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ストレンジ・ラブ  作者: ぜろよん
2/20

不遜なる奴隷

「あのぅ…」

「はい?」


日が昇り、街に活気が溢れ始める時間帯。当の俺も御多分に洩れず、寝床から這い出て探索者ギルドへ向かっていたのだが、何やらギルドの前でオロオロとしていた赤髪の少女に声を掛けられてしまった。


見たところ装備も真新しく、どこか垢抜けないその雰囲気からして、おおかた新人探索者といったところだろうか。


「私、ダルシムドは初めてで…探索者ギルドって、ここであってますか?」


ダルシムドとはこの都市の名だ。国内で唯一の管理された迷宮が存在するダルシムドは、一獲千金を夢見た若者達が探索者を目指して一途に集まる、世界でも有数の大都市である。


「ええ、そうですよ」

「良かったぁ…私、隣のロマーリア帝国から探索者になるために来たんです」

「では、フロイア王国に来たのも?」

「はい、初めてです」


迷宮都市ダルシムドを要するここフロイア王国は、千年以上の歴史を持つ大国である。特に王都とダルシムドの二大都市は様々な分野で発展しており、その繁栄ぶりから『ヒト・モノ・カネはフロイアに集まる』なんて言われたりもする。


お隣のロマーリア帝国には管理された迷宮が存在しないため、こうして探索者を目指しはるばる国境を超えてやってくる者も多い。


「では、ようこそフロイア王国、そしてダルシムドへ。…俺も探索者なんで、これからよろしくね」

「は、はい!よろしくお願いします、先輩!」


探索者になるのであればこれから顔を合わせる機会も多いだろうと思ってなるべくフレンドリーに接してやると、どうやらそれが功を奏したみたいで、少女は俺を頼れる先輩としてカテゴライズしてくれたようだ。


これも何かの縁だろうし、少しお節介でも焼いてやるとしよう。


「これから登録だよね?良ければ一緒に行こうか」

「良いんですか?ありがとうございます!」


初々しいねぇ。


これから始まる冒険を夢想しキラキラと瞳を輝かせる少女を見て、なんだか少し年寄りじみた感傷を抱いてしまった。


俺もまだ登録して一年の新米なんだがね。



新人少女を窓口へ案内し登録を済まさせた。さっそく迷宮へ挑むという彼女に、登録祝いとして数本の魔法薬を贈呈する。


しきりに礼を言う彼女を送り出してからロビーに戻ってくると、昨晩俺の外套をゲロまみれにした神官ロリエラがこちらに満面の笑みで手を振っていた。腕の動きに合わせて馬鹿デカい胸がダイナミックに揺れている。


「おはようございます」

「おはよ~、トオルくん。昨日はごめんねぇ」


ロリエラはペロッと舌を出すと、頭をこつんと拳で小突いた。小癪な態度に嘆息しつつ、その頭にチョップをお見舞いする。


「あいたぁ~」


大げさに痛がるロリエラだが、満面の笑みなので問題は無いだろう。


「あ、そういえばトオルくん。さっきの子って新人さん?」

「ええ、登録の付き添いを少し。ロマーリアからわざわざ来たそうですよ」

「ほぇ~、遠路はるばるご苦労様だねぇ」


ロリエラは気の抜けたような声を出すと、何でもないことのように続けた。


「あれじゃあ初回で死ぬわね」


先ほどまでとは別人のような冷たい無表情のロリエラは、新人少女が意気揚々と歩いて行った迷宮へと続く階段を興味なさげに見つめている。


実際のところ、彼女の発言が突拍子もない内容というわけでもないのだ。探索者になったことで浮かれていた新人が、初めて迷宮に入ったきり二度と戻ってこなかったなんて話は間々有る。特に最初のうちは知り合いも少ないためソロで挑む者が多いのだが、よほどの猛者でもなければパーティーを組むのが迷宮探索における定石である。


登録時にも通り一辺倒の注意喚起は行っているのだが、やはり口で言っただけでは伝わらない事の方がこの世には多い。


先ほどの新人少女のように、外国から来た者は特にその傾向が強く、現に彼女は一人で行ってしまった。


「まあ、魔法薬を持たせたので死ぬことはないでしょう」

「マジで?相変わらず太っ腹だねぇ」


先ほどの冷めた表情を引っ込めたロリエラが呆れたように肩を竦める。


魔法薬は瞬時に傷を治す優れものだが、効果の薄い下級の物ですら新人にはとても手が出せないような値段になっている。もう少し安価になれば新人の死亡事故も減るのだろうが、容易に作れるような代物でもないので中々難しいのだろう。


「そんなにお人好しだと悪い奴に騙されちゃいそうでお姉さん心配よぉ」

「ご心配なく。本当に俺が根っからのお人好しなら、初回くらい一緒に行ってやってますよ」


気色悪い声を出すロリエラに、笑顔を見せる。


「自分はそれを面倒に思うくらいには利己的です」



「トオルくんは今日も潜るの?」

「ええ。ですので失礼しますね」


ロリエラに暇乞いをして立ち去ろうとすると、待ったが掛かった。


「迷宮探索のお供に便利な回復担当はいかが?今なら美人神官が一抱擁につき一日ついてくるぅ!」

「遠慮しておきます」


このやりとりもいつものことだ。それに美人と言うには容姿が幼すぎるだろう。


「え~、大特価なのに~。つれないわねぇ」


正直、抱擁一つで神官魔法を使えるロリエラが一日レンタルできるとなれば、世間一般的に見れば目を見張るほどお得な条件である。ギルドの掲示板で募集なりすれば引く手数多だろうが、どうやら俺以外に売り込むつもりは無いようで、こうして俺にフラれた後はいつもソロで迷宮に潜っている。


神官の癖に近接特化で脳筋なロリエラだからこそできる離れ業である。


「教会の方へは顔を出さなくて良いんですか?しばらく探索者業にかかりっきりみたいですが」

「良いんじゃない?たまに暇ができた時に拝みにでも行けば神様も笑って許してくれるでしょ」

「いつか天罰が下りますよ…」


屈託のない笑みを見せるロリエラの罰当たりな発言に頭を抱える。彼女が真面目に神に祈りを捧げてる姿など見たことないし、暇さえあれば一杯ひっかけてる印象なのだが、これでよく神官が務まるものだ。


探索者との掛け持ちを許されている点から見ても、彼女の所属する教会は随分自由と言うか適当な気がする。


「でもさ、トオルくんもいい加減荷物持ちくらい雇った方が良いんじゃない?今は日帰りが多いみたいだけど、遠征するとなると一人は何かと面倒よ~」

「人のこと言えないじゃないですか」

「私は良いのよぉ。探索者と言っても、小遣い稼ぎに上層の雑魚を狩ってくる程度だし」


その小遣いは即日酒代に消えている。故に彼女は常に金欠なのだが、当の本人に言わせれば『宵越しの金より今の酒』だそうだ。


「あまり人付き合いが得意ではないもんで。一人の方が気軽なんですよ」


ソロの方が気が楽というのは本心だが、それよりも俺の実力が露見するのを恐れてのことである。


「奴隷なら気を遣わなくて良いんじゃないかなぁ」

「ふむ」


なかなかどうして妙案かもしれない。奴隷なら、口留めさえすれば実力を言いふらされることも無いだろう。


正直仲間など必要ないのだが、いつまでもソロでやっていると周囲からは変人に見られてしまうのが玉に瑕なのだ。


探索者でパーティーを組まずにソロで活動している人間は、相当な実力者かロリエラのような変人かの二択である。ロリエラの同類として周囲から生暖かい視線を向けられないようにするためには、奴隷を購入して一緒に潜るのも一つの手かもしれない。


それに複数人で挑めば今より多少荒稼ぎしても不審に思われ難くなるだろう。今でも一般的な探索者と比べればそこそこ派手に稼いではいるが、それでも常識外れにならないくらいにはとどめている。現状の収入に不満は無いが、金は多いに越したことは無い。


「あ、でもでもぉ、女奴隷はダメよ?トオルくんには愛しのロリエラちゃんがいるんだからぁ───」

「じゃあ今から女奴隷買ってきます」

「えー!?」


そうだな。奴隷が良い。炊事洗濯なんかもやって貰えば、なるほどこれは便利で助かる。


それに、せっかく異世界転移なんてものを経験したんだ。奴隷なんて、これ以上ないお約束の展開に手を出さずに、いつの間にか一年も経過してしまった。少し勿体ないことをしたな。


「ご助言ありがとうございました、ロリエラさん。それではまた」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ、トオルくん!トオルくんってばぁ~…」


泣き叫ぶロリエラの声を背中に受けながら、俺は素早く奴隷商館へと足を進めた。



「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」


奴隷商人と言うと怪しげで小賢しそうな雰囲気か、もしくは揉み手で営業スマイル全開といったイメージだったのだが、見たところこの男は後者のようだ。パリッとした紳士服は見るからに高そうある。


建物もしっかりとした造りで、探索者ギルド程ではないがそこそこ広い。流石はダルシムド一の高級奴隷商館といったところか。


「迷宮探索の仲間を探しておりまして」

「探索者の方でしたか…お手数ですが、身分証を拝見してもよろしいですか?」

「ええ」


探索者と聞き、僅かに言葉を詰まらせた奴隷商人だったが、俺の提示した『青色の身分証』を目にしたところ、崩れかかっていた営業スマイルを瞬時に取り繕い、こちらに一礼した。


「失礼いたしました。それでは、別室の方で細かいご要望などをお聞きいたします」


どうやら俺を上客と判断してくれたようだ。相手によって態度を変えるのはあまり良い印象ではないが、探索者には不行儀な荒くれ者も多いし、半数はその日暮らしの貧乏人なので冷やかしと思われても仕方がないのかもしれない。俺は大人しく奴隷商人の後に付いていくことにした。


店の奥の応接室へと通され、椅子を勧められる。立派な一人掛けのソファに腰を下ろすと、相手も向かいの席に座り、商談が始まった。


あまりこういう場所に縁が無いので知らなかったのだが、いきなり商品───奴隷を品定めするのではなく、こちらの求める条件をある程度聞いてから、希望に沿った奴隷を何人か見繕って紹介してくれるシステムのようだ。


「では、女奴隷で若く見目麗しい者を。探索者経験や戦闘能力はそれほど重視せずともよろしいのですね?」

「ええ、お願いします」


見目麗しいというのは余計だが、かといって醜女を寄こされても正直あまり購買意欲をそそられない為、不承不承ながら頷いておく。


「ご予算の方はいかほどでしょうか」

「金貨十枚、もし足りなければ金貨十五枚までなら大丈夫です」

「承知いたしました。それでしたら、よりどりみどりでございます」


相場よりかなり奮発してやったので、奴隷商人の顔もどこかご満悦だ。


この一年、破竹の勢いで荒稼ぎしまくったおかげで資金にはかなり余裕がある。もちろん、人外の域に踏み込まないよう細心の注意を払ってはいるが。


俺が本気で稼ごうと思ったら一昼夜でダルシムドの迷宮が枯れてしまう。


条件に合うおすすめの奴隷を何人か連れてくると言って奴隷商人が退室すると、入れ違いに女性が紅茶を運んで来てくれた。従業員かとも思ったが、よく見ると彼女も奴隷──商品のようで、首元に『隷従の首輪』が鈍く輝いていた。


ちょっとばかし扇情的な格好を見るに、これも売り込みの一環のようだったが、別にそういった奉仕を求めて奴隷を購入するわけではないのでやんわりとお断りして下がらせた。性サービスを受けたいなら専門の店に行くし、奴隷と関係を持って変に情が移ったり相手が弛んだりするのは避けたいのだ。


奴隷女を退室させ、緊張のせいかカラカラに乾いていた喉を紅茶で潤していると、奴隷商人が数人の女性を連れて部屋に戻って来た。


「お待たせいたしました」


ずらりと並ぶラインナップを見ると、なるほど年齢の指定をしてなかったせいか上から下まで幅広いバリエーションが用意されている。上とは言っても、せいぜい三十代くらいだろうが、下は恐らく十歳かそこらの幼女まで並んでいた。腰まで届く金髪は毛先がくるりとカールしており、透き通るような碧眼はどこか不機嫌そうに歪められていた。


「皆さんとてもお美しいですね」

「ええ、どの娘も当店自慢のおすすめ商品となっております」


適当にリップサービスを言ってやると、奴隷商人がにっこりと笑みを深め、奴隷たちが一様に頭を下げた。金髪幼女だけそっぽを向いていたのが気になったが、緊張でもしているのだろうか。


それから奴隷たちの自己紹介、及び自己PRの時間となった。長所や意気込みを述べ自身を売り込んでくる姿を見て、面接官の気持ちをどこか理解できたような気がする。


ひとしきり自己アピールを終え、残すところ例の幼女ただ一人となったところで、これまで静観していた奴隷商人が突然口を開いた。


「この娘は以前話題になったポートリアス準男爵家の元令嬢でございます」


ポートリアス準男爵と言えば、先日処刑され一族郎党奴隷落ちとなったダルシムドの貴族だったはずだ。いったいどんな不祥事を起こせばそんな懲罰を受けるに至るのか事の顛末が気になるところではあるが、領主からは機密保護という名目の下に詳しい事情は明らかにされていない。


聞くところによると嫁が五人に子供が十七人いたそうだが、この金髪幼女はその末子だそうだ。貴族は一夫多妻が一般的とは言え、その底無しの性欲には呆れを通り越して畏敬の念すら抱く。


このような高貴な身分の者が奴隷に落とされた場合、普通は国や領主に買われ知識奴隷等として働かされるものだが、如何様にしてか民間の奴隷商の手にまで回ってきていたようだ。


「元令嬢でございますから育ちも良く、何よりまだ幼いながらもご覧の通り非常に目鼻立ちが上品であります。将来は間違いなく目を見張るような麗人に成長するでしょう」

「うーん…」


しかし幼女はないだろう。それに準貴族とは言え元令嬢ともなると値段も跳ね上がるに違いない。とても俺の提示した予算では手が届かないと思うのだが。


『将来有望な腕利きの探索者様に特別出血大サービス』みたいなことを奴隷商人が宣っているが、どちらにしろ彼女の話を聞いてみないことには判断しかねる。先ほどから何故か自己アピールを行わずにうつむいているので名前も分からない。


とりあえず名前だけでも教えてくれと声を掛けようとしたところで、奴隷幼女の口が漸く開いた。



「わたくしは貴方のものになるつもりはございませんので。ご購入は遠慮してくださいまし」



視界の隅で、頭を抱える奴隷商人の姿が見えた。

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