はじめての相手
砕ける音がした。
それはとても澄んだ音色だった。
僕はその音が何を意味しているのか分かっていた。
分かっていたけれど、分かりたくなかった。
手元を見ることさえ嫌だった
軽くなった手の感触に怖気が走る。
「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
僕の手にあった飾り気の全くない剣の残骸
血まみれのバケモノと僕
思い出すのは君の声
「あいびぃ……どうして……どうしてぇ……」
もう聞こえない、もうきこえない、なにも
分からない。
どうしてこんなことになったのか。
※※※
気がついたときに僕は石に囲まれていた。
「どこだよ……ここ?」
僕は制服を着て学校へと向かっていたはずだ……なぜか家から出てからの記憶が曖昧だったけどそのはずだ。
「母さんのことに踏ん切りがついたっていうのに……」
不幸な事故に奪われたものは命だけではなかった、それでも僕は立ち上がることに決めたんだ。
なのに
「……とりあえず外に出てみないと」
石で出来た遺跡のような部屋の出口はすぐに見つかった、というかアステカ?みたいな文様とか薄ら光る石とか初めて見たものばかりだ。
ここはどこなんだろう?
「……森?」
一つしか無い出入り口から出た先には新緑が広がっていた、ただそれだけ。
他の情報はない。
「え……どうしよう……」
こんなときどうすれば良いのか……学校ではサバイバル技術は教えてくれなかった。とりあえず水がないと人は死ぬらしい、森のなかにも小川くらいはあるだろうからそれを探してみようかな。
「音が聞こえればいいんだけどな……」
ダメだ、音が多すぎて水の流れる音なんて分からない。木々の音も獣の声も虫の鳴き声も驚くほど近くて大きい、匂いも濃い。
獣?
襲われたら反撃も出来る気がしない、どうか襲われませんように。
「ぐるるるるる」
背後、うなり声
声は多分僕の腰くらいから、つまりは四足獣の顔の位置。
「話せば分かる!!」
振り向きながら大声を出してみた、威嚇代わりになって逃げてくれることを期待した
「があう!!」
ダメだ、のしかかられた。
ここから逆転はできない、あとは喉をかみつぶされておしまいだ。
ああ、これからだったのに。
いつもこうだ、なにかをしようとするとすぐにそれを阻止される。
でも、死んだら楽になれるかもしれない、それならまあ……いいかな?
「へっへっへっへっへ!!」
「あの……食べないの?」
「ワオン!!」
狼というよりは大型犬だけれど……人になれている感じがする。
「あ、こらルゥ。人に飛びかかっちゃダメだって言ったでしょう」
「ワオン!!」
「全く……返事だけは一人前なんだから……あの大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です……」
犬が避けるとようやく視界が開けて僕の目に飼い主が映った。
ハッカ色の髪を背中で緩く縛った小さな女の子だった、歳は13歳くらいだろうか。なぜか両目を布で覆っている。
「ルゥは人を見つけると誰でも飛びかかっちゃうから……ごめんなさい」
「大丈夫……あの君はこの辺りの人?」
できれば集落的なところへ連れていてくれるとありがたいなあ、僕一人じゃここで生きていける気がまるでしない。
「はい、近くのハザ村の者です。もしかしてあなたは領主様の使いの方ですか?」
「りょうしゅ……?えっと僕はいつの間にかここにいたんだけど……」
「まあ!!人さらいにさらわれたんですね!!何とか逃げ出してここに逃げ込んだのですね!?」
「え?ひとさらい?え?」
「それは大変でしたねえ……あまり大したことは出来ませんが村にきて私の家でゆっくり休んでください」
この子全然話聞いてない、でもまあなんか村へ連れて行ってくれるみたいだからつれて行ってもらっちゃおう。
「こちらです、足下には気をつけてくださいね」
「あ、うん。ありがとう」
「あ、私はアイビラントっていうんですけど皆アイビーと呼ぶのでそのように呼んでくださいね」
「……分かった」
初対面の子をいきなり呼べる訳ないのでもう少し慣れてから……かな。
アイビーについていくとあっさりと森から出ることができた、そこは農村地帯という感じで畑が広がっていた。
「ここから少し歩くとハザ村につきますから辛抱してくださいね」
「うん、分かったよ」
ちょこちょこと歩くアイビーを先導するように犬が歩く、どこかで見たことのある光景な気がする。
「盲導犬……」
「え?何か言いましたか?」
「聞きにくいんだけれど……目が見えなかったり……」
「違います違います、私は確かに欠片落ちですけど。見えますし聞こえますよ?」
ぴーすおふ?
「ピースオフっていうのは?」
「あれ?ご存知ないですか。ほかの国から攫われてきたのかな。欠片落ちは私みたいに目とか耳とかが普通より鈍い人のことを言うんです。その代わりに精霊様との関わりが強いんですよ」
「精霊……」
いよいよファンタジーじみてきた、薄々感じてきたけれどこれは異世界転移ってやつなのでは
「そうです精霊様です。……もしかして精霊術もご存知ないですか?」
「……はい」
「本当に遠くから攫われたんですねえ、精霊術っていうのは精霊様にお願いしてやってもらうことですよ。こんな風に」
アイビーが手をかざすその手につむじ風ができた。
「すごい!!どうなってるの!?」
「いや……だから精霊様にお願いをですね」
「僕もできるかな!?」
「んー、どうでしょう。私は風の精霊様と相性がいいのでこんな感じなんですけどあなたが何の精霊様と相性がいいのかは……あ、そういえばお名前聞いてませんでした。お名前はなんというんですか?」
「僕の名前?僕の名前は……」
分からない、記憶はある。
でも名前だけがとんと出てこない、母も父も友人も覚えている。名前だけが思い出せない。
僕は……誰だ?
「僕は……僕は……好きに呼んでくれればいいよ。そんな大層な人間じゃないから」
「そうですか?ではミアンさんとお呼びしますね」
「それはどういう意味の言葉?」
「旅人ですよ、攫われた人よりかは旅人の方が良いと思って」
「それは……そうだね。じゃあ僕は今からミアンだ」
新しい名前は驚くほど腑に落ちた。まるで最初からそんな名前だったかのように。
「ではミアンさん。もうそろそろハザ村に着きますから楽しみにしててくださいね?すっごく良い村なんですから」
「うん、楽しみにしてるよ」
「あっ、ブラートおじさんだ。ただいまー!!」
よく通る声でアイビーが叫び手を振った。
遠くの方で畑仕事をしている人影がある、微かに見えるが手を振り返しているようだ。
「良くわかるね。あんなに遠くなのに」
「風の精霊様が教えてくれるんだ、ほら見て村の入り口が見えてきたよ」
僕の視線の先には木で作られた大きな門が見えた、あそこが入り口ってことは結構大きな村なのだろう。
「それじゃあ、ハザ村へようこそ」
門がぎしりと音を立てながら開いた