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『その学校の話』


 私はしがない旅人だ。

 自分がなぜ旅をしているのか正直自分でもわからない。

 ただ、覚えていることは……自分の記憶がほとんどないこと。そして、昔は誰かと一緒に旅をしていたこと。

 ――ただそれだけだ



 その旅人は落ち葉が少しずつ散り始め、地面をやがて覆い尽くそうとする季節に、僕らの学校へ大量の荷物を積んだバイク(オートマチックスクーター型バイク)でやってきた。

旅人の容姿はお世辞にも綺麗とは言えない服装で髪はぼさぼさ。でも、ヘルメットとゴーグルを取った顔は割かし若く見えた。若いと言っても三十代前半から後半と言ったところ。


 僕は昼休みに正門の掃除があったため、正門の前へ出て箒を握っていた。

 僕らの学校の周りには何もない。建物も、人影さえも登校と下校時刻にならなければ人の姿を見ることも難しい。僕らが産まれる少し前に世界的不況があったらしいのだ。全世界を巻き込む戦争やテロ、そして経済の悪化の数々。

 しかし、その不況も十数年前に落ち着いて僕らの世代は普通の生活が受けれることができるという訳だ。

 だが、その影響が僕らの学校の周辺にも出ている。学校の周りに何もないというと軽い嘘になる。正確に言うと、学校の周りは建物が焼けた残骸が残っていたり、古びた工場跡、お墓等が立ち並んでいて、とてもじゃないが人が出入り出来るような場所は残ってはいない。

 その点、この学校はとても綺麗だ。それはそうだろう。十年前に新しく建てられた学校なのだから。しかし、この地は、昔まで外国人の兵士墓地だったらしく、国連でだいぶもめたようだ。

そのため、この学校近辺というのはとても閑散としていて、お陰で不規則に生えた木から落ちる枯葉が敷地内外に密集して落ちているため掃除をする方としてはとても迷惑なのだ。


 その旅人は容姿とは似合わないとても丁寧に手入れされたバイクに乗りやってきた。

 最初は学校の前を不思議そうに通り過ぎた後、反対車線を通り戻ってきた。そして、僕の姿を見てこう言った。

「ここは本当に学校なのか?」

「そうですよ」と僕も当たり前の言葉を返した。そうすると旅人は首を“うーん”といっぱいに傾げ不思議な眼差しで乗っていたバイクを降りて眺め始めた。



 その高校(高等学校の事を意味、以下高校と略す)はとても綺麗だった。正門には普通の高校よりも遥かに広い駐車場があり、さらに裏にも丁寧に駐車ラインを引かれた五十台くらいは停めることができるだろう大きな駐車場があった。

 私は先ほど正門で会ったこの高校の学生であろう少年に“学校の中を見ることは出来るか?”と言い、少年は“大丈夫です”と返した。

 私は少年に“事務室に案内してくれ”と頼み、少年は少し面倒くさい顔をして、手に持っていた箒を片付けてからついてくるように言った。

 私は少年の後ろを歩き校舎の中へ入った。


 学校の中に入ってまず驚いたことは、靴を履き替えることなく土足で入っていくことだった。

「履き替える必要はないのか?」

と問うと、

「履き替える必要なんてないですよ。履き替えたりするの、面倒じゃないですか?」

そう言ってそそくさと先に進んでしまった。どうやら私と早く離れたいようだった。


 少年の後を長い間ついて行き、エレベーターに乗り四階にある事務室の前で少年と別れた。学校の中にエレベーターがあることもとても驚いた。

 私は事務室から入校の許可を貰い首から提げる。首から提げた物にはしっかりと、「外部者入校許可書」と記入されたカードが入っていた。間違えではないが「外部者」のところは無くしてもいいのではないだろうか?

「さて、見て回るか」

このどこか普通の高校とは雰囲気が違う学校を。


 この学校は十五階建ての建物で外観を見ただけだと単なる普通のビルのように見えなくもない。校内にはエレベーターやエスカレーターが各階に八台ずつ設置されていて所々にコンピューターやモニターがあり、私はますます、本当に学校か?と疑問を持たなくてはいけない状態だった。

 

 私がそうとう外部者に見えたのだろう。一人の、まるでOLみたいな格好をした女性事務員が私を案内してくれることとなった。私は早足で歩く彼女に置いていかれそうになりながらもなんとか付いて行った。


 私が通された先は校長室だった。それはそうだ、なぜこの学校に立ち寄ったのかなんて事務室では聞かれなかったのだから。

 事務員がやたら大きな校長室のドアをノックし、中からお淑やかそうな中年男性の“どうぞ”という声が聞こえた。


 私は校長室に挨拶をして入室し、少し大きなソファに腰を下ろし学校長と向かい合った。

 学校長は興味津々のように早速、私になぜここに来たのか、と聞いてきた。

「ただの風の吹き回しですよ」

別にこの学校に特別な用はない。ただ、何故か懐かしくなったのだ。そして、このやたら新しい学校に少し興味を持ったのだ。

 そういうと学校長は、そうですか、と一言だけ口にして、にっこりと笑った。その笑みは優しさに包まれていて、彼の脂肪の付いたお腹の膨らみに負けないほど柔らかみを帯びていた。


 先ほどとは違う事務員が私と学校長にお茶を持ってきた後、今度は私が気になっていることを聞いてみることにした。

「失礼な質問かもしれませんが、なぜこの学校には制服がないのですか? 普通高校生は制服でしょう?」

正門で会った少年はワイシャツにネクタイという割かし制服に近い格好ではあったが、下がジーンズ、柄の入ったワイシャツを見ると私服だろう。

学校長は“待っていました”といわんばかりに笑みを浮かばせ、こう答えた。

「この学校は生徒の意思を尊重するためにあるのですよ。この学校には厳しい校則なんてありません。服装だって自由にして良いし、車の免許だって取得しても構わないのですよ。この学校は自由がモットーなのです」

だからこんなに広い駐車場があって私服で登校なのか……

「なるほど、わかりました。しかし、自由過ぎるというのもリスクが高いと思いませんか?」

当然、自由と言われた学生は嬉しい他ないだろう。しかし、自由の中には“何でもやっていい”という逆の考えも出来る。正直、あまり良い教育方針とは思えない。

 すると学校長は自信を持ってこう答えた。

「自由というのは色んな解釈ができます。ごくたまに間違ったことをする生徒もいますよ。なんせまだ高校生なのですから」

「――その間違ったこととは? 差し支えなければ」

「なんせ自由がモットーな学校だ。車やオートバイで学校に来ては授業中抜け出して走り回っているということもありますし、制服がないからどこで何をしているかわからない。たまにあなたのような部外者が許可も得ずに校内に侵入というケースも多々ありますよ」

「……後者についてはもう少し策略を練ってみればよろしいかと」

まるで不審者に入ってきても良いと言っているような環境だからなぁ……。

「ご安心を、そんなことがないように生徒にはあなたが今、首から掛けているようなIDカードというものを装着しています。これを付けていればこの学校の生徒とわかりますよ」

「しかし、私が見た学生は、そのIDカードというものを着用しているようには見えなかったですよ」

外で会った少年のことだ。少年の首には何も掛かってはいなかった。しかし、その場の雰囲気で私はこの学校の生徒だとわかったのだ。

 すると学校長は校長らしからぬ事を言った。

「それは恐らく、学校の生徒ではありませんよ。ただの不法侵入者でしょう」

「そういうものでしょうか……?」

私は呆れて物も言えなかった。生徒の事を考えてそうでさっぱり考えていないようだ……その学校長が続けて言う。

「それとね旅人さん。我が校の生徒は仕事をしながら学校に通えるシステムがあるのですよ」

「高校生で仕事……ですか? まぁ、職がない訳ではありませんし、それ層の年齢の生徒もいるでしょう」

「仕事をしながら学校に通うということは、ある程度の常識を持っている、ということなのですよ。だからさっき言ったような問題もめったにありません。逆を言えば我が校の生徒は立派でとても勉強熱心なのですよ。進学率も高く優秀な生徒なおかげで私も嬉しい限りですよ」

そう言って学校長はにんまりと笑みを浮かべた。

 私は正直、学校長の意見には同意出来なかった。


 私は校長室を後にしてから、実際に生徒が勉強している教室を覗いてみることにした。

 エレベーターで十一階まで上がり通常教室へと向かう。授業中ということで廊下やエレベーターの中には生徒の姿はなかった。だからこそ、この学校の生徒がどのように勉強をしているのか、とても気になった。


 教室付近まで来たところで何やら雑音が各教室から聞こえてきた。更に、教室の前まで来てみるとあからさまに普通の授業中に聞こえてくる音ではなく、少しけたたましい話し声が聞こえてきた。教員の声なんて一言も聞き取ることが出来ない。ただ若い生徒であろう声が重なり合いただの雑談の場と化していた。

 私は教室の前に立ちそっと扉の外から教室内を覗いてみた。

教室内は、とても異様な光景だった。教室自体は他の高校と何も変わらないどこにでもあるような教室。しかし、その教室の机は並んでいるというよりは散乱しているに近い。多少、いやだいぶやかましい叫び声や笑い声が廊下の各教室から聞こえてくる。

 そんな教室の中の教員は生徒を黙らせるわけでもなく独り言のような声で黒板に授業内容を書き込んでいる。書き込まれた字は誰かに見せる字ではなく、ぶっきらぼうに読めるか読めないかぎりぎりの字で、なおかつハイペースで黒板に書かれている。

 誰一人授業を真剣に聞く者はいなく、教員と生徒の温度差に異様な阿寒を感じた。


 ――そんな中、一人だけ真剣にノートを取っている生徒がいた。よく見るとさっき正門で案内をしてくれた少年だった。

 その少年はこんなあり様の教室で真剣にノートに黒板の内容を描写している。よくこんな中でノートを取れるなぁ、と関心をしながら再び教室全体を見渡す。他には彼の様に真剣に授業を聞いている生徒などいなかった。


 そうしていると授業終了のチャイムが校内に鳴り響いた。

 その瞬間に今までうるさかった生徒たちがいっせいに教室を飛び出してきた。教室から出てくる生徒たちの格好も私服でやや乱れた服装であった。その後出て来た教員もおそらくまだ書いている途中であろう黒板から手を離し書き始めた方から消し始めた。

 さきほどの少年は特に“まだ書いている途中だ”というジェスチャーも見せずにそそくさと自分のノートを鞄にしまった。

 その時、扉の前に突っ立っていた私の横をたくさんの生徒が通り過ぎていった。

 その生徒たちの首には先ほど学校長が言っていたIDカードと呼ばれる物を首から掛けている生徒は一人もいなかった。



 “ジリリ”とベルに近い音が校舎中に響き、その日の全ての授業が終わった。結局私は、その後も何度か階を変えては教室の中を見て回ったが、様子は最初に見た教室とほとんど同じだった。それ以降は“これ以上周っても意味がない”と思い、実習室などを軽く見学した後、元の場所へと戻ってきた。とても広い学校だったので足が疲れてしまった。


その後、私は食堂で少し遅い昼食を取っていた。ほとんどの生徒が帰ってしまったせいか、辺りにはほとんど生徒の姿は見えない。こうなるとますます単なる企業ビルとしてしか見えなくなる。

 私は考えざるを得なかった。学校長の話と先ほど見た授業風景のことを。――あからさま話が矛盾していることを。

 学校長の話では、「立派で勉強熱心」「進学率も高く優秀」と言っていたが、私が見た授業風景の中で上記に述べたことが当てはまる生徒はほとんどいなかった。ほとんどの生徒の授業態度というのはただの「友人たちの集まり」としか捉えることが出来なかった。

 よく「生徒の心と教師の心は一致しない」と言うが、この学校では「生徒」と「教師」なんて生易しいものではない。「生徒」と「学校」の関係性が成り立っていないのだ。

自ら学ぼうとする生徒、生徒の事を見守る教師、それら全ての責任と安全を守る学校長、この関係がこの学校には存在しない。

 時代が変わった、では済まされないことだと、私は思った。



 そんなことを考えていると、食堂に“コツコツ”と足音が響いた。

 私と同じく昼を逃した教員だろうか、と思い、足音の鳴る先に目線を向けた。

目線の先には、先ほどの授業で唯一、真剣にノートを取っていた少年が食堂にやってきた。正門で会うといい、クラス内で唯一真面目に授業を受けたり、今日はこの少年と良く会う。

 少年は私を見て軽く会釈をした後、ランチを注文して私から遠く離れた席へ向かって歩き出した。

 私は彼からなら、正しい話を聞けると思った。私はすぐに彼を呼び止めて“話をしないか”と聞いてみた。彼はため息を一つして渋々了承してくれた。

 


 一つの丸い形をした机に私とランチを持った少年が座っていた。少年は何も言わず、ランチを一口二口、口に入れては鞄の中に入っていたノートを取り出して書き足りなかったであろう所に丁寧にペンで記入し始めた。

 私は彼に、どうしてあんなに真剣に授業を受けているのかと聞いてみた。

 彼はペンを止め、私のほうを見てこう言った。

「見ていたのですか?」

「悪いね、少し授業風景を見させてもらったよ」

「別に見て面白いものなんてなかったでしょう?」

とりとめのない言葉で彼は言った。

「いや、私は見ていて少し面白かったよ」

「嘘がお下手なのですね。それで、話の用件は何でしたか?」

私はなぜ彼があんなに五月蝿い教室で真剣に勉強しているのか聞いた。普通、高校生ともなれば周りに合わせて自分も一緒に騒いだり遊んだりするのが普通であろう。しかし、騒ぎ過ぎもどうかと思うが……。

 すると、彼はこう答えた。

「なぜ真剣に勉強をしているのか、の問いについては簡単です。授業中なのですから。授業中にまじめに勉強して何が悪いのですか?」

「良い悪い、そういうことを言っているのではないのだよ」

「そうですか」

彼の言葉はいつも張りがない。ただ単語を並べているだけのようだ。

「じゃあ、なぜ君だけが真剣に勉強をしているのか分かるかい?」

すると彼は当然のごとく

「それは僕の頭が悪いからですよ」

と、顔色一つ変えずに言った。

「なぜそう言い切れるのだい?」

彼の言葉を一つ一つ追求するように私も聞いた。

「この学校の生徒はみんな頭が良いんです。みんな大学院レベルの問題も簡単に解いてしまう。高校の授業なんて面白くもないんですよ。面白い話ならともかく、自分がもう知ってしまった内容の授業なんて面白くもなんともなくただ、つまらないだけですよ」

続けて彼は言う。

「だから僕は真剣に勉強をするしかないんですよ。この学校のシステムは知っていますか?」

「いいや、具体的なことは知らないな」

学校長から『変わったシステム』についての発言はあったが具体的な内容は聞いてはいない。そういうと彼は、ノートを閉じてペンを置いた。


「――この学校では夏冬に行われる試験毎に学年下位五十人が強制退学させられるんですよ」

強制退学という単語がかなり気になった。そもそも退学なんて普通の学生はしないものだ。さらに強制とは……

「……なぜ強制に退学させられる必要があるんだい?」

私は、あまり聞いてはいけない内容だと思ったが、彼は平然と答えてくれた。

「進学率のためですよ。この学校の定員は三百人、一年に二回のテストがあり、一年で成績下位、百人が強制退学、二年生でも学年末試験で下位、百人が強制退学。そして、三年生の夏に行われる中間テストでまた下位、五十人が強制退学させられ、残った五十人はほぼ百パーセントの確立で優秀な国公立大学への進学が決まるんです」

ちなみに国公立大学と言っても、昔と違い学ぶための学校ではなく、『どう政治を立て直すか』に視点を置いた、要は有力な政治家や軍事教務に就くための通過点、それが現在の国公立大学の現状である。

「と、いうことは今秋の時点で……」

「三年生五十人の彼らには『約束された未来』があるんです」

「ちょっと待った。確かこの学校は仕事をしながら通える学校じゃなかったのかな?」

「仕事……ですか……」

そう言い、彼はため息を一つ“はぁ”と吐きこう言った。

「強制退学された人間はその後、どうすると思いますか?」

「他の学校に入りなおすか、または……」

「大学への夢を諦めて、働くしかないんですよ」

「でも、働くと言っても簡単な就職先は見つかるだろうけど、立派な会社なんて見つからないのではないのかい?」

「そうですね。だから前もってみんな“自分はそろそろ危ない”と思ったらすぐに働き始めるんですよ。もちろん正社員になんてなれませんが」

「でも、そこまでしてなぜここの生徒はこの学校を卒業したいんだい? 他の学校からでもそれほどの学力があれば良い大学に入れるんじゃないかな?」

「一種の賭け、とでも言っておきましょうか」

「一種の賭け?」

「この学校を卒業すればこの先、いわゆる『エリート』と呼ばれ普通に大学に入るよりも良い環境で生活できて、一流企業の社長になったり、海外でも活躍できる人材として今後の日本に必要な人間になれるんですよ。でも、卒業することが出来なかったら、フリーターとして働くことしか出来ないんです。いわゆる、この先エリートと呼ばれる人間になるかフリーターになるか、この学校で賭けをしているんです」

彼はここまで話し終えると先ほど購入したであろうペットボトル飲料を飲み干した。そしてこう続けた。

「だから僕はこれまで仕事を探さないで頑張っているんですよ。今度の試験でまた五十人退学させられますからね」

「でも私が見た限り、皆君のように勉強熱心という風には見られなかったけどね」

彼は立派に勉強をしていた。しかし、その他の生徒はどうだろう。友人と話ばかりして授業に集中するどころか授業妨害とも言えるような状態ではなかっただろうか。

「この学校の生徒のほとんどは、昔から英才教育を受けていてIQは150以上あるんですよ。勉強なんて試験前に少しやる程度で平気で残れるんですよ。僕みたいな普通の学力しか持たない人間は毎日十時間以上勉強しないと残ることはできないんですよ」

そう言って彼はノートとペンを早々と鞄の中にしまって席を立つ。

「ちょっと待ってくれないか? まだ聞き足りないことが……」

すると彼は、立った状態の目線で私にこう投げかけた。

「あなたみたいに自由に生きている人間にはわからないでしょうけど、僕たちは、言わばこの国を背負っていく人間なんです。くだらない話はここまでにしましょう」

そう言って彼はスタスタと歩き出した。私は席に座ったまま彼にこう問いた。

「君は、君はここまでして将来何になりたいんだい?」

彼は一瞬足を止めて振り返り、少し考えてからこう言った。

「さぁ、何になりたいんでしょうかね? 僕の兄や姉はこの学校を卒業して今、海外で自分の会社を経営しているんです。僕はその兄や姉のようにならなくてはいけない。僕の家族はそれを当たり前としているんです。夢なんて考えるだけ時間の無駄ですよ」

それだけ言って彼は去っていった。

 私は彼を呼び止めることはしなかった。


 私はその後、『その学校』を出た。そして、誰もいなくなったその建物を振り返り見て学校長の言葉を思い出した。

「仕事をしながら学校に通うということは、ある程度の常識を持っているということなのですよ」


 私はその異質を帯びた建物に背を向け、木の葉が落ちる位の速度と、次に退学させられる生徒の速さを少し計算しながらどこに向かうでもなく少し冷えたバイクのエンジンをキックスターターを蹴り上げて掛け、私の過去の話へとハンドルを向けた。          

 

                    END




 注意、この作品はフィクションであり人物及び団体名は一切存在致しません。


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