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『悪と正の話』

 「民衆の話」


 一つの街は選挙の真っ最中でした。

 選挙カーの上には政治家が並んでいました。政治家達はは「アソー」、「オザー」と名乗っていました。

 アソーは「この国の政治を良くする」と言い張り、オザーは「国民の安全が一番」と言い張りました。

 選挙カーの周りにはたくさんの民衆がいました。数にして一千人位でしょうか。彼らは選挙カーを囲むように二手に分かれていました。真ん中にはラインが引かれていてそれぞれラインをまたいでもう片方へと行ったり来たりできる状態でした。

 二手に分かれた民衆は演説の内容を聞いては移動を始めます。アソー氏の演説が良い時はアソー氏側へ、オザー氏の演説がぐっと来る時はオザー氏側へ民衆は移動を始めます。

 時々、二人が凄いことを言うと民衆たちは一斉に移動を始めます。その光景はまるで某駅の朝のラッシュのようでした。

 その光景を小高い丘の上から二人の旅人が見ていました。

 両政治家の演説は続き、やがて演説会は終わりました。民衆たちはその場で投票用紙に記入し始め、そして直ぐに投票箱がいっぱいになりました。

 その様子を小高い丘の上からのんびり羽を伸ばしていた二名の旅人が見ていました。

 やがて全ての民衆が投票し終わり係員が集計に追われていました。そして、投票結果が発表されました。

「投票結果を発表します! 投票結果は……二百飛んで七票、二百五十二票、五百九十一票、無効六票! よって、当選は……」

民衆が固唾を飲んで見守ります。一瞬選挙会場はシンと静まり返りました。

「当選は…… ハトー氏!」

“わー”と言う民衆の歓声が沸きあがりました。結局、アソー氏とオザー氏は落選したのでした。そもそも落選した二人は第三者の候補者がいるなんて知りませんでした。二人は「なんだよ、二人だと思ってたのに……」と今にも言いそうな顔で、ガックリとした表情を浮かべていました。

 民衆の歓声は鳴りやみません。「ハトー! ハトー!」というコールも聞こえてきました。


 その中で一つの銃声が旅人二人の耳には聞こえました。民衆と当選者には聞こえてはいないようです。やがて、銃声の数は多くなり民衆もざわつき始めました。

 そして、気づいた時にはサトー氏の腹部は血で染まっていました。民衆の歓声は一気に悲鳴と化しました。

 その様子を旅人二人は眺め、

「そろそろ行こうか」

「そうね」

そうお互い一言だけ交わして、排気音を響かせて森の中へと消えて行きました。


                            「民衆の話」END


“――私は……こんなところで死ぬわけにはいかない!”

「悪と正の話」


 一つの部屋。割と良い設備と暖房器具。

 正午はお風呂上りの火照った身体で読書をしていた。読書と言っても現在滞在している国の歴史が記された本だった。

 一方、かおりはお風呂の中でじっと考え事をしていた。

 お互い今朝の疲れが相当溜まっているのだろう。この部屋に着いてから一言も会話することなく先に正午が浴室へと向かい、かおりは正午が上がってくるのを食事を取りながら待っていた。

 入浴の際は、正午が先、かおりが後というのが二人の間での決まりごとであった。正午とかおりは普段旅をしているのだが所持金がなくなると安全な街で軽い仕事をしてお金を稼いでいる。軽い仕事と言っても、旅の者に仕事を任せてくれる所はなかなかない。あるとすれば工事現場や倉庫整理類の力仕事になってしまうのだ。

 本来はかおりも仕事を手伝えれば良いのだが、女性に任せられる仕事でもないとのことで断られてきた。結局は正午一人で仕事に出ることになる。その代わり正午が仕事をしている間、かおりは宿の確保、治安情報、地図や食材の購入という仕事を任せられているわけである。

 なので、力仕事を終えてへとへとになった正午のためにお風呂だけは先に入らせてあげようという習慣が付けいてしまったのだ。これが入浴の際の決まりごとの理由である。


 やがて、かおりがお風呂から上がってきた後、二人は直ぐにベッドの中に入って目を閉じた。

 直ぐに正午のすやすやという寝息が聞こえてきた。普段正午はかおりが眠りに就けいた後に寝るものだが、今日はベッドに入るなり直ぐに寝てしまった。それだけ、今日一日の疲れが蓄積されていたのだろう。

 かおりはその様子を軽く目を開けて見ていた。そして、今日の出来事を思い出しながら振り返った。


                    ※


 それは今朝のこと。

 二人はもう意味のなくなった国境を越えて一つの街へと入った。うわさではその街はとても治安が良くて活気に溢れているという街だと聞いていたため二人は”少し、この街で滞在して疲れを取ろう”と話していた。

 しかし、その街に入った時、にわかには信じ難い光景が広がっていた。街はほとんどスラム街のような情景でとても活気の良い街とは縁遠い光景であった。建物の窓ガラスは不自然に割られていて、その建物の中には当然のごとく人などいなかった。

 もう使われていない店や建物の影には数人の黒い人影があり、ある所では集団となって何かを話しているのがわかる。

 彼らは私と正午の存在に気づくと一斉に飛びついてきた。そして次々にこう言った。

「おい! 食料を持っていないか?」

「いや、メシなんてどうでもいい! 金だ! 金をよこせ!」

「何でもいい! 食える物をよこせ!」

彼らはとても貧相な格好をしていて、髪はぼざぼさ。それにそこにいた全員がやせ細っていて今にも飢えて死んでしまいそうな人ばかりだった。街の至る所から次々と彼らと同じような格好をした人たちが声に引かれて次々とやってきた。

私と正午はわけがわからないなり、ついには彼らに取り囲まれてしまった。

「食えるものを持っていないなら、何か売れる物でいい! とにかく何かをよこさないと痛い目みるぞ!」

「おとなしく何かをよこせばいいんだ。何か食える物をよこしてくれれば命だけは取らないぜ」

私と正午は、この事態をなんとかしなければいけないと思い、誰かに助けを呼ぼうとした……しかし、その場所には彼らのように貧相な格好をした人間しか存在しなくて、私たちは蛇に睨まれた蛙のような状態に陥っていた。

「おい! どうするんだ? 食べる物をよこさないならお前たちの命を取って力ずくでも売れる物を探すぜ! おっ、いい感じに売れそうなバイクに乗ってんじゃねぇか!」

「そうだ! 二人を殺してそのバイクを売りにいこうぜ! 一ヶ月は暮らせるぜ!」

「そうだ! そうしよう!」

「そうだ! 殺せ! 殺せぇ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「殺せぇ! 殺してしまえぇ!」

私たちの周りは「殺せ」という言葉で埋め尽くされた。そして「殺せ」という言葉しか聞こえなくなった。彼らは息が出来なくなるほどに私たちに叫び、息継ぎをする暇もなくまた”殺せ”と口にする。

 その声は演説にも似た不協和音。

 決して協和することのない叫びの数々。

 転じて調和しない私たちと彼らの関係……


 私の前で正午は必死に彼らを抑えようとしているが、彼らの耳には全く届かない。この場から逃げだしたくても這い出る隙もない。隙間を見つけては正午は私の身体を押して、私だけでも逃がそうとする。しかし、彼らは回り込んで私の身体を元の場所まで連れ返すのだ。

 正午は私を逃がそうとした罰なのか罪なのかもわからないが、殴られたり蹴られたりしていた。軽いブロックで頭を殴られて正午の額から出血する。

 正午は意識がぼう然としながらも私だけを逃がそうとする。……しかし、正午の体力も限界に達してその場に倒れ込む。それでも正午は必死に立ち上がり、私を彼らから守ろうとして殴られ続けた。

 ――正午は、一度たりとも彼らに反撃はしなかった。ずっと、ずっと、私のことを逃がそうとしていてくれた。


私は何もかもがおかしくなったこの現実を信じたくなかった。私はこんなことに巻き込まれるために正午と旅に出たんじゃない。

私はもっと、もっとこれから正午と一緒に旅をしたい。

この広い世界で、二人で、私たちの未来を……明るい未来を掴むまで、私は正午と旅を続けたい! ――続けるんだ!

「私は……こんなところで死ぬわけにはいかない!」

私はそう叫び、足首から隠していた拳銃を取り出した。 

 そして、誰に当たるかなんかどうでもよくなり。――撃った。


                    ※


 ふと、目が覚めた。全身には汗がびっしょりとこびりついていた。

 外はまだ暗い。僕は急に寝苦しくなり隣のベッドで寝息を立てているかおりを起こさないように立ち上がった。頭や身体の節々がズキズキと痛む。

頭に巻かれた包帯を丁寧に取り、僕はそのままシャワーを浴びに行く。

熱いシャワーが額や腕、足、腹の傷にまるで刺さるように当たっては微かな血液と共にタイルの上に落ちる。

排水溝の手前で頭の血と身体の血が混ざり合って紅色の液体となって流れていく。

 僕はシャワーを浴びながら今日の出来事について少し思い出してみた。


 「殺せ! 殺せぇ! 殺すんだぁ!」

僕とかおりに向けられた言葉は”殺す”という言葉だけ。その言葉と、暴力、それだけ。

 僕は頭や身体をさんざん殴られたり蹴られたり、鈍器なような物で殴られたりして意識はもうろうとしていた。しかし僕は、かおりだけはこの場から一刻も早く立ち去らせたかった。

 僕は必死だった。必死でかおりを逃がすことだけを考えていた。


 その時、僕の真後ろから何か大きな音がした。何かが破裂するような重くて鈍い音。そして直ぐに何かが、鉛が焼けた匂いがした。そう思った瞬間だった。

「ぐ……ぐぁああああ!」

突然、僕の右横にいた住人が気が狂ったかのように悲鳴を上げ始めた。

 彼の悲鳴は直ぐに周りにいた彼らにも響き渡って、僕も彼らも目を丸くして悲鳴の上がった方へと目を向けた。

「ぐぁああ! あ、あぁ!」

彼の喉からは鮮血がほどほどしく溢れて、僕や彼らの肌や衣服を一瞬で彼のどす黒い血で赤く染めた。


 僕は目を疑った。なぜなら僕の真後ろに隠れるように身を潜めていたかおりが、見せたことのない憤怒の形相で拳銃を握っていたのだ。

 その拳銃からは微かな煙が上がっていて僕たちの周りは硝煙の匂いでいっぱいになった。

 かおりが握っている拳銃なんてもちろん、僕は見たこともなく、なぜかおりが持っているのかなんてわからなかった。

 でも、一つ確かなことは、かおりがこの拳銃で今悶え苦しんでいる彼に発砲したこと。

 かおりに撃たれた彼は大量の血潮を流してその場に倒れこんだ。

「おい! ○○!」

「この野郎! 撃ちやがったな!」

かおりに撃たれた彼を心配する彼の仲間。そして今も尚、憤怒の表情で拳銃を握っているかおりに向かって怒りを露わにする仲間の一人の姿。

 彼は撃たれたところが相当まずかったのだろう。そのまま流血しながら動かなくなった。


 この場には三種類の人間がいた。死人を心配する者、その死人の仇を取ろうとする者、険阻な表情で自分の敵である者に拳銃を向けている者。それらはそれぞれ必死で、自らの命運をこの場で決めるかのように皆奮いだった面構えでそれぞれのやるべきことを真っ当にやり遂げようとしていた。

 そんな時だった。どこからかサイレンが聞こえてきて彼らは文句を言いながら去っていった。一つを残して。


                    ※


 私たちはその後やってきた警官隊によって保護された。

 正午はやってきた警官隊を見た瞬間に倒れた。頭から出血し、身体はあざだらけ。正午は直ぐに近くの医療センターへと運ばれ治療を受けた。幸い正午は頭に包帯を巻いただけという姿で直ぐに帰ってきた。

 そして私は簡単な事情聴取を受け、正当防衛としてことは片付いた。

 ……私は警官隊が来るまで拳銃を手から離さなかった。そして、ずっと逃げていく彼らに拳銃を向け続けていた。

 そして、私たちは警察から保護を受ける対象となって、この街の風景とは一層して見えるホテルに案内された。そして、私たちに言い残された言葉は

「夜が明けたら直ぐにこの街からは出て行って貰います」

という言葉だった。

 そして私たちはいつもの通りの順番で入浴して直ぐに床に着いた。


                    ※


 時間は戻り、翌朝。

 正午とかおりは軽い朝食をいつもと変わりなく談笑しながら取った。軽い朝食と言っても、ホテルの食事。二人は久しぶりの豪華な食事に心が動いていた。その中で正午の頭には痛々しく見える包帯が丁寧に巻かれていた。

食後、正午はかおりに大事な話があると言い、正午は少々高価なソファに、かおりはベッドに座った。

二人は先ほどまで笑いながら談笑していた空気とは思えないほど緊迫した空気へと変貌していた。


少しの間、両者は無言だったが、やがてゆっくりと正午が口を開いた。

「……昨日のことだが」

「うん」

「まずは簡単なことから。昨日の拳銃は、どこで手に入れた?」

一番簡単な質問だが一番重要な質問でもある。その質問にかおりが少し迷いながらも、正午が煙草に火を付けるのを見て、軽く早口になりながらも答えた。

「昔、生産技術が発達した街でショーゴ、仕事に行ってたでしょ? その時の買い出しの最中に護身用具を取り扱ってる店があって……そこでちょっと」

「ちょっとも何もあるか!」

正午がテーブルを握りこぶしで叩いて怒鳴った。その衝撃でテーブルの上の空になったコーヒーカップが倒れた。その激昂にかおりはとても驚いた。なぜなら、これまで正午がこうやって怒ったことなんて数回しかなかったからだった。

 正午は倒れたコーヒーカップをゆっくり拾い、一息入れてからこう言った。


「かおり……僕たちは人を殺めるために旅なんかしているわけではない。世界の現状を確かめるために旅をしているんだ。いくらあの場合が正当防衛であっても、あの状態であればお互い傷を負うことはあっても死者が出ることは回避できたはずだ」

「うん……」

「気持ちはわかる。だが、あの場合はかおりの感情に怒りが挿してしまったから自分の中の抑える気持ちが欠落してしまったんだ。わかるな?」

「はい……ごめんなさい、迷惑かけました」

そう言ってかおりは深々と頭を下げた。それは少々珍しい光景でもあった。

 それを見た正午の厳しい表情は緩み

「ふぅ……わかってくれればいいけどさ。これからは気を付けるように」

「はい」

と、二人の反省会が終わった。


二人の間にはお互いに迷惑をかけた時はどちらからでもこうやって反省会を開くことができる。それが二人にとってのルールだった。

「……昨日使った拳銃は僕が預かることにする」

「えぇー! なんで?」

ちなみに反省会が終わったら自由だ。

「昨日、かおりは誰に向かって撃ったか覚えてるか?」

「ぜんぜん。誰でもいいって思ってた」

言葉を選んで欲しい、と思った正午の気持ちは……かおりには伝わらない。

「……一応教えておくが、銃口が向いてる目の前は僕の背中だった」

「ふーん……あれっ?」

「はぁ……どうせ、目をつぶってたんだろ? あのままの状態で撃ったら普通は僕の背中に穴が開いてたことになってた」

「じゃあ、じゃあなんであの人に当たったの?」

「かおりは始めて拳銃を使ったんだろ? 拳銃っていうのは反発性がある。だから引き金を引いた時の反動で身体の軸がずれて、あの人に当たってしまった。これが真相だ」

「そうだったんだー。いやはや、なんか申し訳ないですなぁ」

そう言ってかおりは“えへへ”と照れ笑いしている。”ちなみに、人ひとりを殺してるんだよ?”という正午の心の声は……かおりにはまったく届かない。

「いや、軸がずれてなかったら僕に直撃だったんだからさ……。とにかく、そんな状態で撃って上手くいくはずもないし、技術も経験もないんだから、かおりが持っていても危険なだけ。だから預かります」

そう言い正午は手を伸ばす。かおりはズボンに隠れていて普段は見えない足首から拳銃をホルスターごと外して差し出しながら言った。

「そういう正午は拳銃の経験あるの?」

「ない」

「じゃあ一緒じゃない?」

かおりは正午の返答を聞いた瞬間、差し出そうとした拳銃をすっ、と手元に戻した。

「……いやいやかおり、技術経験云々じゃなくて気持ちの問題でもあるんだからさ。どこか広くて人気がないところで二人で練習をしよう。いざとなったら使えるようにね」

「うーん、そう言うなら賛成。だけど、私だけ武器なしってこと?」

再びかおりが差し出した拳銃を正午は今度はしっかりと受け取った。初めて手にした拳銃はとても重く、正午は軽く身体を取られバランスを崩しながらも手元に引き寄せた。

「……まぁ、いっか」

正午は少し考え、バックの中から小型のサバイバルナイフを取り出してかおりに渡した。かおりは軽々と受け取りケースからナイフ本体を抜き出して眺め始めた。

「そのナイフは護身用だ。殺傷力は決して強くない。だからいざという時までは絶対に使うなよ」

かおりが受け取ったナイフは刃渡り十センチ程で決して長くもなく、一般的に調理で使われる程の大きさだった。かおりはしばらくナイフを眺めた後、頑丈な皮のケースに閉まって拳銃が隠れていた足首へと装着した。

「ありがと。ショーゴ」

正午も拳銃本体をホルスターから取り出してゆっくり眺めながら聞いた。

「それで、かおり。この拳銃はなんて言う銃なの?」

「……全然知識ないじゃん」

拳銃を初めて触った人など大抵はそんなものである。

「悪かったな、こう見えて拳銃に触ったのは初めてだ」

「まぁ、それが元学生の性分よね……。その銃の名前はM40だってさ」

拳銃に説明書でもあるのだろうか、かおりは何やら紙を見ながら拳銃の名前を言った。

「M40ねぇ……覚えづらいな」

「じゃあ、名前でも考える?」

正午は自分の愛着している物に名前を付けるのが好きである。例えば、正午の愛車(バイクのことを表す)の名前は昔まで『相棒』であった。現在はかおりも同じバイクに乗っているため、名前はない。

「名前かぁ……。じゃあ、相棒なんて……?」

「却下」

正午の案はかおりが一秒もしないまま却下された。まさに一刀両断である。

「じゃあ…『バラッド』これにしよう」

正午は自分のジャケットの袖に書いてある消えかかってる文字『barllad』を見て、かおりの許可もなく『バラッド』という名前を付けた。その様子を見てかおりは、

「まぁ、ショーゴにしてはいいんじゃない?」

と答えた。もう既にかおりは名前になんて興味の欠片もなかったため、なんでもよかった。

 こうして、かおりから預かった拳銃の名前は『バラッド』となった。



 二人はホテルの中で昼食を取って部屋に戻ってきた。しかし、二人にはうかうかしている暇などなかった。昨夜の警官から夜が明けたら出国と言われていることを思い出して二人は早々と支度を調えた。

 正午は『バラッド』をジャケットの内ポケットにホルスターごと閉まった。


 二人はホテルを後にして街の出口までやってきた。すると、奇しくも昨日の『彼ら』と遭遇した。

 彼らは正午たちの存在に気づき、彼らの中の数人が正午たちへと近づいてきた。

「……かおり、下手なことするんじゃないぞ」

「わかってるわ」

正午が耳打ちでかおりに伝えた。

 正午は彼らの元へ近づき丁寧にお詫びをした。かおりのミスで彼らの仲間を一人を死なせてしまったのだ。いくら彼らが凶暴であってもそれが礼儀なのだ。

 正午が詫びた後、彼らの一人が”付けいて来い”と言った。正午とかおりは彼について行った。正午は胸元の『バラッド』を常に意識していた。


 連れていかれた先には、不恰好と言っては何だが一つの墓があった。ただ土を盛り上げて木の棒を立てただけというお世辞でも良い墓とは言ないものだった。

「――彼はこの国の者ではなかったんだ」

彼らの中の一人が言った。

「そんな彼をこんなことにしてしまって私たちは彼の家族に合わす顔などない」

「……大変、失礼なことをしてしまって申し訳ない限りです」

正午が彼らの中心人物に向けて頭を下げ、心から謝罪した。

「君が何を言おうと、彼は帰ってこない。それだけはわかってくれ。私たちも君たちに悪いことをした。悪かったよ」

彼らの中心人物が棒読みではあったが謝罪してきた。それに対して正午とかおりも再び頭を下げた。


「一つ、良いですか?」

一通りお互いの謝罪が終わり、一段落した後正午が彼らに尋ねた。

「僕たちはこの国がとても治安が良く、活気に溢れている街だと伺ってここに来ました。その情報は割と最近のものです。この国に何があったんですか?」

少々言葉を探した後中心人物が答えた。

「この国の治安なんて言葉は知らんが、この国が変わり行く日は近いだろう。近々、新しい政府が結成されると聞いた。――だが、そんなことは私たちには関係ない。関係があるのはこの先の丘を越えたところにある街の住人だけだ。新しい政府なんかができても私たちの居場所は永遠にこの場所だろう」

「なぜ、この場所にこだわるのですか? 丘の向こうの街へ行けば少しでも生活は豊かになるのではないですか?」

正午が続けて問う。

「丘の向こうの街に入れるのはお金を持っている人間だけなんだ。少しの額ではない。最低一年過ごせる位の金額と最低十年分の税金を払える立場でない限り入ることは許されない。ここは確かに国の中だ。しかし、同じ国の中でも所持金一つで住む場所は決まってしまう。それがこの国の政治だ」

「しかし、我々は一つの大きな賭けにでるのだ!」

違う男が話を割って入ってきてそう言った。

「我々は今度行われる選挙の場で当選者を暗殺する計画を立てている! そう、我々の自由を掴むために!」

“そうだ、そうだ”という声も周りから聞こえ始める。

「そんなことしたら、あなたたちは捕まってしまいますよ?」

正午が落ち着いた面持ちでこの場にいる皆に言った。

「だから、賭けなのだ。私たちが勝てば身分は逆転する。負けたら、死ぬだけだ」

「……そこまでして戦う意味は、何ですか?」

「この国の統一だ」

「統一……ですか?」

正午はかおりと顔を見合わせた後、聞いた。

「この国はいくつかの街があるが絶対的権力者は今まで一人もいなかった。だから、私たちの力でこの国に革命を起こすのだ。そして、この国の人々が豊かに暮らせる日まで、私たちは戦い続けるのだ。全てはこの国のために!」

『全てはこの国のために!』

声を揃え、彼らは大声でそう言った。

 幾重にも重なる声は、その街まで届いただろうか……



彼らは力強くて、とても正義感溢れる人たちでした。自由を掴むために自分の命の犠牲は構わない。そういう人たちでした。

しかし、私には「彼らが正しいのか、間違っているのか」は、わかりませんでした。


     「悪と正の話」END


注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは架空の物とします。尚、作品中の「アソー氏」と「オザー氏」「ハトー氏」については絶対的に架空の存在とし、実在したとしても本人とはまったく関係がないものとします。尚、この作品は順不同でお送りしております。


注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは架空の物とします。尚、作品中の「アソー氏」と「オザー氏」「サトー氏」については絶対的に架空の存在とし、実在したとしても本人とはまったく関係がないものとします。尚、この作品は順不同でお送りしております。


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