僕の誕生日1
お立ち寄り下さりありがとうございます。
彼女が僕に抱き着き、彼女のくれた印から魔力を送り込みながら、囁いた。
「セディ、絶対に誕生日のお祝いをしましょう」
先のことなど考えられない状態だった僕には、彼女のくれた言葉は眩しい程に嬉しくて、彼女と額を合わせて僕は答えた。
「そうだね。絶対に二人でお祝いをしよう」
約束だった。
今日、僕は誕生日を迎えた。
「セディ、お誕生日おめでとう」
ホテルの夕食の席でシルヴィが改めてお祝いの言葉をくれた。
今、僕たちは王都から離れ、アリスのお祝いに参加するための旅の途中だ。明日にはお祝いの伯爵領に入るだろう。
旅のお陰で、一日中、シルヴィの顔を見ることが出来る。
こんな幸せは、初めてだ。
叶うものなら、夜寝るときも、朝の目覚めも、シルヴィの隣にいたかったが、それは父から明確に禁止されていた。
――お披露目の会を待たず懐妊などさせて、これ以上、シルヴィア嬢の名誉を傷つけることは、たとえ夫の立場でも許されるものではない
旅立つ日に、父から曲解しようがない程、はっきりと言い渡されたのだ。
この半年、僕の心が死んでいたため、殿下にもシルヴィにも心配と苦労をかけてしまった。
シルヴィは殿下との婚約を避けるため、僕に印を贈ったことを醜聞となることを覚悟で公表したのだ。
自分の不甲斐なさで、シルヴィに婚姻前の令嬢としてあるまじき醜聞を流させてしまったことは、悔いても悔いきれない思いだった。
父に言われずとも、シルヴィの名誉を守りたい。
当初、父は二人で旅行に出ることも反対していた。
意外にもハルベリー侯爵夫妻が「もう夫婦なのだから」と許してくれたのだ。
信頼して下さっていることが嬉しくも辛かった。
今日一日ずっとシルヴィの傍にいられたのに、別の部屋でシルヴィの顔を見られずに寝ることは、耐え難い苦行だった。
けれど、同じ部屋で、同じ寝台で寝て、何もせずにいられる自信は欠片もなかった。
――シルヴィの名誉を守らなくてはいけない。
夕食が近づき、シルヴィとの別れの時間が迫るにつれ、呪文のように唱えていた。
「この後、プレゼントを渡しに行ってもいい?」
シルヴィの愛らしい声が、僕の邪念を振り払った。
「ありがとう。嬉しいよ」
いつ倒れても不思議はないあの忙しさの中で、プレゼントを用意してくれたのかと思うと頬が緩む。
シルヴィは僕の顔を見て、薄っすら頬を染めた。
…っ。
テーブルがあって良かった。抱きしめてしまうところだった。
密かに呼吸を深くして気持ちを整え、その後は夕食を楽しむことに専念した。
考えてみれば、シルヴィと夕食を取ることは子どもの時以来だった。
子どものころと変わらず、彼女は食後に出てきた林檎タルトに目を輝かせていた。
僕の好きな彼女の顔の一つだ。
この顔が見られただけで、もう十分祝ってもらった気がする。この半年、僕が壊れたためにシルヴィの顔を曇らせていた。
もう、曇らせない。
僕は改めて心に誓った。
「少し待っていてね。プレゼントを持ってくるわ」
夕食が終わり、部屋の前でいったん別れた。
ドアを閉め、そのままドアに寄り掛かった。
邪念と願望と理性に振り回され、精神的に疲れたようだ。息を吐いた。
ドアがノックされた。
慌てて開けると、チャーリーがこれまで見たことのない複雑な顔をして立っていた。
「どうしたんだい」
「いえ、実は…、シャーリーが…」
そこまで言葉にして、チャーリーは顔を真っ赤に染め上げた。僕より10歳は年上なのに、チャーリーは異性のことでは僕よりも純情だ。
大方、シャーリーとブリジットから僕を積極的にさせるように説得されたのだろう。
視線を彷徨わせていたチャーリーは、次には青ざめて呟きだした。
「しかし、その…、ハリーが…」
ハリー?
予想外の名前に僕は眉を顰めた。チャーリーはハリーと歳が近いこともあり、仲が良い。
ハリーが何か言ってきたのだろうか。
「ハリーは何を――」
「お待たせ、セディ」
恥じらいを含んだ愛らしい声が僕を遮った。
その声を耳にするだけで、胸が温かくなる。シルヴィに微笑みかけながら、目の端で、チャーリーがシャーリーとブリジットに両脇を固められ、引きずられていくのが見えた。
まぁ、気の毒だが、チャーリーには自分で危機を脱出してもらいたい。
ハリーのことは明日まで置いておこう。
チャーリーの健闘を祈りながら、僕はシルヴィを部屋に招き入れた。
「お茶を淹れるから、座って待っていてくれるかな」
僕はポットに茶葉を入れて、シルヴィを見た。
そして、次の瞬間、茶葉もハリーも何もかも頭から消え去った。
シルヴィは寝間着、それも極めて薄い生地のナイトドレスだったのだ。
僕は天を仰ぎたかった。
父上、ハルベリー侯爵、僕の理性が試されるときが来たようです…
お読み下さりありがとうございました。更新が遅くお恥ずかしい限りです。そして、申し訳ございません、この話が次回も続きます。