風と契約
『昔から風には形がなく、そして自由である』
『それ故に風は一としてではなく全として動き続ける』
『では…またどこかで…』
-3ヶ月後-
いつも通り秘密基地に行く途中に畑の様子を見に来ると中精霊さんの姿が見えた。
…何というか遠くから見ても凄く疲れているように見える。
「おかえりなさい中精霊さん」
「ぉ…あぁ、坊か…」
「相当気苦労したみたいだなこりゃあ…」
「そうみたいだね、とりあえずこれでも食べてよ」
そう言って今日の昼食用のサンドイッチを取り出して渡すが、手を振って断られる。
「いや、それは坊の飯だろ?あたしはあっちこっちで…まあ、いいか、兎に角坊の精霊は決まったよ」
「そうなんだ………ええっと」
辺りの小精霊の顔を見るが誰もこっちに来ない……と言うか今日はやけに小精霊多くないか?
「なんだか今日は精霊が多いけど…」
「そういやぁそうだな……まるで野次…馬……」
「前にも言ったが坊の性格を考えると小精霊だと甘やかして我儘に育っちまったら取り返しつかないから最初に言っていた通りあたしが契約する事になったんだよ……中精霊が契約なんて早々ないから周りの暇な奴らが付いてきたってわけだ」
「……まあ、マスターは甘いからな、小精霊の修行先としては最悪だな」
「その通りだろうけど口に出さないで……ええっと中精霊さんは良いの?」
「良いも悪いも約束…と言うより大精霊様の指示だ、まああたしとしては坊について行くのは面白そうだしな、心配しなくても精霊なんざどの生物よりも長生きなんだから、変に重く考えないこと」
「うーん……分かったけど契約ってどうするの?」
悪魔の時は名付けとともに魔力を吸われて驚いたが、精霊との契約…しかも中精霊であれば何か凄い事を要求されるのではないかと心配になってきた。
「ん?ああ、それは簡単だ…と言うより今回はこっちから契約してもらうからあたしが宣誓して坊がそれを承諾すれば良いだけさ、名付けもあたしが真名を明かすから問題ない、なぁにあたしもこれの為に色々動いて時間をかけただけだからさ、ほら開けた場所に行くよ」
「お?わっと!」
捲し立てながら風で体を浮かされて畑から離れた場所に下ろされる…契約したらこう言うのもできるのかな?
空を自由に飛んで見たいと思っていたけど、本当に叶うとは…。
「んじゃあ、立ってあたしの出す風玉に手を入れな。
他に人間もいないこの時にやんなきゃ面倒だからね」
「わ、わかっっ、かぁっ!」
中精霊さんが出した風玉と呼ばれる玉に手を入れようと近づくと物凄い風圧で強風を真正面から受けてまともに呼吸がし難い。
っていうか、息苦しい……。
「おいおい、そんなに反発せず風と一体化する様に感じな!
じゃないと契約しても苦しくなるよ!」
「んなっっ、い、ったい」
「すべこべ言わないで頑張るんだよ!これでも抑えてるんだからね!!」
「おおー、こりゃすげぇ……っと、マスター!」
後ろから微かにシャードの声が聞こえる。
一体化なんていきなり言われても人は風にはなれないし、もう少し具体的なアドバイスがほs
「休日に知り合いに気づかれないようにしていた時を思い出せ!」
「なるhっって!なんっ」
いや、そう言えばシャードは俺の記憶を徐々に見れるようになっているって言って、日本の文化を断片的に知っていたんだよな…。
とにかくそういう事なら得意中の得意だ、例え人1人分の近さでも絶対ばれた事がない俺ならではの良いアドバイスだ。
肩の力を抜いて
周りの雰囲気に近く
流れに逆らわず、それでいて自分を入れる
何も 難しい事は意識せず ただ全である事を受け入れる。
「大精霊様の命にてウィームル・ティウラ・サーラスはカティース=ヴェス=メデラ=ナディリスと大いなる風と我が名と共に契約し、その力を貸さんとする。
カティース=ヴェス=メデラ=ナディリスよ、風と共に自由の下、契約を成すか」
「はい」
「承諾を認め、ウィームル・ティウラ・サーラスとカティース=ヴェス=メデラ=ナディリスはこの時をもって契約を結ぶ」
そう言い切ると先程とは違い向かい風ではなく俺を風が包むように動くのが分かる。
そしてそれが身体全体を駆け巡り少しするとそれも収まり、目を開けると風玉は無くなっていた。
「ほぉ、これまた…一体化しろとは言ったがここまでできるなんてな」
「………?」
「おお!これはすげぇ事になってんな、とりあえず一旦影に入ってから家に帰って服でも着ろよ」
「ふく…服?」
身体を見るといつの間にか服がびりびりと言うか殆ど残っておらず、その代わり身体に薄らと何かが張り付いて…いや、元々身体にあったかのように一体化している。
「……ナニコレ…」
「あー、いや、まあ、坊が頑張った結果というか、あたしもこんなになるとは予見できなかったよ、うん」
「精霊との契約ってのはすげぇもんなんだな」
「感心してないで説明してよ!」
とりあえず影に沈んで中精霊さんに問い詰める。
なんかさっきから周りの精霊もすごーいだのほわーだのよくわからんし…と言うよりなんかさっきより何か違和感が…。
「そうさねぇ…とりあえず坊…いやこれからはもっと格好良く呼んだほうがいいかね?」
「そんなこと悩まないでって言うかもう坊の方が安定してるから」
「そうかい?まあ、坊がそれで良いなら良いが…こほん。
まずあたしと…と言うより精霊と契約した者はその契約した精霊の属性が突出して使い易くなるのは当然として」
「当然なんだ…まあ、シャードと契約して時もそうだったけど」
「と言っても俺の契約の場合は能力の提供の代わりに魔力を貰うギブアンドテイクって奴だがな」
「その契約もあるが、今回は対等な関係で契約する方法でね。
能力は貸すが契約者同士の指示の強制力は弱いからね、一般的な契約とは違う事も多い。
まあ、それは坊が勉強して知っていけば良いさ、あたしらの契約はさっき言った通り自身の名前と風が結ぶ前に流行っていたもんさ」
前に…それがどれくらい前なのかは聞かないでおこう、さっき精霊の時間感覚を聞いてなんとなく想像がつく。
「それでこの模様は何?」
「それが契約した証……なんだが、あたしの知る限りそこまで模様が出るなんて事は聞いたことがないんだがなぁ…精々両腕までなら聞いたことあるが……まあ、悪いもんじゃないから安心しな!むしろ喜んで良いぐらいさ」
「どう喜べと!?」
「良いかい?その証は風がどこまで一体化しているかを表しているんだ。
そこまで模様が出るって事は風が手足のように自在に動かせるくらいにはなってるんじゃないかねぇ……今だって薄いけど風の膜を張って身を守ってるじゃないか」
「え?あ!違和感ってそれか!」
「なんだい無意識でやってたのかい、こりゃあ将来有望ってやつだねぇ」
「おお、確かに不自然に風がマスターに纏わりついてやがる、意識したら守りとしては最高なんじゃないか?」
「へー……いやいや、それって魔力が無意識のうちに使われてるってことじゃん!どうやって止めるの!?」
「馬鹿言いなさんな、それは魔力で生み出したんじゃなく、そこら辺の空気を纏っているだけさね、少し意識すりゃあ解けるよ」
そう言われてすぐに消えろと念じると違和感はなくなっていた。
風を自在に操るのは良いけどこの模様はどうにかならないかなぁ…。
「まあ、何かあったら念じれば来るからさ、あたしはこれからここの引き継ぎと大精霊様に報告とかあるからさ」
「え、あ、えっと頑張ってね!」
「おうさ!」
とりあえず俺は俺で早く服着なきゃ、流石に火月でも上半身丸出しでこの模様見られたくないし…………。
マスターが家に帰るのを見届けて中精霊に問いかける。
「それで、実際どうなのよ、マスターのアレは」
「うーん……あまり本人に言わないでくれよ?」
「事と次第によるな、あんな力…マスターのような甘ちゃんじゃない奴に渡したら」
「ああ、それは絶対にあり得ないし、今後もあれ程の事が起こる事は……多分ない」
「言い切らない辺り……あんたが考えた事じゃないんだな」
「…流石は悪魔って事かね?ご明察通り、今回は契約の時にも言ったが大精霊様の命令さ。
あの方がわざわざ命令するなんてそうそうない事だから気が動転して詳しくは聞かないと分からないが、初めは一般的な契約で済ますつもりだったんだが、大精霊様がこっちの方でするようにとお達しが来てな…まあ、風玉の風をあれだけ受け止めれていると言うのは奇跡なのかそれとも元から才能があったのか……」
「ふーん…まあ、才能はないから偶然だな、マスターは色々非凡だがそれは能力じゃなく生まれというかか生前……まあ、何にせよマスターが死に難くなれば必然と俺の生存率も上がるって事だから問題なんて最初から無いに等しいけどな」
「よく分からないが、また今度じっくり聞くとするよ……坊の近くに居れば退屈しそうにない気がするからあたしとしても問題無いのは確かだからね、それじゃ」
「ああ、これからよろしく頼むよ中精霊さん」
「ティウラで良いさ、坊にも言っておいてくれよ、どうせ真名は他の奴には聞こえないからさ、頼むよシャード」
「ああ、分かった伝え……もう居ないか、その辺りは似てんだな」
さてと…とりあえずマスターを追いかけて行くとしますかね………。
契約について
・一般的な契約(シャードとの契約)
方法:呼び出す、もしくは直接会って契約相手の条件を受け入れる。
メリット:指示の強制力が強く、反抗し難い。
デメリット:指示する為に魔力を用いたり、常時魔力の供給が必須
・今回の契約(中精霊さんとの契約)
方法:????
メリット:常時魔力を供給が必要なく、指示しても魔力を要求しない限り魔力消費なし
デメリット:儀式の難易度、指示の強制力が殆どない、変な模様がつく(?)
次回もゆっくりお待ちください