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お茶会


 シャオンに大通りまで送ってもらい、帰宅するとルエンが心の底から安堵したという表情で出迎えてくれた。


「お嬢様おかえりなさいませ。お一人で大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ。ルエンは心配し過ぎ」

「ですが……どうして急に街へ出るようになられたのですか?いつもお部屋で過ごされておりましたのに」


 至極もっともな疑問だろうが、私はその質問は無視した。


「先に湯浴みをするわ。支度をして」

「……はい、かしこまりました」


 不満そうではあるが、主人の事情を聞かないのが従者としての弁えである。それでも尋ねてきたあたり彼女はまだ若い。


「シュウメイ、今帰ったのか」


 湯浴みの準備をしに部屋へ向かおうとする私を呼び止めたのは父だった。背が高く、骨格がしっかりした父は白髪混じりであってもまだまだ現役といった風体だ。死ぬ前日まで矍鑠としていたのを思い出す。かなりの高齢であったとはいえ、突然のことだった。


「お父様、本日はお早いお帰りでしたのね」

「ああ……最近は外に出ているそうだな」

「はい、市民の実情は実際に見てみなければわからないこともありますので」

「ふむ……そうか。良い心がけだ。しかし、あまり入れ込むでないぞ。同情では世は治められないからな」

「はい、心得ております」

「お前が王妃となれるよう、私も動いている。くれぐれもそのつもりで過ごすようにな」

「はい、承知しております」


 父と別れ、自室に入ると脱力するようにソファに座った。釘を刺された。そう、私は王妃となった。いや、今は17歳なのだから『なる』と言うべきか。詳しい経緯は覚えていないが、第一王子との正式な婚姻は21歳のとき。婚約発表がその約1年前、初対面は更に数年前だったと記憶している。つまり、そろそろだ。


「お嬢様、どうかなされましたか?」


 ルエンに声をかけられて我に返った。いつのまにか考え込んでいたらしい。


「いえ……準備はできましたか?」

「はい。いつでもお入りいただけます」

「わかりました。あなたたちは休んでいて構いません」

「はい、ありがとうございます」


 ルエンたち侍女を置いて湯殿に向かった。いつも控えていてくれるのを毎度断るのは少し悪い気もするけれど、侍女たちに裸体を見られるのは抵抗がある。人肌に温められているお湯で体を洗っていくと、少しだけほっとした。


「王妃……ね」


 また、なるのだろうか。別に嫌ではない。自由はなくなるが、生活は今とたいして変わらない。やるべきことをやり、やらざるべきことをやらない。それだけだ………………ただ、彼には会えなくなるだろう。

 後悔をしようと動いた。そして日々後悔の連続である。外に出なければ、彼と会わなければ、と毎日のように考えている。

 

「何かしらね、この感情は」


 まだ大したことはしていないはずなのに、時折り初めての感覚に襲われることがある。眠れない日も増えた。私の生きた89年はなんだったのか、と思えてくるほどに知らないことはあまりに多かったらしい。

 明日は久々の茶会である。気は重いが、これも義務だ。それに少し試したいこともある。私は気を引き締めると体を洗う手に少し力を込めた。


 翌朝は快晴だった。良いお茶会日和である。会場へ着くと既に幾人かの女性が談笑を楽しんでいた。大きな屋敷の広大な庭園は見るものを唸らせる荘厳さだ。植木には手入れが行き届き、鮮やかな花々は見る者を楽しませる。しかしそんな立派な庭園もここでは背景に過ぎない。私の姿を見とめると誰もが一瞬口をつぐみ、周りを窺う。誰から挨拶するか牽制しているのだ。しかし彼らよりまず優先される人物がいる。


「ごきげんよう。ようこそいらっしゃいましたシュウメイ様。お会いできて嬉しいですわ」


 優雅に挨拶したのは今回の茶会の主催者であり、ここポートナム家の一人娘リーユエだ。美しいブロンドの髪をカールさせ可愛らしいツインテールに仕上げている。茶会には少し派手に思えるピンクのドレスもまた彼女らしく、よく似合っていた。


「ごきげんよう。リーユエ様、本日はお招きくださりありがとうございます」

「まぁ当然ですわ。私が貴女を招待しなかったことが今までありまして?」

「ふふっ、ありませんわね。いつもありがとうございます。リーユエ様の良きお友だちでいられて嬉しい限りですわ」

「私もですわ。どうぞお寛ぎになってください。一度失礼いたしますが、後でゆっくりお話ししましょうね」


 そう言って去っていく後ろ姿を見送ると、今まで遠巻きに眺めていた令嬢たちがそろそろと寄ってくる。この機会に親しくなろうと皆必至なのだ。そんな令嬢たちの相手をしているうちに、招待客が揃ったらしい。リーユエが庭園の正面に立ち、挨拶をする。ポートナム家は私の家であるセレストラ家と並ぶ有力貴族であり、私と同年の彼女は王妃の座を競うライバルとも言えた。そうなれば当然のように家同士はあまり仲が良くない。しかし。


「シュウメイ!席を用意させているの。あちらでお話ししましょう」


 挨拶を終えたリーユエが真っ先に私のもとへ駆け寄ってくる。私とリーユエに身分的な差はない。くだけた場では敬称を付けなくとも問題ないのだ。


「はい、リーユエ。私お話ししたいことがたくさんありますのよ」


 家同士の仲は大抵子供同士にも影響するが、私たちはその限りでなかった。というより、リーユエが気にしないのだ。大らかな彼女の周りでは政治的には敵対している家の令嬢たちも親しく談笑する。他の家ではこうはいかない。そもそも政敵である家の人間を呼ぶのはマナー違反である。

 リーユエに案内されてテーブル席へ行くと既に数人の令嬢が談笑していた。私たちを見るとお喋りを中断して立ち上がる。簡易的に挨拶を交わし、全員で席に着いてからが本番、なのだが。


「ねぇ、リーユエ様お聞きになって。彼がひどいんですのよ」

「シュウメイ様聞いてください。私つい昨日、運命の出会いを果たしまして」

「まぁ、また運命?先週も聞きましたわ」

「今度こそ本当なんですわ!ねぇ、シュウメイ様は信じてくださいますよね?」


 場はたちまち姦しくなる。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。ここに集った者たちは皆リーユエと同じく政治的な駆け引きになどまるで興味がない者である。興味があることといえば、自分の恋愛と他人の恋愛と有名人の修羅場くらいか。こんな風に生きていたら虚しさとは無縁なのだろうか、とチラリと思う。少しだけ羨ましい、と思うのは傲慢だろうか。


「まぁ、そうなんですの?今度はどんなお方と会いましたの?」


 私もまた目を輝かせて興味があるフリをする。こんな者たちでも親しくしておいて損はない有力者の血族たちなのだ。リーユエと親しくなったのもそのためだった。王妃となった後敵対する可能性はいくら排除しても足りない。そうして楽しい談笑に付き合っているうちに、いよいよ矛先が私にも向いてきた。


「シュウメイ様こそ、気になる殿方はいらっしゃらないのですか?」


 思い出したように他の令嬢も身を乗り出して言う。


「そうですわ。先日のお誕生日パーティ、途中からお姿をお見かけしませんでしたわ。どちらへ行っていらしたの?」

「……まぁ!殿方と会っていたんでしょう?そうに違いありませんわ」


 興味津々といった顔をする彼らに私は手を振って否定する。


「いやですわ、私そんな……」


 スッと一瞬意味ありげに目を逸らし、続ける。


「何もありませんわ。お誕生日会では少し疲れてしまって、庭へ出ていただけですのよ」

「怪しいですわ」

「何かありましたわね?」


 狙い通り、彼らは目を輝かせて食いついてくる。私は少し顔を赤らめて見せた。


「まぁ……わかります?」

「わかりますわ!」


 私が多少脚色して庭での出来事を話すと、彼らの興奮も最高潮である。


「まぁ、そんな素敵な殿方と?」

「どちらのお方でしたの?」

「……それが、お名前を聞きそびれてしまい……」

「まぁ、また会えると良いですわね」

「最近は外出なさっていると聞きましたが、まさかその殿方に会うために……?」

「まぁ!違いますわ。第一街中で会えるわけがないではありませんか。ただの社会勉強ですわ」

「たしかにそうですわね」

「さすがシュウメイ様は勉強熱心でいらっしゃいますのね」

「それほどではございません。私はまだまだ未熟者ですから……」


 そこから話は勉強熱心な者といえば、と別の方向にシフトしていく。これだけ喜ばせておけば十分だろう。私は本来の目的を果たすべく、適当な言い訳をして席を立った。向かう先は庭園の隅、小さな2人がけのテーブルである。


「ごきげんよう、キョウカ様」


 隅のテーブルで縮こまるようにしている令嬢に声をかける。彼女の家は貴族の中でも下級である。私も挨拶をしたことはあるが、こうして話すのは初めてのはずだ。突然話しかけられたキョウカはびくりと震えると、私の方をチラリと見て、さらに驚いたように二度見する。


「ご、ごごご、ごっ……きげんよう、シュウメイ様……わ、私に何か御用でしょうか」


 吃りながらもなんとかそれだけ口にして慌てて立ち上がり、礼をする。


「いえ、貴女はあまりこういった場に参加なさらないので。一度お話ししてみたいと思っておりましたの。ここ、よろしくて?」


 空いている席を示すとキョウカはコクコクと頷いて私に続いて自分も席に座り直す。こうして改めて見てもやはり貴族の女性としては三流もいいところである。眼中になかったのも仕方ないと言えるだろう。しかし、彼女は王子と恋仲、つまり王妃となる私とは恋敵のような関係である。もっとも私がそれを知るのは王子妃となった後だが。

 私はできることなら彼女に王妃になって欲しいと考えていた。しかし下級貴族である彼女にそれは難しい。仮に私が縁談を蹴ったとして、彼女が王妃に、とはならない。


「………………」


 キョウカは何も言わず、背中を丸めてキョドキョドと瞳を動かしている。癖のある黒髪をハーフアップにし、ドレスは地味なもの、可愛らしい顔をしているが、目を見張るような美人ではない。王子とどうして接点を持ったのかは大いに気になるところであるが、今はどうでもいい。

 彼女は天才肌だ。賢く、意外と頑固で、芯の通った女性、ということを私が知るのは彼女が王の側室となってからだった。


「キョウカ」

「は、はい!」

「そう、緊張なさらないでくださいませ」

「も、申し訳ございまっ……せ……」


 噛んだ。頬がみるみる赤くなる。


「ふふっ、キョウカは普段お家で何をしていらっしゃるのですか?」


 嫌味にならないよう、言葉選びに気をつけるがなんとも難しい。引きこもってばかりで公の場に出てこないのはどういうことか、と責めていると受け取られかねない。


「は、はい……何をと、申しますと……」

「私はよく書物を読んでいるのですが、最近少々物足りなくなって参りまして……それで外出もするようになったのですが、やはり淑女たるもの部屋で淑やかに過ごすべきかと思いまして……キョウカは何をして過ごしておられるのですか?」

「そ、そうですね。私も書物を読んでおります」

「まぁ!私と同じですわね。どのような書物を読みますの?」

「そ、それは……シュウメイ様に話すのは少々お恥ずかしいですわ」


 簡単には話してくれそうにない。だがこれを聞き出さなければ話にならない。そもそも彼女の家柄では王の側室すら難しいのである。もちろん王の寵愛があれば押し切ることはできただろうが、周囲の反発は避けられない。ところが彼女は世論を味方につけ、大きな家の正妻となる道さえ選べるだけの力をつけながら、王の側室となった。その力というのが学位である。彼女は古代魔術というこれまで空想の産物と思われていたものを現代に蘇らせたのだ。華々しく執り行われた研究発表会で彼女が空を舞う光景は何十年と経った今でもよく覚えていた。


「キョウカ、実はここだけのお話ね?私、魔術に興味があるのです」

「魔術……でございますか?」


 少し興味を引けたようだ。


「えぇ、太古の昔にはあったというではありませんか」

「それは私も聞いたことがございます…………その、そういった書物を読まれるのですか……?」


 私はそっとため息をついた。


「読みたいのですけれど、ああいったものは難解でしょう?どこから接したものかと……」

「そ、それでしたら!私が良い本を持っておりまして!…………あ、でも、シュウメイ様には……」


 そこで私はぐっと彼女の手を握った。目をキラキラと輝かせる。


「まぁ!本当ですか!では今度ぜひ遊びに行かせてください!」

「は、はい……それは、ぜひ……」

「嬉しいですわ!ご連絡いたしますね」

「はい……お待ちしております……」


 彼女はとてもわかりやすい。素直で純朴で実直だ。それ故に道理の通ったことであれば勢いで押し切れる。扱い方を知っていればこれほどやりやすい相手はいなかった。



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