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ストレンジ・ラブ  作者: ぜろよん
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初めての迷宮探索 前編

軽食を済ませた後、クレアとカタナの二人を引き連れて本日二度目となる探索者ギルドに赴いていた。


パーティーの申請をしなくてはならないし、たとい奴隷であっても迷宮に潜るには探索者として登録を行う必要がある。


受付に向かおうとしたところで、何やら筋肉達磨の禿げたおっさんが俺に声を掛けてきた。とは言っても狼藉者の類ではなく知り合いの先輩探索者である。


「よう、トオル。そのガキんちょ共はどうしたんだ?」

「こんにちは。実は新しい仲間として奴隷を購入したのですよ」

「わたくしは認めむぐぐ」


色々と面倒くさいのでクレアの口は塞いでおくことにしよう。


「ほう。破竹の勢いでのし上がった一匹狼も、とうとうパーティーを組む気になったか。さては遠征にでも行くつもりだな?」

「ええ、ゆくゆくは」

「なら奴隷を買ったのは正解だったな。数日分の水は重いのなんので…荷運びは二度とごめんだぜ」


彼は臨時雇いの荷運び人から身を立てた探索者なので、凄惨たる過去の経験を苦々しい顔で語ってくれた。


俺の場合はたとえ満水の風呂桶だろうが片手で持てるし、彼女たちにそこまで重いものを押し付ける気はない。


「お前が遠征にも手を出し始めたら、いよいよ紫も見えてくるかもな」

「まさか。買いかぶりすぎですよ」


探索者ギルドでは、個人もしくはパーティーでの実績により身分証の色が変化する。登録時は白だが、その後条件を満たすことで赤、青、紫と昇格していくのだ。昇格の条件はギルド側で厳密に定められているそうだが、探索者達には公開されておらずその詳細は謎のままである。


「一年で青まで上り詰めた期待の新人が何言ってんだか」

「えっ…」


おっさんの発言に、背後で大人しく控えていたカタナから声が上がった。腹の前で拘束し口を塞いでいたクレアも、途端に暴れるのをやめて上目遣いにこちらを凝視している。


「どうした、カタナ」

「い、いえ。青の探索者になるにはかなりの実力が必要だと聞き及んでおりましたので。まさかご主人様がそこまでの猛者であったとは…」

「大多数の探索者は赤止まりだからな。青は稀で、紫に至ってはダルシムドに二人しかいないんだぜ」


おっさんが自分のことのように誇らしげに語る。ちなみに彼はその大多数のうちの一人である。


紫ともなると騎士と同等かそれ以上の社会的地位を得ることができるが、俺としては現状に不満は無い。これ以上目立つのも嫌だし無理に紫を狙う必要は無いだろう。


「お嬢ちゃん達は運がよかったな。契約した主人が将来の紫なんてよ」

「あまりおだてないでくださいよ。紫なんて夢のまた夢です」

「まあ、あの二人は人外の領域に足を突っ込んでるからなぁ」


今の俺ならその紫の二人を小手先で葬れるだろうが、そんなことをわざわざ口に出すわけもなく適当に相槌を打つに済ませておく。


するとその時、ギルド内に甲高い声が響き渡った。


「ト・オ・ル・くぅぅぅん!」


声の方に顔を向けると、ちょうど迷宮から帰って来たところらしいロリエラが、ずかずかと床を踏み鳴らしながら大股でこちらに迫り来る姿が見て取れた。


「嫁さんが来たみたいだな。それじゃあ俺はこれで」


おっさんはサッと手を上げると早足にその場を去っていった。逃げやがったな。


探索者の間でどんな噂が流れているのかは知らないが、勝手に俺とロリエラを夫婦にしないでもらいたい。ギルド一の問題児を俺に押し付けようとしたってそうはいかないぞ。


「トオルくん!」

「何でしょう」


眼前で立ち止まったロリエラが、血走った目でカタナとクレアを交互に見やり、肩を怒らせ声を張り上げた。


「幼女がイケるなら、私でも良いじゃない!見た目だけなら!」

「とりあえず落ち着きましょうか」


いつになくハキハキとしたロリエラの声がギルドにこだまし、否応なく周囲の注目を集める中、俺はいたたまれない気持ちになりながらも冷静に彼女を宥めることに努めた。


誤解を解く為にも、一から説明してやらねばなるまい。



「なるほどねぇ。元ポートリアス家のクレアちゃんか~」

「気安く名前で呼ばないでくださる?」

「わあ、ほんとに生意気」


ロリエラはにっこりと笑みをたたえているが、目が笑っていない。自由気ままな性分の者どうし気が合うのではないかと思っていたが、さしものロリエラもクレアの奔放さには手を焼いているようだ。


クレアのナチュラルに他人を見下す性格は相手が誰であろうとお構いなしのようで、よくもまあこれほど我が儘に育ったものだと呆れかえる。いったい元準男爵様はどんな教育を施してきたのだろうか。


しばらくにらみ合いを続けていた二人であったが、埒が明かないと思ったのかロリエラが嘆息して額に手をやり目を伏せた。


「あのねぇ、クレアちゃん。君には一つ言っておかなくてはならないことがあるわ」


ロリエラはそう言うと、突如カッと目を見開いてクレアの眼前に指を突き付けた。


「トオルくんは私のモノだから!アンタにはやらないわよ!」

「いりませんわよ」

「お前のモノでもねぇよ」


つい砕けた口調でツッコミをしてしまった。いつから俺がロリエラのモノになったというのか。


とりあえず、このまま言い争っていても日が暮れてしまうので、さっさと探索者登録へ向かうことにする。ロリエラも付いて来たがったが、邪魔なので強引に別れを告げた。


別れ際に「今日は夜までやけ酒してやるわ」と叫んでいたが、ちらちらとこちらにあざとい視線を向けていたので、おそらく「いつもの酒場にいますよ」という回りくどいお誘いだったのだろう。気が向いたら顔を出してやるとするか。


その後は特に滞りなく登録を済ませ、ついに新パーティーとして初の迷宮探索へ向かうことになった。


「名前だけで登録ができるものなのですね」


カタナが貰ったばかりの白色の身分証を眺めながら不思議そうに首を傾げる。実際、登録の際に行ったことと言えば「何があっても自己責任」と書かれた登録契約書にサインをするくらいのもので、連絡先や自身のレベルなどの申告は皆無であった。


「住所不定の者も多いし、レベルなんかの個人情報は秘匿したい人もいるからな」


俺もその内の一人ではあるが。登録時にレベルが公開されるようなシステムではないと知って当時は安堵したものだ。レベル四百九十八なんて知られていたら、こうして呑気に探索者なんてやっていられなかっただろう。


ちなみに、この世界で自分のレベルを知るには、役所で手続きをしたのち、専用の能力判定魔法道具の前で五分ほど大人しく座っていなくてはならないため、少々面倒臭い。しかしその甲斐あってか情報の機密性は徹底しており、判定の際に自動発行される書類さえ厳重に保管すれば他人に自分のレベルが漏れる心配はない。


ちなみにこんな面倒な手続きが必要な為、一般的な探索者は頻繁にレベルを確認する訳ではなく、成長度合いを確認するお楽しみイベントとして半年に一度か二度、役所に赴くそうだ。


そんな話をしつつ、探索者ギルドの奥から地下へ続く長い階段を下りていくと、軽くライブでも出来そうな広い地下空洞に出た。


「そこにあるのが、魔物素材の納品依頼票なんかが張り出された掲示板だ。こっちのカウンターで達成報酬との交換や魔核の買取なんかをやってもらえる」

「魔核ってなんですの?」

「魔物の体内にある小さな球みたいなものだ。迷宮の外には持ち出しが禁止されていて、そこのカウンターでギルドがすべて買い取る決まりになっている」


探索者ギルドは国営なので、言ってしまえば国の独占行為である。魔核は魔法道具の製作には必須だし、砕いて粉にすればポーションの材料に、飲めば薬にもなるという非常に万能で需要の高い素材なので無理もない。


ダルシムドが王都に匹敵するほどの発展を遂げたのも、この魔核の安定供給あってのものだ。


俺はカウンターのギルド職員に会釈しつつ、巨大な門を潜って迷宮へと足を進める。


魔物の反乱など有事の際に出動する迷宮駐屯軍の駐屯地を抜け、さらに道なりに進むと、ようやくそれらしい雰囲気になって来た。岩に囲まれた洞窟のような真っ暗な通路を、地面から申し訳程度の光が照らしている。


「苔が光っています」

「迷宮光苔だ。暗闇でも発光して道くらいなら照らしてくれるが、明るさにはあまり期待しない方が良い」


俺はカタナに背負わせていた荷物からランタンの魔法道具を取り出す。魔力フル充填で半日は持つ優れモノだ。


「お持ちしましょうか」

「いや、これはクレアが持て」

「遠慮しておきますわ」

「お前に拒否権はねぇよ」


ぶつくさと文句を垂れるクレアに無理やりランタンを持たせた。荷物は全てカタナが持ってくれているのだからこれくらいはやってもらわないと困る。


そんな折、通路の向こうから一匹のゴブリンがやって来るのが見えた。


サッと身構えるカタナと小さく悲鳴を上げ恐慌するクレアを下がらせ、不用意にこちらに近づいてきたゴブリンの頭部をサッカーボールの如く蹴り飛ばして絶命させる。


「す、すごいです」

「な、なかなかやりますわね」


驚く二人を傍に呼び寄せてから、腰に下げていた数打ち物の短剣でゴブリンの胸を掻っ捌く。何も遊んでいるわけではなく、魔核を取り出すための作業だ。


「うげっ」


クレアは露骨に嫌そうな顔をして身を仰け反らせたが、カタナは興味津々に俺の作業を見守っていた。


「これが魔核だ」


ゴブリンの体から薄い紫色の球体を取り出す。これがもっと強い魔物になると紫色が濃くなって価値も高くなるのだが、ゴブリン程度では紫というよりもむしろ紫がかった白に近い。


「こういう雑用は今後お前たちにやってもらうことになるから、それぞれの魔物の核の位置を覚えておけよ」

「承知いたしました」

「嫌ですわぁ…」


クレアは緑色の血に塗れた俺の手を見て眉を顰めていたが、何度も迷宮に潜っていれば嫌でも慣れるだろうから今しばらくは我慢していただきたい。


魔物の解体に嫌悪感を抱いていた時期が俺にもあったが、それも今は昔である。



「お、お花を摘みに行きたいですわ…」

「は?」


クレアが顔を赤らめてもじもじしながらそんなことを呟いたので、仕方なく歩みを止める。だから迷宮に潜る前に何度もトイレは大丈夫かと聞いたのに。


「うんこか?」

「うんこじゃありませんわよ!」


うんこ言っちゃったよ。


「そこの陰で済ませてこい。魔物や他の探索者が来ないよう見張っておくから」

「そ、そんな…」


クレアが青ざめた顔で乾いた笑いを漏らす。まあ、年頃の女の子にはなかなか酷なことかもしれない。


「で、でも、音とか…」


渋るクレアに拭き取るための布切れを渡し、背中を押して強引に送り出す。彼女ももはや限界が近かったようで、抵抗も長くは続かず最終的には自分から大人しく岩陰に入っていった。


ちょろちょろと水音が響き渡るが、防犯の為にも耳を塞ぐわけにはいかない。ふとカタナを見やると、顔を耳まで紅潮させて小さな拳をぎゅっと握りしめていた。


探索者を続けていれば迷宮内で催すこともあるだろうし、自分もいつかはこのような目に合うのかと思えば、他人ごとではないだろう。不平不満を漏らさないだけ偉いと思う。


しばらくすると、恥ずかしさのあまり涙目になったクレアが岩陰から戻って来た。


「で、ですがご主人様。これでは迷宮は探索者達の排泄物や投棄されたゴミで汚れてしまうのでは?」


さすがにいたたまれなくなったのか、カタナが沈黙を破って俺に質問を投げかけてきた。


「大丈夫だ。迷宮には掃除屋がいるからな」

「お掃除屋さんですか?」


おそらく彼女の想像している掃除屋とは違うだろう。すると、そこに折よく件の『掃除屋』がやってきた。


「あれが掃除屋だ」


そいつは人の頭ほどの大きさの、正方形をしたコンクリートブロックのような物体であった。ふわふわと宙を舞いこちらへ近づいてくるそれを見て魔物の一種かと身構える二人に、あれはこちらに危害を加えることはないと言って安心させる。


その代わり破壊も不可能あり、例えどんな上級攻撃魔法だろうが聖剣の一撃であろうが、その体に一筋の傷もつけることはできないそうだ。


「見てろ」


俺は掃除屋の行く手に地上から持ってきた食用の木の実を一つ転がして踏みつぶす。すると、その木の実の残骸とシミは掃除屋が真上を通過するのと同時に青い輝きに包まれて消えてしまった。


「あ、あれ?」

「掃除屋は、迷宮を『元の姿に戻す』役割を果たしているんだ。そこに人の残した廃棄物があれば回収するし、戦闘によって変化した地形も奴が通った後には元通りになる」

「なかなか便利ですわね。使えないメイドよりもよっぽど屋敷に欲しかったですわ」

「そしてそれは、遺体や遺品も同じだ」


俺の言葉を聞いた途端、二人の顔が強張った。


「生きている人間やそいつの所有物はどういうわけか『掃除』されないが、死んだ人間は別みたいだ。だから、迷宮で殉職した者は遺品はもちろん遺体でさえ髪の毛一本すら残らない」


もちろん、掃除屋が来る前に回収することが出来れば消失は免れる。誰かの手に拾われればそれはその人の所有物という扱いになり掃除はされないのだ。だが、パーティーが全滅でもした日には、それもなかなか難しい。


「残された遺族のことを思うと、つらいですね…」

「…」


カタナは悲痛な面持ちで言葉を紡ぐ。クレアも普段の調子は鳴りを潜め、何も言えずにただただ目を伏せていた。


「まあ思うところはあると思うが、奴らのお陰で迷宮が常に清潔に保たれているのは事実だ」


どうやら俺の脅しが効きすぎてしまったらしい。すっかり委縮してしまった二人を和ませるため、努めて明るい口調を心がける。


俺がいる限り彼女たちが死ぬことは絶対に有り得ないが、言っても信じてはくれないだろう。



「そんなわけで、お前のうんこも放置して大丈夫だ」

「だからうんこじゃありませんわよ!?」



言ってからクレアは思い出したように赤面する。彼女の渾身のツッコミのおかげで場の緊張も多少は緩んだみたいだ。


あまり気負いすぎても問題だし、頭の片隅にでも留めておいてくれればそれで良いだろう。

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