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第三章2   『異常な日常2』

 ――遊園地で遊ぶ前日。

 

 僕は今眼科に来ている。理由は、コンタクトが合わなくなったからだ。


 それは視力の低下ではなく、視力の回復によるものだ。信じられないかもしれないが、僕の視力は確実に回復している。


 今まではコンタクトか眼鏡がなければ、日常生活を過ごすのも困難だったけれど、今はなくてもある程度は生活できる。ついでに眼鏡の度数も下げてもらうことにした。


 ――死神の言葉は真実だった。そう言わざるを得ないだろう。いつしか、イロを目にする日が来るのではないか、という淡い期待が、僕の中でたしかな未来に変わっていた。


 僕はそのあと、簡単な視力検査を行うだけで診察を終えた。視力検査の結果は、○・四だった。今までは○・一以下だったので凄まじい進歩と言えよう。


 診察室を出て、病院のロビーに戻る。そこでお会計を済ませ、崩した千円札の残りでジュースでも買おうと、近くの自販機に寄った。自販機で炭酸飲料を買い、キャップを開けて喉に流し込んだ。舌や喉を炭酸が刺激するが、それすらも今は心地よかった。


 帰宅するために自動ドアを抜けようとしたとき、誰かと肩をぶつけてしまった。完全に僕の不注意なので、すぐに謝罪しようと相手に顔を向けると、その人は少女だった。


 その少女は昏い目をしていた。


「……ナギサ?」


 僕の言葉に少女――ナギサは反応し、俯いていた顔を上げる。まだ少女の顔を包むベールのような昏い影が消え失せることはない。肩も落としたままだ。


 ナギサは鎖骨まで伸びたサラサラな髪の毛を揺らしながら「しぐ」と覇気のない声を出した。


 彼女の顔に表情はなかった。喜怒哀楽の全てを搾取された抜け殻のように、何も無かった。


「大丈夫……か?」


「え? うん! ぜんぜん大丈夫だけど?」


 ナギサは首を傾げて、つぶらな瞳を投げかけてきた。


「そうか……ところで、なんで眼科に?」


 刹那、ナギサの顔に曇りが押し寄せた。だが、すぐに彼女はそれを強引に追い払う。


「定期検査!」


 僕は「そうか」とだけ言いナギサの次の言葉を待ったが、何も言う気はないようだ。


「その……なんか不安だったら、頼ってもいいよ」


 僕の言葉に驚いたのか、ナギサの顔に虚をつかれたような表情が現れた。


「……大丈夫だよ!」


「そうか……じゃあ、また明日」と僕は言ってから自動ドアを通り抜けようとする。


 ――だが、僕の体はそれ以上前に進むことはできなかった。それは精神的なものではなく、物理的なものだ。僕の右腕の裾が後ろ側に引っ張られている。


 ゆっくりと後ろを振り返ると、ナギサが僕の服の裾を掴んでいた。

 彼女は二本の指で裾を掴んでいるのだが、見た目以上に力が込められていて、服に皺ができそうだった。


「どう……した?」


「その……」


 ナギサは僕ではなく病院の床を見つめている。でも彼女の視界に映るのは床などの現実的なものではないのだろう。ナギサはよりいっそう指に力を込めて、


「ボク、今日……シグの家に泊まっても、いいかな……?」


 断るのだろう、いつもの僕なら。いや、いつものナギサなら。こんなに悲痛なオーラに蝕まれた彼女の姿を見ても尚、彼女の願いを無下にできるほど僕は血も涙もない人間ではない。

 でも、僕の返答よりも先にナギサが、


「ご、ごめん! なに言ってんだろ——」


「わかった」


「え?」


「遠慮すんな。今日だけいいよ。明日は寮で待ち合わせだからな。都合もいい」


「……ごめんね……ありがと」


 僕の中で不吉な予感が芽生えたが、現実逃避するようにペットボトルの中身を胃に流し込んだ。


 炭酸の痛みなんて感じることはできなかった。

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