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「ローラント・ベルツです。初めまして」
そう名乗った少年は、同い年の六歳と聞いていたはずなのに、何故だか年上に見えた。
落ち着いた雰囲気に、綺麗な笑い方、柔らかな物腰、それから周囲への行き届いた気配り。行動の一つ一つが、とても同い年には見えなかった。
だからエルナは彼のことが苦手だった。
敢えて人目につかない場所に居ても、ローラントはエルナを見つけて話しかけてくる。一人にしないようにという心配りなのだろうけれど、一人になりたいエルナにとっては余計なお世話だった。
「エルナ、こんなところにいたの? 今日は君の誕生日パーティーでしょ? 主役なのにいいの?」
「放っておいて。あなたには関係ないでしょ」
「待って、それはないんじゃない? せっかく君の誕生日を祝うために皆集まってるのに」
ぷいとそっぽを向いて、立ち去ろうとしたエルナの手が、掴まれる。エルナはさっと青ざめてその手を振り払った。
「触らないで! 放して! やめて!」
ポロポロと涙をこぼすエルナは怯えた顔で、右手を押さえていた。
「ご、ごめん、痛かった?」
声をあげて泣きだしたエルナに、ローラントはおろおろと困惑し、やがてエルナにつられたように泣きだした。
エルナはこのとき初めて彼のことを同い年の男の子だと理解し、泣かせてしまったという罪悪感から、自らも涙を流しながらローラントを慰めた。
慰め方は知っている。抱きしめて、背を撫でてやればいいのだ。エルナはいつもそれで涙が収まる。
「ご、ごめん、ね。泣かないで。痛かったんじゃ、ないの、怖かったの、ごめんね」
しゃくり上げながらでは上手く喋れなかった。それでも、拙いながら、エルナは自分のことを伝えたのだった。右手で触れないように、慎重に左手で小さな少年の背中を撫でながら、自分が相手の心を読んでしまうことを。
「こっちの手でね、触るとね、聞きたくない声が聞こえるの。それが、怖いの。みんな、口とは違うことを言ってるから」
話しながらエルナの涙は再び溢れ出し、反対にローラントはいつの間にか泣きやんでいた。
「エルナ、手を貸して」
「……? いや。今、言ったでしょ」
「大丈夫、怖くないから」
優しい声音だった。差し出された手に、エルナは恐る恐る手を重ねる。
結果から言うと、怖くないというローラントの言葉は、半分嘘だった。
まず、エルナに伝わってきたのは、ローラントの鬱屈とした冷たい声。
――何故、俺ばかり『しっかり』しないといけないんだろう。フリッツの乳兄弟だからって、本当の兄弟じゃないのに。あいつがやったことの責任は全部俺に降りかかってくる。フリッツは我儘をいくら言ったって許されるのに、俺は一つだって許されない――。
主にフリッツという人物への恨み言、不満、それから疲れたと嘆く声。
その溢れんばかりの暗い感情の中に混じって、ほんの小さな声が届いた。
――ありがとう、エルナ。
それは紛れもなくエルナに向けられたメッセージだ。パッと顔を上げたエルナに、ローラントは涙の残る顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう、エルナ。大切な秘密を教えてくれて」
エルナはきょとんとする。彼もまた口で言ったことと、心で言ったことが一致しなかったからだ。でも、心の言葉を隠す理由が分からなかった。酷いことを言っているわけではないのに。
エルナはそっと両手で彼の身体を抱きしめて、その背を撫でた。この行為についてローラントは心の中で礼を言っていたから。
「あのね、これぐらいのわがままは、許されると思うのよ。誰も許してくれなくても、わたしが許してあげる」
エルナはずっと弟か妹が欲しいと思っていた。
だからそれは、大人っぽい少年の子供らしい部分を見つけ、お姉さんぶって出て来た言葉だった。
そして同時に、ローラントの不満や押し込めた本心を読み取ったからこその言葉だった。
「エルナ……そっか、心の声ってそこまで聞こえるんだ……ごめん、怖くはなかった?」
「びっくりしたけど、許してあげる。今は嬉しいって声が聞こえるから」
「!」
ローラントの顔は羞恥で真っ赤に染まっていたが、強く抱きしめているエルナは気づかない。
エルナの能力を知って、躊躇わずその手に触れた人はローラントが初めてだった。彼が意図しない心の声まで聞いてしまって、それでもエルナを気遣ってくる人は初めてだった。そして、エルナが触れて、不気味だとか怖いだとか怯える感情ではなく、喜びの感情を伝えてきたのも、ローラントが初めてだ。
「……ねぇ、ローラント。わたしがこんな変な子だってわかっても、またお話ししてくれる?」
返事は心の声と同時に返ってきた。
「うん。俺で良ければ」
それから一年後のエルナの誕生日に二人の婚約は発表された。
自らの能力を恐れ、塞ぎ込んでいたエルナがローラントに懐いて明るくなったことと、取り繕うことが上手く子供らしさを見せないローラントがエルナの前だけでは子供っぽくいることを知った双方の両親が決めた婚約だった。
もちろんまったく政略的な要素がないとは言えないが――それを政略結婚と呼ぶのは、当の二人だけである。




