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ストレンジ・ラブ  作者: ぜろよん
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初めての迷宮探索 後編

俺たちが探索しているこのダルシムドの迷宮は地下に生成された幾重もの階層によって成り立っており、階下へ進むほど強力なモンスターが出現するのに加えて、空間そのものが広くなっていくピラミッド状の構造を為しているため、求められるレベルも加速度的に上昇する。


階層によって数字が割り振られており、深くなればなるほど数字は大きくなる。初心者なら十階層も潜ることができれば上等で、三十階層以下となると熟練パーティーが泊まり込みで目指す必要が出てくる。ちなみに現在の最深到達階層は初代勇者の五十階層らしい。


何を隠そう、ダルシムドの迷宮をマッピングしご丁寧に階層分けまで施したのは初代勇者その人であり、彼は魔物の分布や地形による攻略難易度の変化を階層と言う分かり易い表現で示すことで、迷宮の複雑な構造を簡略化し探索の効率化を実現したそうだ。千年近く前の人間だが、英雄として今なお崇拝される理由がよく分かる。


その階層だが、三十階層以下ともなると深い峡谷や切り立った崖が行く手を阻む、上層とは比べ物にならないほど広大な空間が広がっている。果たして都市の地下にこれほど巨大な空洞があって良いものなのかと不安になるほどだ。


まあ、要するに今俺たちがいる迷宮上層は初心者向けの子供騙しなチュートリアルゾーンであり、迷宮の真の恐ろしさはこんなものではないのだが…


「以外と弱っちいのですわね」


ほらでた。俺が今しがた蹴り一つで吹き飛ばした通算三匹目のゴブリンを目で追いながら、自信過剰な我が儘お嬢様がついにそんなことを宣い始めた。


せっかくお灸をすえてやったというのに、この女のすっからかんな脳味噌はもうそのことを忘れてしまったらしい。


「そう感じるのは、ここが一階層であり、尚且つ俺が強いからだ。何ならお前が戦ってみるか?」

「い、今は体調が万全ではないので遠慮しておきますわ」


どうやらまだ恐怖心が残っているようだが、この調子ではそれもすぐに薄れてしまうだろう。俺がついているとはいえあまり気を抜かれて勝手な行動でもされたら非常に迷惑である。


そうでなくてもクレアの言動は奴隷として目に余るものがあるので、この辺りで少しそのお花畑な頭に冷水を浴びせてやる必要がありそうだ。


「ちょっと二十階層まで下りてみるか」

「?」

「え…」


クレアはぽかんとしていたが、カタナは俺の発言を聞いて困惑しているようだった。


それもそのはず、二十階層というのはそんな軽いノリで行けるような場所ではなく、それ相応の装備と覚悟を持って臨まねばならない領域である。相当の熟練パーティーであれば日帰りも不可能ではない距離だが、少なくとも新人を連れている状態で足を伸ばす範囲ではない。


だが、クレアのような人間には時に荒療治が必要なこともある。


「しっかり掴まってろよ」

「な、なにを…」

「きゃあっ」


クレアをひょいと背中に乗せ、カタナを正面で抱きかかえる。その状態で、俺は迷いなく迷宮を駆けだした。


「ひええええええええ」

「きゃあああああああ」


背中から間抜けな声が、正面から甲高い悲鳴が上がる。だいぶ加減しているとはいえ原付程度のスピードは出ているので、両者とも振り落とされないよう必死にしがみついていた。右手でカタナを、左手でクレアを支えてやっているので、両手がふさがり地味に走りずらい。


途中で何度か探索者のパーティーとすれ違ったが、その度に常識的な速度まで落とすのが何気に面倒であった。


その探索者たちはというと、ヘロヘロの幼女二人を担ぎ迷宮の奥へと突き進む俺を見て、皆一様に目を丸くしていた。また不名誉な噂が立たなければ良いのだが。


しばらく走っていると、五階層あたりから通路も広くなり長い直線も多くなってきたので、さらに速度を上げて自動車並のスピードで爆走する。


「いやあああああああああ」

「ひゃあああああああああ」


前後の悲鳴がボリュームを増した。迷宮内に反響して他の探索者の迷惑にもなりかねないし、二人が舌を噛まないか心配になったので、黙っていろと言い付ける。カタナはすぐに口を一文字に結んだが、クレアはついぞ叫ぶのを止めなかった。


耳元で叫ばれると煩くてかなわないが、お仕置きも兼ねているので速度を緩めてやるつもりはない。


かれこれ小一時間ほど走っただろうか。二十階層に到着する頃には、クレアもカタナもひどく憔悴しきっていた。クレアに関しては自業自得だが、付き合わされたカタナは完全にとばっちりを受けた形なので、少し申し訳ないことをしたかもしれない。


「ここが二十階層だ」


二人を地面に下ろして、目の前の広い空間を見渡しながらそう言い渡す。ここは二十階層にある大部屋の一つで、岩の壁には今来た道の他にも通路らしき横穴がぽつぽつと開いていた。


「し、死ぬかと思いましたわよ…」


クレアが恨めしそうな視線を寄こすが、身から出た錆だと思って神妙に受け入れてもらいたい。とはいえ彼女の青ざめた顔を見たら多少は留飲も下がったので、帰りはゆっくり歩いて帰ってやるかと思案していると、部屋の奥の横穴から何者かが入ってくるのが見えた。


通路の天井に頭部を擦りながら現れたのは、全長三メートルはあろうかという蟷螂のような姿をした魔物であった。蟷螂は両腕の大鎌を大仰に振りかざすと、俺たち目掛けて一心不乱に襲い掛かって来る。


俺はそんな蟷螂の一連の行動をぼうっと眺めていたが、凡人からしたら一瞬の出来事だったようで、クレアとカタナの二人は蟷螂が目と鼻の先に接近してようやくその存在に気付いたようだ。距離を取ろうと身を翻すが、もう遅い。彼女たちの身体能力では回避はすでに不可能である。


俺はその間にいくらでも反撃することは出来たが、せっかくなのでギリギリまで粘ってみることにした。窮地を救うことでクレアが多少なりともデレてくれたら儲けものだと考えてのことである。


都合の良い事に蟷螂は半歩手前にいたクレアに狙いを定めてくれたようで、その両腕の鎌による挟撃は今まさにクレアの頭部を刈り取らんと振り下ろされていた。


そろそろいいだろう。


一瞬でクレアの前に躍り出た俺は、彼女の頭まであと僅かと迫っていた二本の鎌を自らの掌で受け止めた。飛び散る紅い飛沫にクレアが目を丸くするが、これはあくまで小粋な演出。あらかじめ手に持っていたトマトのような赤い果実が鎌に切り裂かれた際に噴出したいわゆる果汁であり、俺の掌は薄皮一枚たりとも切られてはいない。


俺は果汁のフェイクがバレる前に蟷螂を死なない程度に部屋の奥へと蹴飛ばし、自身も後を追ってクレアたちのいる場所から距離を取った。


蟷螂は蹴飛ばされた衝撃で足が何本か折れたようだが、まだまだ反撃する元気はあるようだ。興奮した様子で鎌を振り回す蟷螂の攻撃を適当に捌き、接戦を装いながらこっそり手に残された果実を口に放り込んで証拠隠滅を図る。


…そろそろ良いだろうか。頃合いを見て蟷螂にとどめを刺した俺は、すぐにウエストバッグから『空の小瓶』を取り出し、それを呷ってから二人の元へ戻る。


「だ、大丈夫ですか、ご主人様!血が…」

「もう大丈夫だ。魔法薬を飲んだからな」


先ほどの空き瓶を呷る行為は魔法薬で怪我を完治させたと思わせるためだ。俺は元から傷一つない掌をひらひらとこれ見よがしに振ってみせる。


「よ、よかった…」

「…」


カタナは安堵した様子だったが、クレアは未だに暗い表情のままだ。俺に助けられたのが気に入らないのか、面目が潰れたのを気にしているのか…案外高価な魔法薬を使わせたことを気に病んでくれているのかもしれない。いや、無いか。


俺は項垂れるクレアの頭をぽんぽんと優しく叩く。


「大丈夫だったか?」


物語の主人公を参考にクサいイケメンムーブを実践してみたのだが、自分がやると気色悪さと気恥ずかしさで吐きそうだ。


クレアの方はと言うと、なんとこれが中々に効果的だったようで、白い肌を少し上気させて俺に礼を言ってきた。


「そ、その…ありがとうございました…ですわ」


命を救われるというのはやはり相当なインパクトがあったようだ。あのクレアがこうもしおらしくなるとは…


「で、ですが!これはそもそも貴方の短慮が招いた事態であるということをお忘れなく!」

「なんだ、意外とチョロくないんだな…」

「窮地を救われて簡単に堕ちるのは物語の中だけですわ。わたくしはそう安い女ではありませんことよ?んふふふ…」


冷や汗を拭いながら無理に笑うクレアであったが、その言葉には異論を唱えたい。


「だがクレアよ。考えてもみてくれ。果たして命を救われること以上に好感度の上がる行為があるだろうか。それが異性なら尚更、大なり小なり好意を抱いて然るべきではないか?」

「…それもそうですわね」


クレアがはっとしたように顔を上げた。


「うーん…で、では、半分だけ惚れたということにしてあげますわ!」

「そうか」

「か、勘違いしないでくださいましね?まだ半分しか堕ちていませんことよ?わたくしを惚れさせたければもっと精進なさることね!んふふふふふ!」

「馬鹿でよかった」


まあ、これでベタ惚れになるほど現実は甘くないのだろう。せっかく果実の小細工まで仕込んだというのに、骨折り損であったか。


「ま、まあ、それでも一応…」


俺が心中でそう嘆いていると、クレアが首元の隷従の首輪に手を当てながら、鳥の鳴くような声で呟いた。


「一応、貴方を…わたくしの主人と、認めてあげても、宜しくってよ」


どうやら、徒労に終わったわけでもなさそうだ。


真っ赤に染まったクレアの顔を見ながら、俺は安堵の吐息を漏らした。



その後、どこか気まずい雰囲気のままゆっくりと歩いて引き返し、なんとか迷宮より帰還を果たした。


ギルド地下のカウンターに立ち寄り、職員の女性に今日収穫した魔核を手渡す。道中適当に蹴散らした雑魚モンスターは最初のゴブリン以外全てそのまま放置してきたので、俺が持っているのはそのゴブリンのものと、蟷螂から回収したそこそこ濃い紫色の魔核の二つのみである。


「相変わらず、どうやったらこの短時間でこの濃度の魔核を手に入れられるのですか?少なくとも十五階層以下の魔物の核とお見受けしますが」

「逃げ足だけは早いのですよ。道中の魔物を無視して突き進めばこの時間で十五階層までを往復するのも不可能ではありません」

「普通はそもそも逃げきれないものなんですけどね。トオル様の俊足には本当に驚かされます」


まあ実際は十五階層ではなく二十階層まで下りたのだが。別にこの核が二十階層の魔物のものだとは一言も言ってないので嘘はついていない。


俊足と言うのは俺への周囲の評価だ。人気のないところを見繕って崖を駆け下りたり人外の速度で爆走したりして探索時間を短縮していたら、いつしかそんな言葉が付きまとうようになった。


時にはそんな俺を『逃げ専』と嘲る者もいるが、俺が青の探索者になってからはそんな声もあまり聞こえてこなくなった。肩書と言うのはやはりどの世界でも重要である。


「トオル様のやり方を真似たとある方は、逃げている最中に新たな魔物と遭遇して挟み撃ちになり地獄を見たと嘆いておりましたよ」

「俺に言われましても。この探索様式を推奨しているわけでもないですし、例え上手くいかなくても文句は受け付けません」

「分かっていますよ。皆さん、トオル様の快進撃に嫉妬しているのです。後に続かんと、最近は妙に軽装の探索者様も増えました」


どうやら俺の『道中の雑魚を無視して突き進む』プレースタイルは、ちょっとしたムーブメントになりつつあるようだ。確かに雑魚の魔核をいくら積もうと二束三文で買いたたかれるだけだし、それならば換金率の高い強敵の魔核を一つ回収した方がよっぽど手っ取り早く稼げるのは事実だが、低レベルの者がやっても危険なだけなので、出来れば大人しく上層で地道に稼いでいて欲しい。


「あ、魔核の買取でしたね」


女性職員は自らの業務を思い出し、俺の提出した魔核を手に取る。早見表で詳細な濃度を調べ、それに応じた金額を提示して同意を求めてきた。


「この濃度ですと、このくらいの金額になります」

「わかりました」


魔核二つ分の金額が記された買取承諾書にサインをして、受け取った金銭を小袋に放り込む。


本来なら買取依頼の出ている魔物の素材も一緒に納品するものなのだが、俺は解体や運搬が面倒という理由からいつも魔核しか持ち帰っていない。それに苦労して運んでも他の誰かが先に納品してしまえば依頼は撤去され無駄骨になるし、そんなことをしなくても稼ぎたければ魔核で十分だ。


「では、最後に。回収した魔核はこれで全てですね?」

「はい」


そう答えると、女性職員の隣で控えていた壮年の男性職員が俺たちをしばらく見つめたのち、こくりと頷いた。


「はい、結構です。ご協力ありがとうございました」

「いえ。それでは失礼します」


このやり取りは魔核の不正な持ち出しを防止する為のものである。


魔核には微弱ではあるが独特の魔力波が放出されているらしく、優秀な魔法使いであればその波動を感知することが出来る為、専門のギルド職員が迷宮から出てきた探索者を一人一人チェックして、魔核を隠し持っていないか確認するシステムになっているのだ。


俺は丁寧に頭を下げる二人の職員に別れを告げ、地上へと足を進めた。

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