七話 庭から聞こえる声
微睡みのなか、声が聞こえた。
YAM7の、丸根マネの―――声。
聴き慣れた、連中の声。
夢呼の、演説染みた歌詞。
ひたすらに声を伸ばして。
一斉にロール・インしてくる。
いや、してくるじゃねえ、私も弾くんだよ。
雨が横から殴り、の「り」で私はかき鳴らす。
かき鳴らしながら思う。
弾けた、演奏できた―――けど、あれ?
私まだ演奏できるんだったっけ。
バンドを出来ない身体になったんじゃなかったっけ。
足首を何かが刺した。
そんな痛み―――これがあったから弾けなくなった。
そうだ、私はミスをした。
結局、出口までたどり着いて、一つのミスをしたんだった。
いや、身体に限界が来たのか。
そこで私は立ち止まって。
だから、もう―――次にどうすればいいんだかわからないんだった。
私は死んだ、死んだという覚悟が出来ていたはずだ。
勇気があった。
あったのかな。
思えば生きていても、楽しいことばかりではない。
それはわかっていた。
だから死んでもいい―――と、言えるような度胸もなく。
ただ思ったのは、生きていて……毎日ちゃんと生きていて。
私はどうなるんだろう、何かになれるのかな。
という疑問、疑い。
――――
暗い会場に降り注ぐ照明が、三原色の移り変わりを繰り返す。
場所が変わった。
場所というか、完全に別の日だ。
見上げれば目立つ、光源……ミラーボールとは違うが。
アレの正式名称は結局覚えていない。
照明器具を覚える時間などなかったな。
いかに安く抑えるかでいうなら楽器のことばかりを考えていた―――あれで丸根マネからも色々と言われていた。
それに照らされる、歯を剥いた人、叫び声。
ああ―――そうだ、囲まれていたんだった。
音の振動が身体に伝わる。
よくよく意識を集中すれば、肌が揺らされているんだとわかる。
音の圧が身体を通っていく。
蹴っても、蹴っても―――
何も変わらず、囲まれている。
間合いが取れなくなっていく。
増えているんだ、敵が。
素人同然、いやそれ以下の単調な動きとはいえど―――
夢呼の背中。
七海の背中、愛花の背中———。
次にどうすればいいんだかわからない私は、何でついてきていたんだろう、今まで。
似た者同士だから?
……いや、それはない。
似ている部分なんて……本当に。何でだろう。
三人とも、走っていく。
光る出口に向かう。
私もそちらを向くけれど、走らない。
――――
また場所が変わった。
かなり過去の話だ。
日差しが窓から廊下に射し込んでいる。
木の匂い、土の匂いがする。
実家の廊下だ―――そこで、人を見上げている。
お母さん。
お母さんが……見上げるような身長だった頃。
「……ねえ」
「お母さんは何で、お父さんなの?」
母が首をかしげずに、聞く。
幼児だった私の言動も、何を言わんとするかわかるらしい。
親子だった。
「私がお父さんを選んだのは何でなの―――てことね」
「……お父さんじゃなきゃいけなかったの?」
謎が多いと感じた。
この世界には謎が多い……と感じる幼児だった。
日々を過ごすとわからないことがあって、それを放置するままなのは良くないと感じた。
全てを知りたかった、大人になるまでに……。
そうでない自分は不安だった。
「あとはぁ、私で良かったの? お母さん、他の子がいいとか思わなかったの?」
お母さんは苦笑いしたまま。
ぶつぶつと呟く。
我が子ながら、いやな台詞を選んでくるわねぇ……と。
困っているようには、見えた。
思い返せば寛大な人……だったんだろう。
子供は質問が多い。
気軽に何でも投げてくる。
それを聞いて眉を曲げながらも、たくさん答えてくれた。
「とても難しい質問ね」
溜め息ではない、しかし息をつき、洗濯ものを畳む母。
庭では父の掛け声。
弟子たちと正拳を突き出す衣擦れが、バシバシと聞こえている。
「何か、ちゃんとしたことを言っても、真弓は喜んだりしないでしょうし」
ただ、他の子とかはともかくとして。
「———お父さん以外の人は、忘れてしまったわ」