『世界の話』
この小説は順不同でお送りしております。
前話と次話のストーリーは関連性がありません。1作としてお読み下さるようお願い致します。
青空が広がる荒野を同じエンジンの音が二台分響いていた。
運転手は二人。一人は鍔のある帽子を被り、ゴーグルで目を覆っていた。歳は二十代前半かちょうどの男性。もう一人は同じような帽子を首から下げ、ゴーグルだけ掛けてるやや髪が長い女性。歳は男性と同じほど。
二人は辺りに何もなく目に見えるものは砂とゴロゴロしている岩だけの荒野をやや早いスピードで走っていた。砂埃が舞う中ではあるが二人はスピードを緩める気配はない。二人はそのまま走り続けた。
「……今日はどのくらい走ったかしら?」
ぜいぜいと息を切らせながら汗をタオルで拭きながら女性はもう一人の運転手に言った。
「150kmくらいじゃないかな……」
「今日も走ったわねー。ショーゴ」
『ショーゴ』と呼ばれた少年も額から汗がにじみ出ている。
「そうだね。……かおり?」
『かおり』と呼ばれた少女は“何よ?”と汗を拭きながら答えた。
「髪すんごい」
帽子を被っていなかったせいだろうか、かおりの髪はまるでオールバックにしたかのように後ろに流れ、尚且つ前髪は垂直に見えるほど縦長に伸びきっていた。かおりは自分のバイクの後部キャリアの中から強引に手鏡を取り出し、「ふぎゃぁー!」と叫んで髪を直し始めた。その横でショーゴが「やれやれ」と言ったのは風のせいで当人には聞こえてはいなかった。
その日の夕食は正午が作った。器に盛られた簡単なシチューをかおりと正午は味わいながら平らげた。その後、正午は少し生ぬるいコーヒーを渋々、かおりは何かと栄養がありそうなドリンクが入ったカップを片手に今後のルートについて話し始めた。二人とも毛布に包まり小型ライトを使って地図を見ていた。
「現在位置は……今日ここからこの辺りまで走ったから」
そう言って正午は地図上を指さしてなぞって見せた。
「あと100kmくらい走ると小さいながら街があるみたいだ」
「あと100kmかぁー気が遠くなるよ……」
かおりは頭の上で手を組んでやや諦めの表情を見せた。
「そうわがまま言うな。逆を言えばあと100kmであまり期待はできないけどベッドにありつけるかもしれない」
「ホントに!?」
「だから、もしかしたらだって」
正午が訂正する。その表情は慌てる欠片もない。
「だけどねー今まで何度も裏切られてきたからねぇー……。美味しいレストランがあるって言ってたおじさんが言った店は実はただの喫茶店だったり……」
「かおり、レストランは食べ物じゃないよ」
「他にも、安く食料が手に入る店だって聞いたのに、そこはただの農場だったり」
「……まぁ、間違いではなかったね」
「あぁーもう! 次の街じゃ絶対美味しい物を食べるんだから!」
「それより問題は、食料が尽きているところと、燃料もなくなって来てるってことだよ」
そう言って正午はペンライトで燃料タンクの目盛りを照らした。
「うわぁー確かにこれは問題だねー」
かおりが少々深刻な顔で同じくタンクの目盛りえお確認する。
「僕らのバイクにはガソリンメーターが付いていないから走行距離でガソリンの量を計算するしかないんだ。徐徐に軽くなっていく車体で判断するなんて無理だからね」
「サブタンクは?」
かおりがそう言った。僕らはバイクに本体とは別にサブの燃料タンクを積んでいる。サブタンクがなかったら燃料切れになったときに補充できないからだ。
「僕のサブにはあと二リッター弱くらい。そして、かおりのタンクはゼロリットル」
「なんでなんでー! 私はショーゴと同じ道しか走ってないんだよ!? なんで私のタンクは空なのよ!?」
かおりは反撃の抗議を誰にでもなく正午に言い張った。別に正午のせいなどではもちろんない。
「かおり、一つ教えておく」
「何よ?」
少し立腹気味のかおりに正午が言った。
「バイクは走り方で燃費はだいぶ変わる。特に長距離を運転している僕らなら。100kmで一リッターくらいの差は出るだろう」
「ってことは何? 私の運転が悪いってこと!?」
「まぁ簡単に言うとそういうこと。これからはもっと走り出しをゆっくり、アクセルを開けるときもゆっくり開けるように気を付けることだ」
「うぅーなんか納得できないけど、ないものは仕方ないわね……」
「これで決まりだな。次の街で給油とサブタンクにも満タンにしておこう。ついでに熱いシャワーとふかふかのベッドがあるホテルも……」
「さっき期待しないって言ってたのは誰だったかしらー?」
「考えすぎはよくないよ、かおり」
「……何よそれ」
こうして次の目的が明白になったところで二人はその夜をゆかが固いテントの中で過ごした。もちろんテントは二つ。なぜ二つのテントなのかと言うと、一つのテントに男女が二人だという特別な考え方は一切なく、ただ単にかおりの寝相の悪さと、正午とかおりの睡眠時間の差であることが主な理由である。
そして、正午が一冊の日記帳を取り出した時には隣のテントからやかましい程のいびきが聞こえてくるのであった。正午はその日の日記に“うるさくて眠れない”そう書いた。
翌日の昼下がりのこと。二人はバイクを押して歩いていた。額からは汗がボロボロ落ちていて、二人とも帽子もゴーグルもかけていない。
「ショーゴぉー」
頼りない声で今にも倒れそうなかおりが叫ぶ。
「どうした?」
正午もかおりほどの声ではないがあからさま昨日よりは元気ではない。
「ちょっと休憩しないー?」
「またか、今日五回目だよ」
「だって暑くてもう歩けないよぉー」
「あと三十分歩こう。そしたら休憩だ」
炎天下で気温はおそらく三十度はゆうに超えているであろう。あたりには何もなく、ただ岩と砂が転がっているだけ。
「もう歩けないよぉー……あぁーもうだめ」
なんでこんなことになったんだろう。正午は少し時を遡って考えた。
それは時を遡って今朝のこと。二人は軽めの朝食を取り、正午は冷たいコーヒーをすすっていた時。
「ショーゴー! ちょっとこっちきてー!」
バイクが置いてあるほうからかおりの叫ぶ声が聞こえてきた。
「どうした、かおり?」
正午はかおりのいるところに駆け寄った。
「私のバイク、エンジンがなかなか掛からないの」
正午がすぐセルスターターとキックスターターでエンジンを掛けてみるがすぐに“ドゥルゥ……”といって止まってしまう。
「……」
「どう? ショーゴ?」
正午は少し考えて、考えて、考えた。
「ねぇ! ショーゴってば!?」
「…これは僕の考えなんだけど、エンジンの焼きつきじゃないのかな?」
「焼きつき?」
「そう、最近気温の上がり下がりが激しかったから急にエンジンを掛けたときにプラグが焼けちゃったんじゃないかな? たぶんね」
「……ショーゴ、治せる?」
「治すにしても部品がない」
「…………」
「……………………」
一瞬の沈黙があったあと
「じゃあ……治せない?」
恐る恐るかおりが正午に聞くが
「ここじゃ無理」
バッサリ切り捨てられた。
「うぅ…じゃあ、どうしよ?」
「100km先の街で部品を調達しよう。着くまで歩きだ」
「えぇー!」
と、いうわけだ。正午は自分とかおり以外の第三者に言い聞かすように説明した。
「ショーゴー回想してないで休憩しようよー」
「しょうがないな。十五分だけだよ」
二人は押していたバイクを止めて地面に腰を落とした。かおりは“疲れたー”といいごろんと倒れこんだ。
「あぁーこれじゃいつまで経っても着かないじゃん!」
「駄々をこねるな。でも、確かにこのままじゃ着くのは明日かあさってか……」
「えぇー」
今朝歩き出して六時間ほど、距離的には20km歩いたかどうかだ。さすがの正午も疲れたのかかおりと同じくごろんと横になった。
「僕も疲れた。そして暑い……」
「ショーゴがそれを言ったら私まで暑くなるでしょー」
そう言いかおりはバイクのキャリアボックスから大きめなタオルを取り出し頭にかぶせた。正午もまねをしようと思い、キャリアの中を物色していると遠くから車が走ってくる音が聞こえてきた。
正午とかおりはすぐさま顔を上げ音のする方向に顔を向けた。
「ショーゴ! 車! 止めて何か分けてもらうわよ!」
「うん!そうしよう」
車は正午たちが向かう先から走ってきて、正午たちに気づき止った。車から出てきたのは少し体格が大きめな男性でどちらかというとアメリカ人よりな男性だった。
急いで正午がコンタクトを取り、事情を話した。すると男性は車に戻り何かを取って戻ってきた。正午が、これは何かと、ジェスチャーを交えながら言うと、男性はにっこり笑い、“ある程度の修理ならこれがあれば治せる”と言った。正午は嬉しそうにお礼を言い、貰った分と同価程のお金をお礼として渡そうとすると男性は首を振り二本指を立てた。
それから正午とかおりは男性を見送ったあと男性から渡されたものの確認をした。エンジンオイル、プラグ、グリスなど一時的な修理はできる物が所狭しと入っていた。これを見たかおりはさらに嬉しそうに“さっきなんて言ってたの?”と正午に聞いた。正午は
「この値段の二倍貰おう、だって」
「……いい人なのか、ただお金欲しいだけなのかわからない人だったのね……」
と、かおり。“まぁ、これで修理が出来るからよしとしよう”と正午が苦笑いで言った。
正午がかおりのバイクの修理を始めてから2時間後。
「これでよしっ、と」
正午がそう言い、思いっきりキックスターターでかおりのバイクのエンジンを掛けた。エンジンは良い音を出しながら立ち直った。
「治ったわねー」
そばで見守っていたかおりが嬉しそうに言った。正午も“やっとだよ”と答えた。
太陽はまだまだ上空高く上っている。正午とかおりは急いで出発する準備を整えて、急いで目的地に向かい走り出した。
二人は快調なペースでさっきまで歩いていた道を走っていた。
「やっぱりバイクで走ると気持ちいいわねー風も吹くし」
バイクに乗った状態で気持ちよさげにかおりが言った。
「そうだね。やっぱり歩きとバイクじゃ距離の稼ぎ方もぜんぜん違うよ」
「さっきのアメリカ人さまさまだね」
かおりはまだ嬉しそうに、たまに足を出しながら走っている。
「そうだね……」
「んー? どうしたの、ショーゴ? 浮かない顔して」
「なんでもないよ。考えすぎかもしれないしさ」
「ん? 変なの、まぁいーやー」
そう言ってかおりはまた蛇行運転を始めた。
「そういう運転をするからいろいろ悪くするんだよ……」
「なに……これ……」
信じられない顔をするかおりの横で、正午もまた驚いていた。
正午とかおりは目的の街に着くと目を疑った。
なぜならその街は、もう街と言える状態ではなく、すでに瓦礫の山と化していた。もちろん人の気配などはない。
「……ショーゴ、あれ!」
かおりが指差した方向には、少し前は人間だったものが転がっていた。無残にもまるで捨てられたような置き方をしていた。
絶句しているかおりの横で正午が口を開いた。
「多分、この街も被害にあったんだ。おそらく、二週間くらい前に。この人たちは戦った形跡がない。だから、突然襲撃を受けたんだ。見てごらん、かおり。街はこんなに荒らされているのに畑の方には被害はない。この街を滅ぼすためだけに誰かが襲撃したんだ」
正午の言うとおり、街の建物は崩壊していたり壊されているのに、街の反対側の畑や小屋などはまったく被害は受けてはいない。受けているどころか、この時期特有の青野菜が実っているのがこの小高い山の上からでもよくわかる。
「誰がこんなことを……」
「わからない」
かおりが聞いてくる前に正午が水を挿した。
「誰がこんなことをしたかなんて知らなくていいんだ、かおり。今、必要なことは僕たちの安否を心配する事とこの風景をじっくり見ておくこと」
そういうと、かおりは我に帰ったかのように立ち上がり、この崩壊した街を目に焼付け始めた。
「僕たちは今、戦争の前線に近いところにいるんだ。急いで引き返すことも必要だけれども……これが、本当の世界の現状なんだと僕は思う。そして、これからもこの世界はこの街のように変わっていくんだと思う」
「そう、だね……」
「ねぇ、かおり?」
「どうしたの? ショーゴ?」
「さっきの親切な人はもしかしたらこの街を通りかかった商売人なんじゃないかな? あの人はもともといろんな国や街を回って必要な物資を住民に売っていたんじゃないかな? その分、代金は高かったし」
「その可能性が高いね。この街を通ったけど売る人がいないんじゃどうしようもないもんね」
「その線が一番有力だろう。ってことは、あの商売人はこっちの方角から来た、けれどもこの街に人はいなかった。じゃあ、あの人の逆を行けば人のいる街にたどり着けるんじゃないかな?」
「おぉー! さすがショーゴー!」
ぱちぱちと小さく手をたたくかおり。
「さて、そうと決まれば僕たちも行こうか。暗くなる前に責めてこの街近辺からは出ておこう。ここは危険だ」
「了ー解!」
『このあと、二人はその街を出発し別な街へ行くこととなる。今度は人間が豊かに暮らしていける平和な街へ……「でも、それは違う話」』
END
注意、この作品はフィクションであり人物及び国名などは架空の物とします。尚、この作品は別作「忘れ咲き」と若干関係性がございます。尚、この作品は順不同でお送りしております。