約束と手紙2
お立ち寄り下さりありがとうございます。アリソン(しかしかなりダニエル)の話の続きです。
学園で8年余りをあいつと過ごした。だが、あいつにとって俺はどうでもいい存在だったらしい。
あいつが明日で卒業するという日、俺は怒りで足が止まらず、あいつの部屋のドアの前を行ったり来たりうろついていた。
覆面をした銀の守護師が音もなく部屋から出てきた。
「目は覚めたが、まだ弱っている。手加減してやれ」
怒りに沸いた俺の頭に沁みこむ声だった。魔力すら感じるその声のお陰で、殴ることは我慢できそうな気がしたが、怒りは収まらなかった。
怒る権利ぐらいはあるんじゃないか?それすらもないのか?
俺は部屋に入った。
ダニエルは上半身を起こしていた。守護師の言う通り、弱っている。魔力が今まで見たことがない程薄く、顔色も青ざめていた。
俺はそのまま怒りをぶつけるのは躊躇われ、俯いて話すことにした。
「体調が良くない時に、悪いとは思うが、一つ言いたいことがあるんだ」
思いの他、声は穏やかなもので、自分でも驚いた。するりと言いたいことを言うことができた。
「俺は怒っているんだぞ」
薄いながらもあいつの魔力が揺らいだのが分かった。
驚いたのか?
全く俺の怒りを予想していなかったことに、怒りが増した。
「お前、死ぬつもりだったろう」
俺の声は地を這うようなものになっていた。あいつの魔力はまた揺らいだが、あいつから否定の言葉は返されなかった。
俺は耐えきれず顔を上げ、あいつの胸倉をつかんだ。俺の魔力が立ち上り、あちこちに電気が走っていたが、どうでもよかった。
「何で、そんな大事なこと、一言も俺に言わないんだよ!!
お前にとって、俺は単なる同級生なんだろうが、8年、8年も一緒にいたんだぞ!!
あんまりじゃないか!!」
俺は息が上がって、これ以上続けられなかった。喉が痛むほど怒鳴ったおかげで、幾分怒りが吐き出されたようだ。俺のこの怒りは単なる八つ当たりだったことが分かってしまった。
ダニエルにとって友人でもなかった俺に、一言もないのはおかしいことではなかった。
結局、俺は事前に何も知らされずに死んでいかれるような、軽い存在だったことに耐えきれなかったのだ。
俺はあいつの胸倉を放し、ドアに向かった。
「弱っているときに怒鳴って悪かったな」
明日でこいつとは一生の別れだ。馬鹿らしいことをしたものだ。
「お前に言えば、必ず反対されると思った。だから言えなかった」
あいつからぽつりと零れた呟きが背後で聞こえた。死ぬような魔法を使うなんて誰だって反対するに決まっている。それが俺に言えない理由になると思っているのだろうか。
「お前に反対されれば、俺は迷うことが分かっていた」
何だよ、それで絆されると思っているのか?
「俺にとって、お前は一番の友だちだから、お前に反対されると絶対に迷うと分かっていた。だから、言えなかった」
俺は溜息を吐いた。
こいつはずるい。
こんな一言で、あんな勝手なことをしでかしたこいつを俺に許させてしまうんだから。
俺はドアを睨みつけながら、唸った。
「この貸しは高くつくぞ」
「ああ、悪かった」
神妙にダニエルは謝った。俺はそれを鼻で笑いながら、断固としてドアを見たまま考えた。
このずるい奴に一泡吹かせてやりたい。
「女の子を目一杯たくさん紹介してくれ。俺は可愛い子が好みだ」
ダニエルの一番苦手な分野を要求してやった。
少しは困れよ、俺は怒ったんだからな。
「分かった。努力する」
俺の思惑は当たったようで、ダニエルは呻くように返事をした。見てはいないが、頭を抱えていたのだろう。
こうして俺たちは別れた。
そして、王城で働くことになったあいつは、勤め始めたばかりなのに、国の一大事に巻き込まれたらしい。
特に手紙などのやり取りはなかったが、アリスたちからその様子は聞くことが出来た。
守護師とシルヴィの傍にいたために恐らく多忙を極めたのだろう。
まぁ、あいつのことだ。意外と飄々と乗り切っていたのかもしれない。
王太子の暗殺が何とか未遂に終わったころ、不思議な新入生がやってきた。
ダニエルを思い起こさせる彼を見て、俺は初めてあいつに手紙を書いた。
驚いたことに、あいつから返事が来たのだ。しかも封筒はかなり厚かった。
実は、この半年でストレスが溜まっていたのか?
俺は少し焦って手紙の封を切った。
便箋の一枚目に、見慣れた角張った字がほんの少し書かれていた。
「これで許してくれ」
どういうことだ?
二枚目を見る。一枚目とは対照的に柔らかな整った字でびっしりと便箋は埋められていた。
「アリソン先輩
お久しぶりです。シルヴィアです。
ダニエル先輩からご要望を聞きました。私と王城勤めの女性の先輩で紹介できるフリーの女性の方を書き上げました。素敵な出会いがありますように!
まず、アビーさんは、笑った時のえくぼがとても可愛い方です。
バーバラさんは、お菓子を食べる時の顔が、見ているこちらまで幸せになる顔で素敵です。
キャンデスさんは、…」
延々と便せん3枚にわたってシルヴィが好きなところを紹介されていた。
俺は手で口元を覆ったが、笑い声が漏れてしまった。結局、大笑いしていた。
あいつがどんな顔でシルヴィに頼んだのか、実に見てみたかった。
耳まで赤くしていただろうか。
さて、どうするかなぁ。
俺は笑いながら考えた。
こんな手を使うとは、やっぱりずるい奴だ。赤くなって頼んだことで許してやるべきだろうか。
まぁ、アリスの結婚披露宴であいつの顔を見て決めることにしよう。
お読み下さりありがとうございました。アリソンの話はこれで終わりです。長くなって申し訳ございませんでした。