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第五十話 減速

 のちに真弓は、この後の自分の対応を、長く後悔することとなる。


 手足を怪我した病人。

 パッと見た印象はその程度で、つまり、暴動者が一体だけの状況は、危険とは言い切れない。

 その事件というか、事態が始まった当初よりも損傷が激しくなっている。

 服は血がにじんで滲み続けて真っ赤になっていて。

 床に零れた血を拭き取った雑巾、そんな服装である。



 まず、何もせずに様子を見ていた。

 音楽はまだ、ホール内から漏れている。

 あとは、無数の乱闘の音。 

 それらをBGMとしながら、一歩、二歩と暴動者が歩く。


「……っ?」


 と、真弓は困惑する。

 音に向かわない。

 おかしい、聞こえないみたいに。

 覚悟して、駆け寄り、上段回し蹴りを仕掛ける。



 暴力は全力―――いや全力を出している病人、といったところか。

 感情がかき乱される。

 ひたすら痛い、痛々しい。

 真弓は駆け寄る態勢に移行する。

 おかしい、聞こえないみたい……だがこいつらがおかしいのは今に始まったことではなかった。

 まったく全てが、例外なんだ、今日は。


 歩幅、間合いの関係で、あの時転倒で痛めた方の足を使う。

 手遅れにならないためにはこれしかない。

 どちらにせよ出口が目と鼻の先、つまりラストだ。

 身体酷使はこれが最後。


「ちぃいいっ……」


 転倒時のことを思い出す。

 走れただろう、今痛むなよ!さっき走れただろ。

 暴動者の肌。

 そこに自分の脚が伸びていく、ステージの時と同じだ。

 攻撃成立の直前に、足首から電流が走ったように―――。





 ———




 愛花は、直前で頭上に気づいた。

 思えば、何者かが徘徊する気配はあったのだ。

 それでもホール内の暴動者よりも当然少なく、明らかなおとなしさがあった。

 頭上で何かが吹っ飛んでから、真弓が蹴り飛ばしたのだとわかった。

 あっという間に目の前の首を刈る、あれだ。

 自分の足はあんな上がり方をしないから目に焼き付く。

 愛花はそれがなくとも、事の直前で頭を下げたのだが。



 状況を理解した。

 真横に、暴動者が肩から倒れこむ。

 倒した。

 暴動者がまた一人、床に落ちて。

 皮がぐしゃりと、腐った果実のような音を立てた。

 反射した黒い床にぱちゃぱちゃと血液が墜ちる。


 真弓の足が着地……というより床にぺた、とついた。

 間抜けな音をたてたままで、彼女は立ち尽くす。

 立ち尽くしている。


「真弓、また……」


「……いや!」


 怒りをにじませた声が頭上から降り、驚く愛花。

 怒り、その後、真弓は宙を見上げた。


「ああ、仮にさ、もしもだけれど……」


「え」


 見れば真弓の足元に血が滴る。

 靴の形にずれる。

 もっとも、ずっとそうだったが―――ステージ上だっていずれ来る掃除の手間を考えれば始末者の頭が痛いことだろう。

 暴動者の血で赤く染まった会場。

 ゴールが見えて、ようやくそれを考える程度の、心の余裕というか。

 それが生まれたようだ。


「痛え」


 真弓が、呻く。

 それは痛いだろう―――実質、ひたすらに足技のみで戦っていた真弓だ。

 音による観客制御以外はほぼ全てだ。


「大丈夫?」


 愛花は言ってドアを差し示す。

 膝をついた姿勢はやめて、すっと立ち上がる。


「ほら。……はあ、はあ」


 また息を荒げる。

 全力疾走中よりも、その後のほうが息が止まらないものであり。

 耳まで熱い。


「すぐそこ……だから」


 愛花が歩きだすと、真弓も、釣られるように前に出た。

 口を開けたまま。

 夢呼が、重そうなドアに手で触れた。


「開け……るぞ!」


 夢呼もまた、息を荒げていた。

 相変わらずの笑顔だった。


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