『学園の話』
朝過ぎ昼前。色鮮やかな緑が並ぶ公園の中を若い男女二名が歩いていた。
容姿はワイシャツとネクタイ、チェック柄のズボン。女の子の方は同じ柄のスカートを着用している。
「それにしても私たちまで授業を受けてもいいのかしら?」
もう一人の散歩者に似た目女の子が問う。
「どうやらこうやって旅人も授業を受けられるようにして、もし気に入って貰えたらこの国の住人になってもらおう、っていうこんたんらしいよ」
携帯電話を見ながら似た目男の子の旅人が答えた。
「どうするの? 授業が気に入ったらこの国に居座っちゃう? あ痛てっ……!」
“くだらないことを言うな”と言われこつん、と女の旅人が男の旅人に頭を軽く叩かれた。
「かおり……僕たちは別に新しい住居を探し回っている訳じゃないんだからさ……」
「じゃあ、何でこんな『話』引き受けたのよ?」
叩かれた頭を軽く気にしながらかおりと呼ばれた女の旅人は尋ねた。
「うーん……、まぁ、少し前の話でも振り返ってみようか?」
「そうしましょ」
二人の回想劇は始まる。
時を遡ること約五時間前のこと。
朝方前の少し暗い道を二つの明かりと轟音が響いていた。その轟音の正体はバイク(自動二輪車を指す。この場合オートマチック型スクーター型バイク)でした。
同じバイクに乗った二人は黒煙を舞い上げながら一つのある国に向かって荒れた荒野をものすごいスピードで走っていた。
「ねぇー! ショーゴ!」
ショーゴと呼ばれた旅人はふと振り返り、また前を向いてから答えた。
「どうしたーかおり?」
「あと何kmくらいで着く予定なのー?」
走りながらの為大声を出さないわけにもいかない。
「そうだなーあと25kmってあたりかな〜?」
「まだそんなに?」
「だからこうしてスピードを上げて走ってるんだよ――そろそろ会話を終わりにしないと舌噛むぞ」
ただでさえ荒野である。大声を上げながら走っていると本当に舌を噛んでしまう。
「じゃあ、じゃあこれだけ教えてー次の街にはいったい何があるの? 珍しいじゃん、ショーゴがこんなに飛ばして向かうところなんて!」
たしかにショーゴとかおりは普段は法廷速度×2くらいのスピードで走るに対して、現在は×3ほどのスピードで走っている。ちなみに法廷速度は40km/hである。
少しスピードを×2くらいまで緩め正午が答えた。
「次の街……いや、国はタダで学べる学校があるんだ。ちなみにどの学科もタダ、食事もタダ、生徒になれば何から何までタダ、タダ、無料……」
「……やっぱりショーゴって貧乏性よね……」
“うるせぇ”と正午が言った。
やがて二人は目的地に着いた。そこには大きな庭園に囲まれて真ん中にとてもとても大きな学校がそびえ立っていた。
「それにしても大きい学校だねぇー」
関心しながらかおりが言った。
「正確に言うとここは学園のようだよ」
「へぇー、学園ねぇ。それで? ショーゴはさっきから何やってるのさ?」
隣で手帳をじっくり見てなにやらきょろきょろしている正午に向かってかおりが言った。
「職員室を探してるんだよ」
「職員室? 何でさ?」
「生徒証を貰うために」
「……はい?」
とてもとてもあきれ返ったかおりがそう言った。
「僕ら二人分の登録はもう済んでいるみたいなんだ。と、いうか今日の午後の授業から出る予定だし」
「ちょ、ちょっと、ショーゴ! 私は授業に出たいなんて一言も言ってないわよ!」
「そうだっけぇ?」
わざとらしく正午が言った。
「……それで?」
職員室から出てきた正午に対してとても不満そうなかおりが尋ねた。
「えーと。今日一日、僕ら二人は夕方までここの生徒となりました。それに伴い、いくつかお願いがありました」
正午の手には二人分の生徒手帳が握られていた。その片方を正午はかおりに渡した。かおりは渋々受け取ってから会話を続ける。
「……何よ?」
「僕たちが入る教室に一人、進路希望に『旅人』志願っていう人がいるんだってさ」
”ほぉー”っとかおりの目がだんだんと悪意に満ちてきたようだった。
「その生徒を『旅人』なんて辞めるように説得してくれ、とのこと」
「なるほどねー。ショーゴ、言ってやりましょうよ!」
「なんて?」
「旅はキツイぞー! 大変だぞー! お腹へってダイエットになるぞー! って」
かおりは両手を広げて、大きなジェスチャーで旅の大変さを説明しようとしている。そのジェスチャーを見た正午は、
「ちなみに、男の子だよ?」
と、言ったがかおりは聞いてはいなかった。
※
話は一番最初へと戻る。
二人は制服を支給されて各々この学園の制服に着替えていた。元々二人にも学生生活があったのだから普通に似合っていた。
「さて、回想は終わったかな?」
「きっと、しっかりと書いてくれたわよ。多分……」
※
こうして授業開始までやたら広い庭園公園で散歩をしながら時間を潰す二人であった。
「ところでショーゴ?」
「うん?」
散歩の途中、かおりが正午に尋ねる。
「その男の子のことなんだけど……なんでその子は旅に出たいのかしら?」
「それは僕も気にはなってるよ。この国は治安も良いし、経済も安定している。となればやっぱりその男の子の考えなんだろうね。僕たちも自分で旅に出たいって思ったから出てきただけであって……」
「でも、私たちはちゃんとした理由を持って旅をしてるわけだしね」
「そうだね。詳しくは本人に聞いてみようか」
「そうしましょ」
やがて、午後の授業が始まり、やたら広い教室に二人は入った。
二人は簡単な自己紹介を終えて一番後ろの席に座った。教室内は当たり前のことだが学生だらけだった。みんな正午とかおりと同じ制服を着ていて、真面目に授業を聞こうとする生徒、既に眠りに落ちている生徒、あからさまに携帯電話をいじっている生徒。様々な生徒がいて、正午は懐かしく思った。
そして授業が始まる。まずは英語の授業。
正午:旅をしながら少しは学んできたとはいえ、まだまだ知識が浅い……真剣に英語講師の授業に耳を傾ける。
かおり:最初は真剣に聞いていたのだが、やがてコクリ、コクリとリズムを取るかのように意識が遠のき始める。
次の授業。地学。
正午:さすがに得意分野な地学。すらすら問題集を解く正午であった。
かおり:少しは出来るようだ。頭を悩ませてはいるものの意外と問題を解くことが出来ている。
数学。
正午:苦手である。苦手な分、頑張る正午であった。
かおり:更に苦手である。最初から問題を解く気はないようだ。すぐにお休みモードに入った。
本日の最後の授業、歴史。
正午:この国の歴史について真面目に講師の授業を聞いた。時折、治安情報やこの街の歴史についてメモを取る姿はまさに『旅人』であった。
かおり:意識がない。ただの眠り人のようだ……
やがて、本日の授業が終わり二人は食堂で食事を取っていた。
食堂は放課後にも関わらずたくさんの生徒がいて、友人達と楽しそうに食事を取っている。正午はまた懐かしそうにその光景を眺めていた。
一方、かおりは食事を取りながらもまだ、うとうとしている。
「かおり、眠そうだね」
「うん……」
学生の頃を思い出すかのように正午とかおりは一時の学園生活を楽しんでいた。正午はたくさんの授業を受けることが出来てとても満足していたし、かおりはかおりで一応楽しんでいたようだった。……多分。
食事も終わり、やがて例の少年との待ち合わせ時間が近づく。
「かおり……そろそろ目を覚ませ」
ゆさゆさとかおりの肩を揺らすが、かおりはなかなか起きる気配はない。
「そろそろ、例の少年がここに来る予定だよ」
「はーい……せんせーい、遅刻してませーん……」
どうやら楽しい、苦い学生時代を思い出しているようだった。声は笑っているのに寝顔はなぜか苦しそうだった。
そこに、一人の学生の姿が見えた。例の学生のようだ。
「あなた方が旅人さんですか?」
彼は正午たちと同じ制服を着ていて、校内なので当たり前だが……。年齢は十代後半。顔立ちはまだまだ幼さが残り、少しやせ細っていた。
「そうです。あなたが『旅』をしてみたいという生徒さんですか?」
とても話せる状態ではないかおりの代わりに正午が答えた。
「はい! 旅をしてみたいのではなく、卒業したら旅に出るんです!」
「卒業したらもう旅に出てしまうんだね? どこに行きたいのかな?」
「はい! もちろんです! 行きたい所は……まだ決まってはいませんが、人がいない所へ行ってみたいです!」
「そうか……っと申し遅れた。僕は飛騨……、いや正午でいいか。正午と言います」
「正午さんですか? 僕は○○と言います!」
「あっ、紹介は結構だよ。僕らはあまり人の名前を聞いては回らないんだ。覚えてられなくてね」
「そうなんですか……でも、名前を覚えないで生きるなんていいですね」
「そうかな? まぁいいとして。――さて、さっきの続きだけど、君はなんで旅に出たいんだい?」
正午は食堂に準備してあるお茶を口にしながら本題へと移った。
「――僕は働きたくないんです!」
「……ふぁ?」
ここで奇妙な声を出してかおりが起床した。
「おはよう、かおり」
「……はぁい、おはよう……ショーゴ」
「……正午さん? そちらの方も旅人さんですか?」
少年は不思議な顔をして正午に尋ねた。
「ほら、かおりしっかりして……そう。彼女はかおり。僕と一緒に旅をしているんだ」
「いいですね! こんなに美人でかわいらしい人と旅をしているなんて!」
「あら、いいこと言うのねー。でも少年、美人とかわいいって言葉は並べちゃいけないのよ。どちらかにしなさい、どちらかに」
少年が言ったことに素早い反応を見せてすっかり目を覚ましたかおりが言った。
「と、いうことはお二人は恋人同士なんですか?」
二人は落ち着いて口を揃えて否定した。
「僕らはそんな関係ではないんだ」
「私たちはそんな関係にはならないのよ」
……少年は一旦頭の中を整理してから”そうですか”と言った。
「さて、話を戻そうか」
「はい! 僕がなんで旅に出たいのか、でしたよね? 簡単です、僕は働きたくないんです!」
「働きたくない?」
次はかおりが言った。
「はい! 働きたくないんです!」
むむ……と、かおりが反応したあと、口を開いた。
「そんなに働くのは嫌なの?」
「もちろんです!」
「君ねぇ……働くのは大切なことなんだよ。私もこの旅に出る前は働いてたからよくわかるよ。ま、ショーゴは働いてたどころかアルバイトもしてなかったから、わからないと思うけど?」
隣の正午は落ち着いて、
「僕は学業に専念してきたんだ。バイトとかそんな余裕はなかったんだよ」
と、いつの間に用意していた手元にあったコーヒーを一口飲みながら言った。
「むー……まぁいいわ。働くことは自分の為にもなるし、これまでお世話になった両親への恩返しにもなるのよ。だから君はきっちり働きなさい!」
“ビシっ!”とかおりが彼に指さししながら言った。その様子を正午はのんびりとコーヒーを飲みながら横目で見ていた。
「でも、正午さんとかおりさんは今は仕事をしてないですよね?」
またしてもかおりが答える。
「何よ……旅しながら仕事なんて出来るわけないでしょ? ……でも、たまにお金がなくなった時とかはもちろんしてるわよ。食料や宿代を稼ぐためにね。街の中で配達の仕事したり、一日工場で働いたりね」
「実際に働いてるのは僕だけどね」
隣で正午が呟く。
「でも、してないんですよね?」
“むぐぐ……”とかおりが今にも噴火しそうなほど怒り出す前に正午が口を開いた。
「君は『仕事』について何か嫌な思い出でもあるのかい? 僕たち旅人はね、どうやったら命を落とさないで生き延びられるかという仕事を毎日しているんだよ。それは普通の仕事よりも大変で、それに僕たちには毎日睡眠を取れるという休息の地などはないんだ。だからと言って僕たちは仕事が嫌いだとは思わない。逆に僕たちは生きることを仕事としている。そうだろ、かおり?」
一気に話し終えたあと、正午はかおりに話を振った。
「そうよ! 私たちは生きることを仕事にしているのよ。だから誰がなんて言おうとこの意思は変わらないわ!」
「かおり、そういう問題ではないよ」
正午がやさしく突っ込んだあと“あっ、そう?”とかおりがごまかした。
「なんか、お二人の話を聞いていると僕が旅に出たらいけないように聞こえますが、僕は絶対に旅に出ますからね! 誰がなんと言おうとも!」
「そっ」
かおりがそっぽを向きながら答える。
「そこまで、旅にこだわるのには理由があるんじゃないのか?」
正午が彼に理由を問う。もしかしたら何か複雑な事情があるのかもしれない。すると彼はこう答えた。
「僕はただ、退屈しているんですよ。この国にも、この学校にも自宅の生活にも何もかも! この国は頭が良ければ良い職に就ける、だから良い学校がある。だからこの学校は勉強のことしか考えない、逆に頭が良くなければ仕事にも就けない。だから僕みたいに勉強が嫌いで仕事も嫌いな人間の居場所なんてこの国にはないんですよ……」
正午とかおりはいつもの格好、いつものバイクにまたがってエンジンを掛けて国の外に出ていた。
「ねぇ、ショーゴ?」
「うん?」
「彼は結局どうするんだろうね?」
正午は荷物やバイクの点検をしながら答えた。
「さぁ、僕たちには関係ないことだけどさ。彼がこのあとよく考えて旅の理由を見つけることが出来れば旅に出てもやっていけると思うけど……。今の僕には彼は国の外に出たいだけとしか思えないな。まるで昔の日本の人々を思い出すようだった。不況の中、海外に飛び出していった仲間たちのように」
「そうだね……あー私も日本に帰ってみたくなっちゃったな……。行かない? ショーゴ?」
一通り点検を終えた正午はヘルメットをかぶりながら言った。
「ここから日本までは約4000km……当分は帰れないな。それに帰る気はないよ。今帰ったって何も変わっていないと思うしさ」
「まぁ、私も帰ってやりたいことなんてないしね。とりあえずは彼の成功を願いながら私たちは私たちの旅をしましょうか?」
「そうしよう。僕たちの『旅』を」
平和な世の中が戻るまでは時間が掛かりそうだ。そして、僕たちの旅はそれが終わらない限り続いていくだろう。この世から『不況』の二文字がなくなるまで、僕たちは走り続けるのだろう。そのために僕たちはまた『話』を繰り返していくのだろう。
END
注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは架空の物とします。尚、この作品は別作「忘れ咲き」と若干関係性がございます。尚、この作品は順不同でお送りしております。