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銀の微笑

長期未投稿のこの話に、

お立ち寄り下さいまして、本当にありがとうございます!

 優しい日差しと新緑の生命力に包まれた公爵家の庭で、多くの祝福に囲まれながら新郎新婦が招待客に挨拶をしている。

 いや、新郎新婦という言葉を二人に使うことは、適切ではないのかもしれない。二人は夫婦の誓いを交わしてから、優に半年は過ぎているのだから。

 けれども、今日のお披露目を迎えるまでは、共に暮らすことを許されなかった二人には、今日からが夫婦としての始まりなのだろう。

 主役の二人の装いは、二人の美しさを引き立てるべく意匠を凝らし、贅を尽くした素晴らしいものだが、ようやくこの日を迎えた二人から溢れ出る笑顔の輝きの前では、霞んでしまっていた。

 挨拶を返す客の半分は魔法使いであり、彼らは新郎新婦がどれほど幸せな思いを抱いているかを、二人から立ち上る魔力から感じ取ることができ、自ずと笑顔を返している。


 そんな幸せな光景を、祝福の賑わいから離れた庭の片隅で眺める魔法使いがいた。

 銀の髪は日を受けて輝き、彼の持つ神々しさを強めている。紫の混じった青の瞳は強い魔力をはらみ、見る者の目を捉えてしまうが、今日は、その瞳は柔らかな光を帯びていた。

 本来なら、新婦の叔父である彼は、二人に近い場所で言祝ぐ立場であるが、見る者の魂までも奪いかねない美の持ち主であるハリーは、客の祝福を乱さぬよう、人目につかない場所で、最愛の姪の幸せなひと時を見つめている。


 ハリーにも普通に参加してほしいと、シルヴィからは全員が仮面をつける仮装パーティーにすることを提案され、それを断ると、セディ以外ならすべての客の心を奪っても構わないからと懇願され、セディからはシルヴィの美しい姿を自分が独占できるからと真剣な面持ちで後押しされたものの、ハリーが頷くことはなかった。


 当たり前の幸せな光景を護りたかったハリーの思いは成就し、今、ハリーは目に映るシルヴィの幸せな笑顔と彼女の魔力の波動を存分に感じ取り、自身の銀の魔力まで立ち上っていた。


 シルヴィとセディが出会ったときに、ハリーは今日のこの光景を魔力で視た。

 予知を得たその日から、ハリーは、幼いセディを最愛の姪を託すに相応しい存在となるよう、徹底的に鍛え上げてきた。意図は伝えずに。

 もっとも、シルヴィへの想いを自覚した少年は、彼自身の意志で己を鍛え始め、そしてシルヴィ自身も護られることに甘んじず、自分を鍛えることを選び、精進を重ねた。


 今のハリーは、この二人なら、幸せを築いていけるだろうと信頼している。

 既に、若い二人は結ばれるまでに降ってわいた大きな試練を見事に乗り越えている。

 

 感慨が押し寄せ、銀の魔力が一段と放たれた。

 

 彼の波動を感じ取ったシルヴィは一瞬こちらを見遣り、笑顔を深めた。

 ハリーは笑顔を返し、祈りを込めた守護の魔法を彼女に贈ると、するりとその姿を消した。

 

 難なく王城へ転移し、ハリーと同じく今日の出席を見合わせた人物の部屋に現れた。

 側近のいない部屋で一人書類に目を通していた彼は、転移に気づき、書類から顔を上げた。

 ハリーを認めると、濃い青の瞳は穏やかに問いかけた。


「シルヴィは美しかったかい?」

「この上なく」

 

 シルヴィから忠誠の誓いとともに分け与えられている魔力で、彼女の幸せな気持ちは聞くまでもなく感じ取っているのだろう。ハリーの簡潔な答えにリチャードは小さく頷き、それ以上二人について問うことはなかった。

 リチャードは書面に目を落としかけたが、ふと顔を上げ、引き出しから紙を取り出し、守護師へと差し出す。


「昨日、預かった。今日、渡すようにと」


 その紙からシルヴィの魔力を感じ、ハリーはそっと手を伸ばし、受け取った。

 折りたたまれた紙を広げると、空間に仕舞われていた魔法石がふわりと浮かび上がる。


――このような技まで身に着けたのか。


 学園では教えていない高度な技に自分の知らないシルヴィの成長を感じて目を細め、魔法石を見遣ると、魔法石は白金の光を放ち、穏やかな魔力がハリーを包み込んだ。

 そして、魔力はハリーに思念と祈りを届けた。


――叔父様。必ず幸せになります。いつも愛を下さりありがとうございます。私もいつも貴方を愛しています。いつも貴方の幸せを祈っています。…兄上…。


 最後に小さく優しく付け加えられた呼びかけに、ハリーは目を閉じた。

 この地では神話からも忘れ去られた遠い昔の日々が、鮮明に蘇る。

 シルヴィにその日々を思い出してほしいと願ったことはなかったが、長い時を共に歩んだ彼女が思い出してくれたことは、やはりうれしいものがあった。


 押し寄せた歓喜が自分にゆっくりと広がるのを感じながら、ハリーは目を開けた。


 こちらをじっと見つめる濃い青の瞳が、ふわりと緩んだ。

 その表情に似合う凪いだ海のような思念がハリーに伝わってきた。シルヴィに忠誠を誓われてから、この若者は本当に穏やかになり、そして揺るぎない芯を持った。

 その心持ちから、リチャードには次期国王として風格が現れ始めている。

 今も、ハリーに無理に内容を聞き出すことはなく、ハリーの珍しくも明るい表情に鷹揚に頷くに止めていた。


「いいことが書かれていたようだね」

「この上なく」


 再び簡潔にしか返さない魔法使いに、僅かに苦笑を浮かべた後、リチャードは自身の机に積まれた書類に目を遣り、溜息を付いた。彼の側近は20日も休みをもぎ取って行った。

 初日で既にこの状態だ。リチャードは書類に眉を顰めながら、ハリーに再び問いかけた。


「私は最高の宰相を得るのだな?」

「私の予知ではそうだ」


 今度は少し長くなった回答に、未来への期待を仄かに滲ませ、リチャードは頷いた。


「ならば、20日は耐えるしかないな。何倍にもなって返ってくるはずだから」


 小さくぼやきながら、書類に意識を戻した未来の国王の姿に、ハリーは銀の魔力を揺らめかせ、微かに口の端を上げていた。

 


お読み下さりありがとうございました。

ヒューの番外編を書く前に、こちらを書かなくてはと思い立ちました。

「恋の締め切り」では割愛したハリーの前世に触れて、申し訳ございません。

(「恋の手合わせ」の方では、少し書いています。)

今回、密かに、リチャードは気持ちの区切りがついていることを書いたつもりです……。

後、1話でこのこぼれ話は一度完結とします。

また、気が向かれた折に、お立ち寄り頂ければ、幸いです。


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