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父たちの飲み会

お立ち寄り下さりありがとうございます。シルヴィとセディの父親同士の話です。

殿下のお披露目会が終わり、残務処理にもようやくめどが立ったころ、僕は久しぶりに宰相を務める友の屋敷を訪れた。

厳めしい表情が常態のアルだが、さすがに緊張が緩んだのだろう、少し和らいだ雰囲気がある。

彼にとっても、国にとっても素晴らしいことだ。


それでも人払いを執事に厳重に指示し、彼は僕をもてなすために手ずからグラスにお酒を注いでくれる。

あの見覚えのある瓶は、チャーリーのバタタス酒だ。

思わず顔が綻んでしまう。


「久々に味わえる。僕の手元の瓶はすべて配りつくしてしまったんだよ」


アルは片眉を少し上げ、微かに頷いた。

そして、まず、テイスティングを始める。


え?そのグラスは僕のためのものではなかったのか?

テイスティングにしては量が多いだろう?


アルはゆったりと飲み干し、その味に深々と頷き、やっと僕に注いでくれた。

グラスから立ち上る果物のような香りを味わい、僕も一息つき、この数か月の間、アルに言いたかったことを言う。


「一言、詫びがあってもいいと思うのだが」


アルははっきりと片眉を上げた。

詫びるつもりはないらしい。

僕は溜息が漏れた。


「毎日、本当に毎日、親王妃派に押しかけられて、屋敷を吹き飛ばしたくなる程、うんざりしたんだぞ」


シルヴィには想う相手がいるというのに、本当にめげない連中だった。

思い返したくない日々が頭に蘇り、目の前のアルへの不満も再燃した。

そもそも、アルが二人の婚約を頑として認めなかったために、付け入られたのだ。

僕はシルヴィが学園に入る前、そして卒業前にも、二人の婚約を持ちかけたのに、彼は「まだ早い」と一言で退けたのだ。


殿下の婚約者を決めることが難しいことは、十分承知していたが、シルヴィもセディも他の相手などあり得ないことは親から見ても明らかなのに、政治を優先するその態度に少なからず僕は驚いたものだ。


彼とは長い付き合いだが、厳めしい外見に反して、情に厚いところがあると思っている。

だから、彼が情の厚さから政治的決断に苦しむ負担を少しでも減らそうと、彼に影から協力するために、僕は「どこから見ても人の好い」顔を生かして諜報活動をするようになった。


けれど、今回の彼の行動は僕に疑問を覚えさせた。

男の子の親と、女の子の親は子どもの結婚の意識が違うのだろうか。


いや、自分を正直に見つめれば、突き詰めて考えたくない疑問が沸き上がっていた。


宰相という立場は彼を変えてしまったのだろうか。


もやもやとした黒い霧を晴らすべく、僕は話を続けた。


「チャーリーとシャーリーは、シルヴィが殿下の婚約者にさせられた場合に備えて、駆け落ちの準備をしていたぞ」


主の幸せのため、二人は秘密裏に荷物をまとめ、逃走経路も確保していたらしい。

諜報活動をしている僕には筒抜けで、意味はなかったのだが。

よりにもよって、チャーリーは駆け落ち先を自分の故郷、フィアス国ベインズ領にしていた。

真っ先に疑われる場所だろうにと、僕は頭を抱えたものだ。


アルは、一杯目を飲み干していた。

当然だが口を開かないと飲むペースが早い。僕はまだ半分ほど残っている。

アルは二杯目に入った。瓶に残っているバタタス酒は半分ほどだ。


少し悔しくて、グラスを口に付けたとき、

お披露目会が終わり、チャーリーが笑いながら駆け落ち計画を告白したときの会話を思い出した。

そうだ、あのとき、駆け落ち先についての僕の指摘を、彼はふわりと笑って否定したのだ。

「ベインズ領こそ守ってくれるはずです」


一国の王太子の婚約者を隠れて抱え込むことは、政治的なリスクを抱えることとなる。

一国の王太子の顔に泥を塗ったものを抱え込むことは、泥を塗ることを容認していると捉えられる可能性があるからだ。

いくらチャーリーの父が領主であり、そしてフィアスの宰相であっても、そのようなリスクを抱え込むことは避けるべきことだ。

それを分からないチャーリーではないのに。


一瞬、脳裏で閃いたことがあった。


いや、いくら何でも、あの頃は…


即座に自分でもそれを否定したものの、それでも、友が変わってしまったかどうか、見極めたかった。

どちらかと言えば、変わっていないことを知りたかった。


僕は、一口、美酒を飲み、アルを見つめた。

彼はもう二杯目も空けてしまいそうな勢いだ。

彼の飲むペースを遮るためにも僕は言葉を紡いだ。


「常々、疑問に思っていたんだが、あの堅物のベインズ公爵が、息子を託すという大きな借りを作る事を、よく決意したものだね」


チャーリーの父、ベインズ公爵はよく言えば実直、悪く言えば堅物な性格で、相手に何の見返りも与えられないのに借りを作ることは、性格として耐え難いものだったと思われる。

チャーリーを亡命させるとき、アルが何度も受け入れを申し出ていたのに、公爵は――当時は侯爵だったが、ぎりぎりまで決断を伸ばしたのだ。


僕の思惑通り、アルはグラスから口を離し、こちらを睨むようにして答えを返した。


「事がなした暁には、不戦条約を結ぶ話が付いていたではないか」


もちろん、それは僕がアルからの密書を運んでいたので、知っている。

けれど、それはベインズにとっては救いだった。ウィンデリアは、フィアスの内乱の間、攻め込まず、ベインズを暗黙に支持することになるからだ。

条約はさらに借りを作るものだったろう。


僕は密書に目を通していない。

アルは他にベインズ侯爵を懐柔させる取引を盛り込んだのではないか。


僕は一杯目を飲み干した。

アルは嫌にゆっくりと二杯目を注いでくれる。

僕に飲ませたくないのかと思ってしまうが、それこそ考え過ぎだろう。


いや、彼はまだ二杯目が空いていないのに、彼のグラスにも注ぎ足したところを見ると、考え過ぎではないようだ。

瓶にはもう四分の一ほどしか残っていない。


僕はアルがグラスに口を付ける前に、勝負に出た。


「あんな頃から駆け落ちを想定していたのかい?」


アルは眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような表情でグラスを一息にあおった。


「何てことを!せっかくの美酒をそんなぞんざいに飲むとは!それぐらいなら僕に回せ」


僕は立ちあがって瓶を手に取ろうとして、アルにかっさらわれてしまった。


「ふん。意地の悪い人間にこんな美酒を飲ませるつもりはない」


そのままグラスに注いで、飲み干してしまった。

子どもじみたその行動に、僕は唖然としてしまった。

しかし、アルの大人気のなさを責めている余裕はなかった。


僕の様に大々的にバタタス酒を宣伝することはなかったが、アルもさりげなく訪問者にバタタス酒を広めていることは知っていた。

僕の所の瓶はもうない…。


自分のグラスにわずかに残ったバタタス酒を眺めながら、尋ねた。


「まさかと思うが、その瓶で最後ということはないだろうね」


アルはギロリと音がしそうな強さで僕を睨んだ。


「最後だった。お前のせいで、しみじみと味わえなかったぞ」


あああああ。


叫びが声に出ていたかどうかは分からない。そんなことはどうでも良かった。

知っていれば、ゆったりと心ゆくまで味わってから、ねちねちとアルをいたぶったのに、なんて勿体ないことをしてしまったのだ。


僕はグラスに残った最後の美酒を眺め、そして、気が付けば笑い出していた。


アルはまた僕を睨んでいたが、気にならなかった。

素直でない彼は、国難を乗り切った宰相は、僕の知っているアルだった。


とうの昔に、シルヴィがまだ殿下を救う前に、シルヴィとセディの結びつきを感じ、将来の二人の結婚を危惧して、二人が結ばれる場所を確保していたのだ。

二人が結ばれることを確信しているなら、後は政治に専念すればよかったのだ。


しかし、あの頃の二人は、4歳か5歳だったはずだが…


アルの過保護ぶりを実感し、僕は再び笑い出してしまった。


ふてくされた表情を隠しもしない過保護な親は、もうすぐ愛しい娘の義父になる。

きっとこれからも、分かりにくく、それでもしっかりと娘の幸せに気を配ってくれるだろう。


僕は満ち足りた思いで手の中の最後の美酒を飲み干した。



お読み下さりありがとうございました。

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