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第三十五話 丸根マネージャーと玉置

 

 同時刻、【11月29日 21:46  音響室】



 丸根マネージャーはクシャクシャの頭を汗で濡らしていた。

 呆然と立ち尽くす。

 肌に張り付いている無造作な髪。

 それは男性で固めたバンドのミュージックビデオにありそうな絵面(えづら)ではあった。

 もっとも、目元は情けない泣き顔であるが。



 ドアに意識をやり、《《あいつら》》が入ってくるかどうかを意識しつつ、動いている。

 見ればライブ会場のスタッフ―――玉置が、今はメインでドアを背中でふさぐ置物と化している。

 そして一生懸命にスマートフォンに何事か打ち込んでいる。


「ちょっと待って、それは警察に電話?」


「……」


「ねえ」


 彼女は押し黙ったまま、SNSの画面にメッセージを打ち込んでいる。


「こんな時に」


 ちらりとしか見えなかったが、SNSかなにか。

 インスタグラフィーに打ち込んでいる。

 


「友人にですよ」


 言いたいことがあるんです……放っておいてください、と彼女は言う。

 書き込むことに集中しているらしい。

 他にやることあるだろうが、と丸根は歯噛みする。

 自分たちは閉じ込められているのだ。

 文句があるんですか、と言いたげに視線を向けたのは玉置だった。


「るっ……友達やねえ、家族に一言も言わずになんて、ありえないですよ!」


 まっすぐに強い瞳で見つめられる。

 どうやら、ふざけているつもりは毛頭ないらしい。

 玉置が少し言いかけたのは友人か恋人の名前だろうか。


「遺書もSNSで書く、時代ってわけかい……」


「もう、いいでしょ丸根さん……私はこの壊れそうなドアをずっと押さえましたよ、サイレンは聞こえるけれど、それで、近づいてこない! 警察がこのドアに近づく気配は……ない」


 ずっと待っていたけれど!

 もう、いいでしょう、死んだ後のこと考えたって。

 そう言う彼女。


 丸根は言い返さなかった……彼が起こした行動は、あるにはあるが今はステージ上で夢呼たちがひきつけるのみで、いわば任せっきりだ。

 ここでは避難したのみで、なにも実を結んでいない。

 歯噛みしたのは、その事実もあったためだ。

 もうボクには、何もできないのか―――?


「いや、大丈夫なはずだ、うちのYAM7(れんちゅう)にも言った、言ってしまった……!」




 ――――



「きっと助けは来る……から」


 私から見て、彼こそ頼りない人だった。

 まあこの状況で何かできる人が、いてくれるとは限らないけれど。

 そこまで都合の男性がいてくれるとは信じない。


 彼が(いら)立っているのはわかったけれど、助けが来ないことも事実である。

 今できることを自分なりに探した結果がこれだった。



 みんな心配しているだろうか。

 心配していると思いたかった。

 いまステージに立っているという、YAM7(やむなな)の面々とはほとんど話したことがない、でも私もルミとか……欠かせない人はいる。

 話さないと、話していないと、耐えられない。

 丸根さんには悪いが、私にとってYAM7(やむなな)は重くない。

 ……もちろん、助かってほしい、くらいには思っているが。



 丸根マネージャーは部屋の中を凝視している。

 眼球を瞼の圧によってひん剥きながらも、部屋全体を……いったい何を睨んでいるのか。

 私はドアをスーツ着た背中で抑えつつ、


「あの、丸根さん……?」


 今さらながら玉置は、そのドライアイまっしぐらな眼球を気になりだした、

 流石に状況が八方ふさがりでグロッキーなのだろうか。

 心配をしていた。


 もともと、そもそも―――言いはしないが頼りない印象のある人だ。

 自分の受け持つバンドのことで、いつも困っている。

 ……困っているのか?

 彼の表情は常に、あせあせとしているが。


 無理もない、ここからは、最短ルートでもドアを三つは明けなければならない、

 その途中と宙に障害が、アイツらが。暴動者が

 つまり誰とも会わずに脱出は無理。


「ああ あ」


 歌声が聞こえてくる。

 夢呼さん。

 YAM7(やむなな)のボーカル、丸根さんの相棒。


「……そんなんじゃあないよ」


 嫌そうな顔で否定された。

 本当に嫌そうで、笑ってしまった。


「ボーカルの夢呼さんは無事ですよ」


 ドラムとベースも聞こえる。


「気になるのは……ギターが聞こえる、聞こえますけれど。 これは……」


 音によって暴動者の意思……あるかわからないが、気を引こうとしている。

 それは理解した……いや、見てはいないし疑う要素は限りなく百パーセントに近いけれど。


 ただ、ギタリストだけ、音が聞こえない時間が長い。

 あくまで―――そんな気がする、だが。

 音響を調整するこの部屋からでは、まるで見えないステージ上の様子。


 丸根は黙っている。

 気になりはするが……玉置はハッとした。

 彼女たちに何かあるなんて、想像させるだけでも嫌だ……私がそれをするのは……間違いだった。

 別の話題のほうがいいだろう、だが何か、この状況で対して親しいわけでもない異性に何か話しかけられるか?

 いかんいかん、と自分をいさめる。

 途端にあがり症になってきた気がする。


「玉置さん」


 ふと目が合った、睨まれて、怒ってるのか?


「この部屋に、なにか音源ってあったっけ」


 音源。

 それはどちらかといえば、ステージに立って演奏している彼女たちではないか。


「それはどういう」


「音を出せないかと考えている」


 彼は言ったが……それはもうやっていることではないだろうか?


「打開策になるんですね……? 丸根さん」


 藁にも縋るような発言をしてしまう。

 わからないさ、と彼。


「いや―――ボクはねえ、ここを出たいだけさ。これじゃあ独房だよ、もう」


 にへら、と彼は笑った。


 

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