第四十八話 息を吹き返して
『―――ザ、ザザザ』
会場内。
砂と石を擦るような音が響く。
大きすぎる音---それ故に、走る四人は何の反応もできなかった。
意図のわからない音声、それが、暴動者の渦中を駆け抜けていく。
「なんだ?」
―――スピーカーから?
いや、そんな……! それはさっき使えなくなって……
生きてたの!?
―――っていうか誰が弾いてるんだ、楽器?
四者がそれぞれに、音響の異変だと気づく。
暴動者はわずかにおとなしくなった、間違いない、設備が稼働していて。
会場に響いている。
誰かの声?
いや、ドラムの音が聞こえる。
愛花は、聴き慣れ、叩き慣れ―――
『ああ 古びた 倉庫でホコリをかぶって いた』
ぐあっ、とまず夢呼が吹き出しそうになった。
あたしの声。
あたしたちの曲だ……昔出した曲だ、YAM7が!
やべ恥ず!
走っている振動で、ぶはっとついに噴き出す。
おっと、走りを止めるわけにはいかないけれど。
夢呼以外も真相を知る、悟る―――。
この曲、ファーストシングルとして特に宣伝を強くした、その音源。
生演奏ではない。
私たちYAM7の初期の。
四人は《《誰が》》この曲を流したのか、瞬時に理解した。
この曲ならば出来ている、そう喜び何度も初めて聞いた時の衝撃を口にしていたマネージャーがいた。
死体たちが見上げている。
暴動者たちが聴いている―――聴く感性は、殺されて幼くなったかもしれない。
先ほどまでの肉のぶつかり合いの音が、格闘が消えていく。
夢呼がにやける。
もともとそんな表情だったが……!
「少し若いあたしたちだね」
―――
丸根マネージャーは機器から恐る恐る、後ずさった。
成功だ。
「―――これも、音楽だ」
賭けではあったが、適合する端子はみつかった。
アーティストが演奏するための場所に来て、わざわざMP3を流すという発想が、これまで出てこなかった自分だが。
「この曲を入れたマイクロプレイヤーが、お守りでね。」
いつも持ち歩いていたお守り替わりのプレイヤーには、特に思い入れの深いプレイリストが形成されている。
「ライブハウスでデータを流すのは、格好がつかないけれどね」
「丸根さん……!」
後ろで見ていた玉置も目に光が戻る。
目の端に、少しばかり水滴が揺らいでいた。
これなら、誰の手もわずらわせることなく、機械的に暴動者を止めることができる。
「ああ、玉置さん、僕らも出るぞ、ここを!」
これなら。
「ひえっ!」
確かに、理屈で言えば可能ではある。
奴らの貧弱な五感、その唯一残ったと思われる、聴覚が奪われた今なら---
それでも、何人の暴動者とすれ違うはずだ。
先ほどまでドアを叩いていた者たちが。
「……す、少し待ってください、気持ちの整理が」
なおもドアに背を預けて、先ほどまでと同じ座り方をする玉置。
戸惑う女性の手を、素早く握る丸根。
―――
息を吹き返した音響機器。
音響室からの配線は辛うじて、無事だったらしい。
丸根マネが何かを再生したんだ。
少し古い機器との相性が、合致した。
暴動者から逃れながらも、策を考えていたんだ。
降り注ぐ歌声。
『いま、タブレットを駆け抜け ようとして』
今だ、暴動者の無力化は続いてはいたが、ある者は、周囲の暴動者をあらかた床に転がしてしまい、手持ち無沙汰になる。
敵軍の勢いが死んだことを悟り、例の部隊も天井を見上げる者が現れ始める。
スローモーションのように。
「少し、若い……!」
今よりも少し、未熟で、光っていたころの。
そんな四人の情景が浮かんだ。
こんな時に何だが、演奏技術がたまらなく『当時』で、赤面する。
演奏時の手元が脳内再生された。
……難しいテクニック、一切やってない。
真弓が喚く、喚いて止めようとする。
「うっふわァ! 黒歴史! 私的黒歴史!」
当然、音は止まらない。
「いや、チャンスでしょう!?」
走れ、走れ。
光が満ちた扉へ。