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もう一度進路を決めた日

お立ち寄り下さりありがとうございます。「恋の締め切りには注意しましょう」の番外編、後日談です。本編もあわせてお読み下さるとありがたい限りです。

部屋はいつもより静かだった。

紙にペンを走らせる音が、はっきり耳に入るほどだ。

いつもは守護師とあいつと俺の3人で仕事をしているが、今はあいつがアリスの結婚披露宴に出席するため旅行に出ている。

部屋には俺と守護師の二人だった。


俺も披露宴に招待されているが、転移で向かうつもりなので、今日も仕事をしている。

初めは、あいつも転移で行く予定だったが、セディが「僕はその距離は転移できない」と訴え旅行になったのだ。


しかし、セディのやつがあの距離を転移できないというのは、嘘じゃないのか?

シルヴィを抱えて城内を易々と転移できる力があって、単独の転移であの距離をこなせないとは考えられない。

まぁ、晴れて夫婦になったばかりだ。新婚旅行なのだろう。

深くは詮索しないで置いた。


そして、俺は守護師と二人で仕事をしているのだ。

守護師から溢れる、厳しさを感じる清らかな魔力が今日は部屋に強く満ちている。

いつもはあいつから溢れる治癒の魔力が中和してくれるのだが、今日はいない。結果として、厳しい魔力は俺にいつもより居心地の悪い思いをさせていた。


ならば、いっそのこと聞いてしまおう。

俺は決断した。


「学園の友人から手紙が来たのです」


思ったより普通の声で守護師に話しかけていた。

守護師はゆったりとこちらを向いた。艶やかな銀の髪がはらりと肩から落ちる。それだけでゾクリとする美しさがあった。


「新しく入園した魔法使いが、とても奇妙なやつだと書いてありました」


銀の眉が片方だけ微かに動いた。

俺は唾を飲み込んで、続けた。


「魔力は少ないのに、その使い方が恐ろしく上手いのだそうです。もう学園で学ぶことがあるのか疑うぐらいに」


守護師は全く動かない。魔力にも変化は見られなかった。

俺は手に汗を握っていた。自分の鼓動が聞こえてくる。

守護師にはもう俺の次の質問は届いているはずだが、彼は何も言わない。

彼は思考を読んでいても、相手の意思を尊重して、相手が思考を外に出すまで返事をしないことにしているようだ。


俺はもう一度唾を飲み込み、疑問を外に出した。


「あの赤い光の魔法使いはどうなったのですか」


魔力がまるで笑ったかのように微かに揺らいだ。


「彼は死んだと報告されただろう。訊いてどうする」


確かに訊いて何かすることはない。けれど、もし自分の予想が当たっている場合は、どう危険に対処するのか確認しておきたかった。

俺は尋ね方を変えた。


「もし新入生の魔力が暴走したら、どうするのです」


守護師の口角が僅かに上がり、再び、魔力が揺らいだ。


「あの者は自分の魔力を抑え込むことに、人生の大半を費やしてきた。王都に潜入してさえ、この私が居場所を把握できない程、全精力を費やして抑えてきた」


「彼はこの国では、そして記憶を覗いた限りでは彼の国でも、暴走したことはないと言っていい。彼が暴走したことは生涯に一度だけだ。その一度は、彼が幼い時、初めて魔力が芽生えた時だ」


守護師は銀の睫毛を伏せ、表情を消し去った。恐らく、その暴走は痛ましいものだったのだろう。


「意識のある間は常に、眠るときは暗示をかけて、抑え込んでいた。強い魔法使いは、誰しも多少は魔力を抑えているが、彼はあの甚大な魔力を完全に抑え込んでいた」


この守護師も魔力は溢れ出ている。長年魔力を抑え込んでいたシルヴィも身に纏うぐらいには魔力が溢れている。完全に抑え込むのは、労力が要るのだ。

あの魔法使いはどれだけ暴走を恐れていたのだろう。


「彼の人生は死んでいたといっていい」


魔法使いにとって魔力は命の一部分だ。守護師の言葉は誇張ではないだろう。

銀の魔力が煌めいた。


「生きる方法があれば、生きてもよいではないか」


俺は頷いた。


「私とシルヴィの魔力で封印をかけている。お前が心配する必要はないはずだ」


守護師は俺から視線を逸らし、微かに俯いた。


「私が彼より先に死ぬ場合は、私は彼を殺してから死ぬ契約を交わした」


この半年、ぼんやりと感じていたが、この守護師は外見と口調に反して、情に厚い。

その契約が、赤い魔法使いを生かす条件だったのか、彼自身から頼まれたことなのか、両方なのかは分からないが、守護師が平静な感情で契約を交わしたはずはなかった。

ここにシルヴィがいなくてよかった。

あいつは守護師を想って、苦しんだだろう。そして、きっとこう言ったはずだ。


「あなた一人が背負う必要はない。俺が手を下します」


この世を去る時ぐらい、安らかに逝ってほしかった。生まれ落ちた時から重いものを背負い続けた守護師の最期は安らかなものであってほしかった。

守護師は俺の涙を拭った。


「お前はいい奴だな」


そう言っただけで、守護師は俺に契約を託してはくれなかった。

今日は引き下がろう。時間はまだ十分にある。

守護師は身を翻し、席に戻りながら、身体に沁みこむような声でさらりと告げた。


「シルヴィの傍にいるのが辛ければ、他所へ移っていいのだぞ」


俺は笑いを噛み殺した。やはり、この守護師は情に厚い。確かにシルヴィがセディと印を交わしたことは、胸の奥で疼くものがある。

けれど――


「移りませんよ。俺はいつかシルヴィに忠誠の印を贈ろうと目論んでいるんです」


今でも、あの時の、全てが満たされ、喜びに震えた瞬間が体に刻み込まれている。

どこに行っても、どれだけ時が過ぎても、あの至福の時から逃げることはできないと体で分かっている。

ならば、とことん浸っていくしかない。

俺はシルヴィの傍にいて、支えていきたい。一生の間ずっと。

あいつの傍に俺の居場所もあるはずだ。

あいつの魔力は、各国に知れ渡った。あの魔力を狙う輩も遠からず現れるだろう。

だから俺のシルヴィを護る役目が終わっていない。俺の居場所はあり続ける。


「いつか、印を贈ってみせますよ」


今はまだ、胸の奥の疼きで「忠誠の印」は贈れない。だけど、いつかきっと忠誠を誓える俺になってみせる。必ず。


俺の思考を読んで、銀の魔力が微かに柔らかく揺らいでいた。


お読み下さりありがとうございました。このこぼれ話は不定期で投稿する予定です。シャーリーとチャーリーは別の話で投稿しますので、それ以外の登場人物と、最後は主人公たちの後日談になる予定です。

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