第五十三話 音楽性の違い 2
私は夢呼と見つめあう。
眼で、視線で連れて行け、と示す。
転がっている愛花を連れて行け。
夢呼は、愛花を無言で引きずるという―――行動で応えた。
それなりに長い付き合いではあったから、わかるよな。
付き合いがの長さ瞳孔で、あのボーカルが素直に聞くかは疑問だけれど。
助かるよ。
「ちょ……あ、あの」
ライブハウスの出口付近を狙って、蹴り飛ばした愛花。
そのまま、されるがままに引きずられていく。
このボーカルのにやけ顔は変わらないままだが、流石のお気楽顔ボーカルでも、言葉に迷うことがあるようで、しばらくは無言だった。
ドアが開く際に、奴は振り返った。
「ま……、音楽性の違いかね、これは」
眼鏡の奥の表情は、なかなか読み取れなかったが。
ついにいつもの茶目っ気のようなものが出てきた。
別れる理由を探していたのか。
「……そう、だ」
そういうことだ。
それでいい……皆そうだ、色々あるから仕方がないよな。
私も、喉につっかえるものはあったが、言い切った。
「私、YAM7を、抜けるわ」
見つめ合う。
夢呼の隣で、びくんと肩を跳ねたのは七海だった。
視線は―――髪に隠れていて―――誰のことも見れないようだった。
例えば。
まだ何とかなる、とかずっと一緒に居ようとか、そういう執着を言い出さないのが夢呼で、助かるよ。
今はとても助かる。
いや、腹が立つかな、むしろ。
自分よりも優しい女だなんて―――嫌いだよ、そんな奴。
「時間はあまりない―――もう、《《マズイ》》かもしれない」
そうして私が急かして、三人は行った。
これ以上『でも』『だって』だの色々、お喋りくらいできた可能性はあったが。
切り上げたのは私。
ドアが閉まる。
誰もいなくなった。
あとは死体になる私のみ。
BGMはホール内から聞こえる。
それしか音がない。
「居場所が……違ったんだろうね……」
もともと違う人間だ―――そう思えば別れでも何でもないよ。
もしくは、ライブ会場内にいた多くと、同じ側だったということだ。
そう考えてみれば何のことはない―――私は大多数だ。
仲間はたくさん。
まあ自分が特別な人間、助かる側だと決めつけては、いなかった。
生きていることは、楽しいことばかりではない。
それでも、まあ―――思ったよりも色々あったよ。
愛花とも……嫌いなだけ、で終わらなかった。
それでいい、それくらいで。
ただ、気づくのが遅すぎて。
それだけはショックかもしれない。
せめて、もっと早く教えてくれれば……ああ。
親父、ひとつも教えてはくれなかったんだ、こういうこと。
そうだな。
私がこれから、この世というか、人間に恨みを持つとすれば、それはYAM7には向かない。
地縛霊はあの親父に向くかも―――ただ単に、実家に帰省だなあ。
なんてことを思う。
いやいや―――冗談だけど。
それから、暴動者が霊的にはどうカウントされているのだろうか、まだ意識はあるのだろうかなんて考えつつ、静寂の中にいた。
視界の端から、物音が聞こえた。
靴の―――誰かが歩く音。
きぃ、と金属の鳴く音がして。
ドアが開く。
三人が出て行ったものとは違う、関係者専用のドアだった。