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『違う話』

作品中の「暖かな日差しの中で・b」「暖かな日差しの中で・a」は順番通り、b→aの順でお読みください。

  「暖かな日差しの中で・b」


「そう。僕も同じ考えだよ。僕は、これからもこの世界を走り続けたい。そう思ってるよ」

やがて、太陽が昇り始めると同時に真っ黒な雲も過ぎ去っていった。


 二人は太陽が暖かい日差しを出し始めた頃、次の街に向かって走り出した。

「――今日もいい天気だ。たくさん走ろう」

その声にもう一人が“うん!”と笑顔で答えた。


『そう、僕たちは走り続ける。壊れゆく世界の果てまで――』

                      

                       「暖かな日差しの中で・b」END


 「違う話」


 正午が呟く。

「これは凄い……」

正午が思わずつぶやいたその店の中には弦楽器、鍵楽器、管楽器、打楽器、楽器なのかわからないものまでたくさんの楽器が並べられていた。



 私たちはとても賑やかな街に来ていた。海を越えて、新しい国の中に入った。海を越える前までの街と比べたら凄い賑わい様だった。

 街に入った瞬間に見えたのは、高級のリムジン。リムジンなんて何年ぶりに見たか覚えてない。と、いうよりは初めて見た感じがした。

 街の中の建物のほとんどは複数階建ての建物ばかりでネオンが光るホテル街やたくさんの明かりが点いている巨大ビル、大量のアンテナが張られた電波塔兼タワー。まさに、眠らない街とはこのことのように見えた。賑やかなこの街の人たちは、とても楽しそうだった。……でも、私には幸せそうには見えなかった。

 私と正午は二人とも、すぐに宿を見つけては大急ぎで着替えた。なぜかというと、普段バイクを運転している格好は、この街にはとてもじゃないが似合わないのだ。砂ぼこりやバイクに付いた泥や雨でいっぱいの運転着、街の人たちの綺麗なスーツやドレス、この二つの衣服が混ざり合うと、とても不思議な空気になるのだ。私と正午は宿でしばらく着ていなかった洋服らしい洋服に着替えて再び明るい光が飛び交う街の中へと入っていった。


 

 そんな広い店内で着替えたばかりの正午はあっちこっち店内を歩き回っていた。

「このピアノ……僕も持ってました!」

「そうですか。さぞかし弾き心地がよかったでしょう!」

「えぇ、それはもちろん!」

「……ショーゴー。こっちこっち」

かおりがやる気のない手招きで正午を呼んだ。正午は“話の途中なのに……”と言わんばかりの顔でかおりの下に急いで行った。

「ショーゴ……私、楽器には興味ないんだけど……」

不服そうな顔をしたかおりが“もう帰りたい”と言わんばかりの表情を浮かべている。

「あと、もう少し……いや、あと二時間……あっ、あっちも見たいからあと三時間……」

「私、外で待っててもいいかしら?」

さっきよりも不服そうな顔をしたかおりが言った。

「もちろん」

「じゃあ、早くしてねー」

ぶんぶんと手を振りながらかおりは店内から出て行った。

「確かに、ここがケーキ屋だったら僕もかおりと同じ気持ちになるんだろうか? さて……」

そう独り言を言うと、正午は先ほどの店員と再び談笑し始めた。もちろん、ひたすら楽器の話であった。

 その談笑は結局夕方まで続いた。


一方、かおりは……

「そこのモンブランもいいかしら?」

「はい、もちろん」

ケーキをバイキングしていた。

「そっちのショートストロベリーの横にあるケーキは何?」

「こちらはデフェールというチョコレートケーキの一種ですよ」

「それもお願い」

「かしこまりました」

完全にやけ食い状態のかおりであった。


「本当ですか?」

何の前ぶりもなく嬉しそうに正午が言った。

「本当ですよ。今日の七時からこの先のホールで有名なヴァイオリニストのコンサートがあるんですよ。私はこのとおり仕事で行けなくなってしまったので先ほどのお連れ様とご一緒に行かれてはいかがでしょうか?」

正午はとっても嬉しそうにコンサートのチケットを店員から二枚受け取った。が、直ぐに苦い顔で、

「あー……でも、彼女は音楽には皆無でして……」

と顔を引きつらせて、とても名残惜しそうな表情を浮かべた。

「そうなんですか。でも、今日のコンサートのヴァイオリンには人を引きつける音楽性があるんですよ。お連れ様もきっと気に入ると思いますよ」

「そうだといいんですが……」

そう言い正午は長く居座った楽器店を後にした。結局正午はその店では何も買わなかった。それでもその店員は笑顔で店の外まで送ってくれた。


 「――と、言うわけで……コンサート行かない?」

「行かない」

かおりと合流したあと、正午はコンサートの話を持ち出したが即答で断られた。もちろん、かおりはご立腹であった。

「やっぱり……」

がっくりと頭を下げて落ち込む正午。

「まぁ、でも条件付きでは行ってあげてもいいわよ」

かおりの表情が少し緩み、珍しく『条件』という言葉を口にした。正午はその『条件』がとても気になる。

「ほぅ。――それで条件とは?」

正午は内心、かなりドキドキしていた。かおりの条件なんて今までなかったことが故に、何を言い出すか恐ろしいのである。正午はいつもと変わらない平常心の顔で”ほぅ”と言った。

「そのコンサートが終わったあとでいいから……今夜ちょっと付き合って」

普通の顔でかおりがとらえようによってはものすごく危ないことを口にした。正午はまたしても平常心で、

「どこに?」

と、軽く驚き顔を作りながら言った。

「大人にしか入れないお店」

「……そこは高額じゃないだろうな? まさかそこで今晩過ごす場所じゃないだろうな?」

正午は焦っていた。まさか!と言う台詞が一番似合うであろう顔をした。しかし、正午の期待をかおりが打ち砕く。

「はい? ……まったく、何を期待してるのよ? ちょっとお酒を飲みたいだけよ……」

「なんだ……びっくりさせるなよ」

正午は”良かった”という顔をしながら内心、少し、多少、がっかりもしていた。

「私もショーゴもそんな期待する関係じゃないでしょー?」

「まぁ……そうだね。期待するだけ無駄なものだね」

「そうそう」

少々わかりづらい会話を交えたあと、二人は歩いてコンサート会場へと足を運んだ。正午たちのバイクは宿の前に駐めていた。この街では歩いた方が早いと思うほど、街は活気にあふれていた。


 ホール内には上品なストリングスの甲高い音色だけが響いていた。

公演は三十分前からスタートしており、僕らは前から十五列目の真ん中と非常に良い席でヴァイオリニストの演奏に耳を傾けていた。

 隣に座っていたかおりも思ったよりは真剣に聞いているようで少し安心した。

 演奏者は思ったより若めなアーティストでクラシック曲のカバーなどを取り入れて演奏をしていて、聞き手側にとっては聞き易いものだった。僕の知っている曲や、昔ピアノで弾いていた曲、かおりに昔聞かせた曲も演奏していたのでかおりも聞き易いだろう。

 公演は休憩を挟み二時間ほど続いて終演した。

「なかなか良かったじゃん。ショーゴ」

「そうだね、ユニークなアーティストだったね」

「私もどこかで聞いたことがあるようなないような……って曲もあったし」

「多分、その曲は昔僕が弾いて見せた曲なんじゃないか?」

かおりは“そうだっけぇ?”っと言っているが間違えなく僕が昔弾いて見せた曲のことを言っているのであろう。少し悲しくなったが、もう何年前になるかわからないことだ。覚えてないのも無理ないだろう……多分。


 ホールから少し歩き、続いてかおりの要望により少しお洒落なバーに入った。

 そのバーは僕らが滞在していた宿の隣にあり。かおりが最初からお酒を飲む気だったのだと感じた。

 恐らく、僕らが二十歳を越してから初めてお酒が飲める店に入っただろう。このような生活を続けているとどうしても買っておいた物を長く時間を掛けたペースで飲むというのが当たり前になってしまう。だからわざわざ店員が持ってくるグラスにはなかなか慣れなかった。

 ――なかなか慣れなかったはずなのだが……かおりはどんどん店員にオーダーを繰り返していた。

「あ〜ちょとちょっと、これの次に書いてたカクテル持ってきてー」

「かしこまりましたぁー!」

僕はかおりがお酒を飲む姿は初めて見た。僕らはいつもは自分のテントの中で飲むのが普通だった為に、お互いがお酒を飲む姿というものをなかなか見ない。見ないが……こんなに飲むんだな、かおりは。

 ちなみに僕らはお互いの席を離して座っている。こう見えても僕もかおりも若い男女だ。若い男女が一緒に、しかも二人でお酒なんて飲んでいたら面倒事に絡まられやすくなる。二人とも酔っぱらった所を狙われて、金目の物を持って行かれることのないようにだ。もし、そうなった時、二人より一人の方が被害は少ない。多少考え過ぎなのかもしれないが、この街が僕らの街ではないのだから尚更考えなければいけないのだ。


 ――僕もようやく三杯目を飲み干して少し気分が浮いてきたころだった。かおりはもう何杯飲んだのか不明な程、テーブルにグラスが並んでいた。僕はかおりのそばまで寄り、

「かおり……ちょっと飲みすぎじゃない?」

と言ったが

「ショーゴが飲まなすぎなんだよー!」

と、怒鳴り返された。……いや、かおりが飲みすぎてるんだよ?

「ところで、こんなところに連れてきたってことは、何か話でもあるんだろ?」

「えぇー? へつにはなしなんてー…………ないよー」

おかしいな。大事な話があるときはいつも僕を呼び出して話をするのに。

 ……その前に、もうダメだ。大事な話も出来たものじゃない。

 僕はかおりのことを軽く放っておき、僕も自分のペースで飲むことにした。さすがの僕も最近走り疲れていたせいか、気づけばお酒のペースも量も上がっていた。

 僕がふと目を離した時だった。気づけば少し離れたかおりの席の前にはなんとビール樽が準備されていた。

「おい、かおり。まさか樽で飲む気か?」

「これでさいごにしまぁーすー」

「樽の最後なんて計り知れないぞ……?」

僕が注意する間もなく、かおりはそのまま飲み始めていた。あらら……


「――さて、僕はもういいかな」

かおりが樽で飲み始めてから約一時間、僕は結局五杯目でストップをかけてアイスコーヒーで酔いを醒ましていた。

「かおりはまだ……」

「ゴク、ゴク、ゴク……」

かおりはググっとビールジョッキを片手に心地よさそうにのど越しを楽しんでいた。

「飲みそうだね……」

かおりはまだまだ飲む気でいるようだった。少しお金が心配だったが飲み放題だということに気がついて安心した。飲み放題じゃなかったら所持金だけでは足りなかっただろう。

とりあえず僕は一足先に宿に戻ることにした。

僕はカウンターで先に僕とかおり二人分の会計を済ませてから

「おーい! かおりー!」

「ふぁー?」

情けない声でかおりが答える。そうとう酔ってしまったようだ。

「僕は先に戻ってるから遅くならないうちに戻ってくるんだぞー! わかったかー?」

”うんうん”とかおりが頷く。ちゃんと聞こえてるだろうか?変なタイミングで相づちを打っている気がする。

「りょうかーい。しょーごー。先にいっててねー」

まったく……飲めるようになったからといって、こんなに飲んでは泥酔状態になるのが目に見えるに決まってるのに……

 僕はかおりを残し、バーのすぐ隣に構えていた宿へ先に入って横になった。久しぶりに僕もこんなにお酒を飲んだ気がする。今までは小さいウィスキーボトルを買っておいて、夜に少しずつ飲むのが楽しみだったのだが……。案外自由に飲める席というのも良いかもしれないな。

 僕はそんなことを考えながら少しずつ遠のく意識をなんとか我慢しながらかおりのかえりを待った。

 ――少しの間かおりを待っていたが、なかなか帰って来る気配はない。かおりと明日以降の行動について話をしたかったのだが……

それから小一時間、僕は地図を眺めていたが、気づいた時には眠ってしまっていた……



 翌朝のこと。僕はかおりが帰ってきていないことを確認した。正確に言うと、帰ってきた様子がないのだ。荷物を開けた様子もない、ベッドも使った形跡がない。

 僕は急いで宿を出て、すぐ隣のバーの中に入った。あいにくバーは閉店中だったが店員が清掃のために出ていたのでかおりのことについて聞いて見た。

「――あぁ、君の連れのあの彼女かい? 昨日は閉店間際までそこの席で飲んだあと、誰だかが「待ってるー」って言って店を出て行ったよ。帰ってないのかい? 宿近いのになぁ」

店員は店の中を掃除しながら答える。ちなみに僕の方は見ていない。

「ま、よくあることさ。戻ってきたら君のとこにちゃんと帰るように言っておくからここに連絡先を……」

と慣れた手つきで不在連絡書と書かれた紙を渡してきた。僕はその紙に記入して宿に戻って待機することにした。


 きっとかおりのことだ、道にでも迷ったのだろう。……どうすれば迷うのかわからないが……。きっと昼になれば”頭が痛い”などと言いながら帰ってくるだろう。


 ――そのあと、僕は二日ほど宿で待ったが、かおりは帰ってはこなかった。こんなことは今までなかった為、かなり心配した。

 僕らの間には約束事がいつくかある。その中の一つが”どちらかの安否が不明になった時は迷わず一人で旅を続ける”というものがある。

 かおりは単なる『迷子』であって安否不明な状態ではない。しかし、この二日間の間にバーからも何の連絡もない。しかし、このまま待つというのも考え物だった。――もし、かおりに何かがあり、戻ってくることができない状態であったとしたら…………


――翌日、僕は一人で出発することにした。かおりのことは非常に心配ではあるが、僕らの約束事に乗っ取って一人で出発することにした。

かおりに何かがあったと決まった訳ではないが、なぜか僕は待っていてもかおりは帰ってこない気がした。

 「だから、僕は旅にでたんだ。――かおりを見つける為にも、世界を見る為にも」                        

                            「違う話」END



  「暖かな日差しの中で・a」


「ねぇ。ショーゴ?」

朝方に降り出した雨は強まるばかりだった。僕とかおりは小さな小屋の中で雨宿りをしていた。

「何、かおり?」

僕は振り返りながらかおりに言った。

 僕らはだいぶ濡れてしまった頭や身体をタオルで拭いていた。

 僕ら二人の間は大きなシーツで塞がれておりお互いの顔や身体は見えないようになっている。そのためお互いの声が少し曇って聞こえる。

「……この旅は、いつ終わるのかな?」

頭をタオルで拭いていた僕は少し考え、シーツ越しにかおりの方を見て言った。

「――しばらくは終わりそうもない。それに終わらせるつもりもないよ」

「……そう……」

少し頼りなく、寂しい声でかおりが言った。

「――僕たちの街に帰りたい?」

少し時間を置いて、

「帰ってはみたいかな……。いろいろ心配だし」

とかおりが言った。

「そうだね、確かにいろいろと心配はあるよね」

僕が深く考えないで答えた。

「でも、私はこの旅を続けていて思ったの」

「ん?」


 疑問符だけの言葉を正午が言った。

「――私は、ショーゴと旅をしていて、私は、私の周りのことしか『世界』って認識していなかったんだと思う。ショーゴの言うとおり、世界は広くて、大きくて、広くて大きい分だけ楽しいことや酷いこともあって……私たちの街では信じられないことばかりの連続がこの世界では起こっていた。そして今も、この世界は刻々と壊れ続けていた……でもね、こうやって世界で起こっている現実をこれからも私は、ショーゴと一緒にもっと、もっと多くの場所を、旅してまわりたい……。――そう思うよ」


             「暖かな日差しの中で・a」END


注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは架空の物とします。尚、この作品は別作「忘れ咲き」と若干関係性がございます。尚、この作品は順不同でお送りしております。


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