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『雨の話』

注意

この話は暴力的で残酷な表現が含まれております。

苦手な方や先進に障害をお持ちの方はご遠慮下さい。


 どす黒い雲に覆われた空の真下。天候は豪雨に近いどしゃぶりの雨。

今にも雷がなりそうな空の下に屋根のあるタイプの古びたバス停があった。普通のバス停よりは広く一部屋くらいあるだろか。そのバス停の前には二台のバイク(この場合はスクーター型オートマチックバイク)が止まっていた。

「雨だねー憂鬱だねー。ねぇ、そう思わない?」

バス停の中にあるベンチに腰掛けている一人が、同じ場所にいるもう一人に話しかける。二人とも着替えたのだろうか、二人ともつなぎの作業服を着ている。

「確かに。酷い雨だ」

もう一人は丁寧に並べた木にバイクの燃料を少しだけかけ、マッチで火を点しながらもう一人の意見に同意した。

 やがて、焚き火も安定した火の粉を弾かていた頃。

「ねぇ、なんでショーゴは雨が嫌いなの?」

“ん?”といい、ショーゴと呼ばれた青年は少し考え、出来上がったコーヒーをすすりながらこう答えた。

「まずは、かおりが言ってよ」

かおりと呼ばれたもう一人は少しむっ、とした顔で

「どうせ、私の方が単純な理由だからでしょ? まったく。……私はね、雨が降ると身体が濡れるのはもちろんだけど、道に迷いやすくなるからかな。だって、森の中とか走ると方向がわからなくなるから。後は、酷い雨になると道が崩れたりしてなくなっちゃう、ってところかな」

うんうん、と隣で正午があいづちを打ちながら同意する。

「じゃあショーゴは? 私は言いましたよー」

“しょうがないな”と何に対して見栄を張っているのかわからない正午は、火のそばまで椅子を持っていき温まるように火の気に両手をかざした後、口を開いた。

「僕はね、身体が濡れるのが大の嫌いなんだよ」

「……それだけ?」

「僕はね、道に迷いやすくなるから雨が嫌いなんだよ」

「それ、私がさっき言った〜」

“こほん”と悪かったと言わんばかりのジェスチャーを正午が見せ、仕切りなおしにこう言った。

「……僕はね、雨が降ると『彼ら』のことを思い出してしまうんだ」

「彼ら?」

「そう、彼ら」

かおりは少し頬杖をついて悩んだが、少し経ってから

「あぁ。『彼ら』ね……」

と目線を低くして言った。

「彼らの事を考えると、僕たちはよっぽど幸せな人間だ。だから、僕は雨が嫌いだ。――雨は……人間の格差の象徴だからね」


 「雨の話・a」


 正午たちがその街を訪れた時には既に、大粒の雨が降り出していた。

 あいにく正午たちは傘を持っていなかったため、急いでバイクのキャリアボックスに入っていたレインコートを羽織った。


その街は小さいながらも店がたくさん並んでいた。主に野菜や果物、新鮮な魚など、食べる物がほとんどだった。しかし、その街はお世辞でも裕福な生活を送っているようには見えなく、街の大半はボロボロの木造の家や木の枝を組み合わせて作くられた簡易な物であった。街の住人の格好も半分破れたシャツや、ボロボロのズボン、終いには靴を履いていない人も多かった。そんな人たちが自分たちの収入のためだろう、一所懸命声を張って商売に勤しんでいた。

 やがて雨が降り出して、住人たちは自分の商売を一時中断してそれぞれの店の屋根や木の葉の下に身を潜め始めた。

「――ショーゴ、あれを見て」

正午の隣で同じようにレインコートを着たかおりが街の中を指差した。

 かおりが指を指した方向には雨が降っているにも関わらず、たくさんの薪を背中に背負いながら歩く少年がいた。歳はまだ十歳にもなっていないだろう。

無論、その少年は雨具などの着用はしておらず、むしろ街の人たちより格好は酷く見えた。上半身は裸、何度も縫い付けられた跡のあるズボン、生傷が荒々しく見える何も履いていない足。腕や足にも何度も転んだのだろうか、血が出た後が残酷なほど生々しく見えていた。

 彼は天上から打ち付けるような雨に打たれながらも足を止めることなく、雨宿りをすることもなく、ただ店が並ぶ商店街を静かに過ぎ去っていった。

 『住人』は、それが当たり前のように見ていた。


 「雨の話・b」


 そこは、日本に良く似た街だった。

轟然なほどに多くの人がいて、通行人は他人とぶつかっても何の反応も謝罪もなしに過ぎ去っていく。

通行人が一人、自分の足元に吸い終わった煙草を落として、靴の裏で踏みつけるように火を消して歩き始めた。周りの人は注意もせず、見向きもしなかった。

席が満員に埋まった地下公共運営鉄道車の中に腰を曲げた老婆が杖を持ちながら入ってきた。しかし、誰一人とも席を譲ろうとするものはいなく、老婆は届かない吊り革に必死に手を伸ばし、鉄道車が発車した瞬間に転んだ。一人の男性が駆け寄ろうと席を立とうとしたが、恥ずかしいので止めた。


やがて、その街の上空からぽつりぽつり、と雨が降り始めた。

 街の住人は口々に文句を言いながらすぐに近くにあった小型チェーン販売店に入り、出てきた人全員の手にはビニール傘があった。そして、傘を差してまたどこかに歩き始めた。

街中の人々全員が傘を差し始めたため、ただでさえ人口の多い街は人の這い出る隙もないくらいにいっぱいになった。

 やがて、雨脚は弱くなり、ほぼ時を同じくして傘を畳む人の姿も多くなった。

そして、彼らは雨が止んだのを確認すると、先ほど購入したばかりの新し過ぎるビニール傘を自分の足元に捨て始めた。誰も注意する人などいなく、一瞬で雨量より多いビニール傘が街の地面を埋め尽くした。

『彼ら』はそれが当たり前のように行っていた。


 「雨が降らない国」


 その国では雨が降らなかった。

 聞くところによると、ここ数年の間、雨は降っていないようだった。

 国の中の草木は直射日光に晒され続け、全てが枯れてしまっていた。

 同じく国の住人も食料飲料水が手に入りにくいため、今にも飢えて死んでしまいそうな人も多く見え、既に息絶えた人のお墓の数も割かし多かった。水の飲みすぎでお腹が出ている人や片手に水の入った容器を持って歩いている人がお金持ちだとすぐにわかる。

 彼らの話にこんなものがあった。

「我々の国には雨が降りません。だからこそ、私たちは水の大切さが人一番、国一番わかるのです。逆に、我々には太陽があります。太陽を崇め、この世界に光をもたらしてくれる太陽に人々は感謝しなければならないのです。光がなければ人間はすぐに死んでしまうのです」

「もちろん、水が欲しいとは思います。しかし、この地で暮らしていく以上、水が欲しいなどとは言っていられないのです。わがままこそ、人間の敵なのです」

そう言い残した人は昨年の夏、脱水症状でこの世を去ったそうだ。

 この国では、その人を祭るために毎朝の礼拝は欠かさないそうだ。


 「雨しか降らない国」


 その国では雨しか降らなかった。

 聞くところによると、ここ数年間の間、太陽は一度も顔を出さなかったらしい。

 国の中はとても気温が低く、雨が凍った氷だらけで地面その物を見ることはできない。しかも、いつも分厚い雲が空を塞いで雨を降らせているので、まともに凍ることが出来ず、的確な凍り方をしている氷は一つも見当たらない。

 街の中も同じく、太陽が見えないため、国の中は昼夜問わず明かりが点けられていて、夜中になっても暗い場所は存在しなかった。

 同じく国の人も太陽が見えないために気温はとても低く、夏だというのに人々は毛皮フードが着いた防寒着を着ている。防寒着が買えなく、凍死寸前の人も多く見える。国の外れには凍死で亡くなった人であろうお墓がいくつも不特定に並ぶ氷の間を縫って並んでいた。

 彼らの話にこんなものがあった。

「私たちの国では太陽を見ることは出来ません。だからこそ、私たちは光を大切にする習慣があります。逆に私たちにはたくさんの水があります。水の精霊に感謝し、この世界に水をもたらしてくれる雨雲に私たちは感謝しなければならないのです。水がなければ私たち人間はすぐに死んでしまうのですから」

「確かに、この国は太陽が出ない分とても寒いです。凍死する国民も決して少なくありません。しかし、私たちがこの国で生きるということは寒さと戦うことではありません。寒さとどうやって付き合い生活していくかなのです。暖かい場所に行きたいという考えはわがままなのです。わがままこそが私たちの真の敵なのです」

 そういい残した人は昨年の冬、凍死で亡くなってしまいました。

 この国では、その人を偉人だと尊意し、彼の氷像を立てたそうだ。


 「続・雨の話」


 ――雨が降り続くバス停の中。正午とかおりは今にも消えそうな焚き火を名残惜しそうな目で見ていた。

 バス停の中は消えていく焚き火と共に暗くなり始める。

「彼らは自分こそが正しいと思っているんだ」

「そうね。彼らの国の習慣やその地域の天候の考えでもある話よね」

「だけど僕らはその国のどこが悪いかなんてわからない。それだけ、世界中には色んな考えを持った人々がいるんだ」

正午はそう言うと完全に消えかかった焚き火を蹴って消して、やがて周りがまったく見えなくなった暗闇の中で最後にこう言った。

「――最後に、天からではなく、地上から降る雨の話をしようか」


 「雨の話・c」


 その国の中は異様な程に緊迫した空気で張り詰められていた。

 国の城壁はいくつものブロックでとても頑丈に作られ、ナイフ一本入ることも許されないほどブロックとブロックの間は密着していた。

 国の中央にはとても立派な城が見え、城のてっぺんには大きな旗が風になびいて揺れていた。

 城壁の中にはたくさんの武装をした兵士や戦士が真剣な眼差しでじっと一点を見つめていた。彼らがいるおかげでその先に何があるのかさえもわからなかった。

 上空には黒い雲が現れ始め、今にも降り出しそうな天気だった。

 ――しかし、天からは降らなかった。


 やがて、城壁の外から一発の爆音が聞こえた。

 その炸裂した音を聞いた兵士たちは一斉に城壁の外へ、まるで恐れなどない面持ちで発向し始めた。

城壁の外には、他の国の兵士が無数に大地を埋め尽くしていた。


 ――そして、戦争は始まった。


兵士たちの声は遥か遠くまで響き渡り、幾重にも重なって、そしてぶつかり合う。その声は悲痛にも似た叫び声とも聞き取ることが出来た。

やがて、兵士たちは別の兵士たちと衝突し合い、憎しみの剣を振るい始めた。


 一人の兵士は腕を切り落とされてもがき苦しんだ。

 一人の兵士は大きな斧で振り飛ばされて倒れこんだ。その兵士の上に別の兵士が圧し掛かり彼の胸に槍を突き刺した。

 一人の兵士は別の兵士と剣を交え憎悪の表情で戦った。その兵士は戦った末に首を飛ばされ、彼の首からはおびただしいほどの鮮血が宙を赤く染めた。

 一人の戦士は頭に血が上り、訳がわからなくなり、見境なく剣を振るい始めた。彼の横にいた仲間の戦士は彼に切られて死んだ。

 先ほどまで戦士であった物体は、首を掴まれて盾として使われた。彼の身体の部品は離れ離れになり、胴だけが残って最後には砲弾を受けて木端微塵になった。

 一人の兵士は、この惨劇に嫌気がさして脱兎の如く逃げまとっていた。一刻も早く安全な場所へ、生きて自分の家族に会うために死に物狂いに逃げだした。彼は後ろから鋭刃を突き刺されて家族に会う前に帰らぬ人となった。


 そこらそこらで血の雨が下から上に向かって降り始め、止んではまた別な場所から降り始めました。雨の数だけ憎しみが生まれ、その憎しみの分、また雨が降り続くのでした。

 やがて、天からも真の雨が降り始めました。しかし、その雨で出来た水溜りは彼らの血汁で真っ赤に色づけられ、その水溜りを踏む戦士や兵士の衣服を赤く染めました。


 戦いは夕刻になって決着がつきました。

 しかし、兵士たちは冷血帯びてもう動かなくなった仲間を両手でぎゅっと抱きしめて声を枯らして遺憾のごとく泣きました。

 その涙の色も、血の色でした。


「終・雨の話」


 夜も更けてしんと静まりかえるバス停の中で正午はふと目を覚ました。

 正午は隣ですやすや眠るかおりを起さないように外に出て呟いた。

「雨は……嫌いだ……」

 正午が見上げた空にはまだ、どんよりと黒く滲んだ曇天の雲が長く、長く続いていた。


                     END


注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは全て架空の物とします。尚、この作品は別作「忘れ咲き」と若干関係性がございます。尚、この作品は順不同でお送りしております。


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