風神会
ヤバイ事に手を出してヤクザの事務所に雑用をしにいくはめになった聡。性格からしてこちらの方が向いているかもしれないが・・・・
山本というヤクザに100万もの金を借りた聡は、何とか家に帰りつき。一晩眠りはしたのだが、本人が思う以上にリンチのダメージは残っていた。翌朝、山本との約束通り事務所に顔を出したものの・・・そのまま倒れこみ、結局若い衆に連れられて病院に担ぎ込まれ2日間入院してしまった。本業のバーもマスターに電話して1週間休みを貰わなくてはならなかった(顔の変形がひどかったのが主な理由である。顔面亀裂骨折、胸骨二本骨折、前歯2本、奥歯2本破損、その他もろもろ・・・)
後で解った事だが、病院代(入院費、歯の治療費)はすべて山本が支払ったらしい。
そればかりか、例の仕入れ先のヤクザにも一本電話を入れて揉める事なく抜けさせてくれたのも山本だという。(組の名前は言わなかったのだが、お見通しだったようだ。)聡は山本にたいする借りが100万だけではない事を知り、なぜそこまでする必要があるのか?問いただしたかった、しかしそれから1ヶ月は山本と喋るどころか、会う機会もなかった。
ヤクザに借りがある事に我慢ならなかった聡は退院してから毎日、事務所の掃除、雑用に明け暮れた。組の名は広域暴力団(四矢組)の傘下である風神会という名前で、山本はこの風神会の親元である四矢組から相談役として派遣されているらしい。立場的には風神会会長よりも上に当たるらしく、その為に今回の聡に対する『気まぐれ』とも言える行為がまかり通ったのであろう。
そう樫村という自分とほぼ同じ年代の構成員に聞かされた。他にも樫村には色々(雑用や組の事情など)教えてもらいながら毎日無難に過ごしていた。掃除、使いっパシリ、取り立てのお供
などが主な仕事である。樫村とは気が合い、よく飯を一緒に食ったり酒をのんだり、自分の勤めるバーにも誘って交流を深めていった。
特別な理由などない。ただ『いい奴』だったからである。
聡はもちろんヤクザになりたくて事務所に出入りしている訳ではない。よく来客などで気が利かないなどと上の者にどやされたり殴られたりは日常茶飯事だった。
今思えば、この時の経験は聡のなかで今の自分を作り上げる上で重要なファクターになったのではないかと思える。それぐらい中身の濃い数か月であった。
訳ありで事務所に出入りする聡の事を、樫村以外はおもしろくない存在として見ていた。
特に、最初に聡がのしてしまったチンピラの二人組である今野、原島という男達は、二人とも4つ程年上で、事あるごとに聡に当たり散らしていた。事務所内では一応一番下の立場になる聡は言い返す事も出来ず、ただ嫌がらせを受けては殴られる日が続いていたが、ある日の事。
久し振りに山本が事務所に顔を出すと耳にして、樫村にあらかじめ聞いておいた山本が好きなコーヒー豆を買いに近所の喫茶店に走った。
帰ってきて事務所の横の給湯室に入れておいた・・・・・筈であった。
しかし・・・山本が事務所に入り、すぐに給湯室にはいった聡が見たものは、
無残にも袋が破かれてばらまかれ、踏みつけられた豆だった。
もともと気が長いほうではない聡は、すぐに事務所に戻り例の今野と原島に掴みかかった。
「てめえら!何の恨みがあってこんな事するんだ!!」
「なんの事だよ!何癖付けるつもりなら相手になるぜ!!」
「だいたいお前はなんだ?!ヤクザでもねえくせにチョロチョロと事務所うろうろしやがってよ!気に食わねぇのはこっちのほうなんだよ!!表に出ろや!!」
「ああ、判った。後悔するなよ!」
そういって外にでようとした聡を樫村が見つけた。
「おい!聡!お前山本のオジキにコーヒー入れるんじゃないのか?!どこにいく?」
「その豆が捨てられてたんだよ!今から話付けてくる。」
そういって聡がさしている方向に今野と原島を見つけた樫村は・・・
「まて、話しつけるって?どうするつもりだ。」
「決まってる!ぶちのめして謝らせるんだよ!」
「・・・・お前、まだ判ってないのか?」
「なにが?」
そう聡が言うか言わないか・・・その瞬間に樫村に思いっきり殴られて聡は床に這いつくばっていた。
「・・・あ、イテテ・・・なんだよ!いきなり何するんだよ!」
そう言って樫村を睨むが、樫村は全く動じていない。
「いい加減にしろ!」
逆に怒鳴られる。
「お前がヤクザじゃないっていうのは判ってる。だけど最初にオジキはなんて言った!この事務所の一番下っ端で雑用しろって言ったんだろうが!!じゃあ今野さんや原島さんはお前にとって何だ?!兄貴筋だろうが!」
「・・・・・だけど樫村・・・」
「いいか、聡。俺は高校出てからこの世界に入ったから普通の会社なんか知らねえ。だけどな、兄貴って言やぁ、上司、オヤジっていやあ社長だよな。お前上司に意地の悪い奴がいるからって毎回締めてたら会社、首になるんじゃねえのか?・・・・この世界でも一緒だ。今後一切兄貴筋には逆らうな!」
「・・・・判った。」
「俺からもわび入れてやるから、一緒に土下座でも何でもやってやる。」
「いや、自分でケツふくよ。」
「いいからいいから。」
そういって樫村は先に歩いて今野達に追いついた。
「兄貴、すいません!俺が目を離した隙にこいつが兄貴に噛みついたみたいで。今山本のオジキが来られてます。オジキの用事が済んだら俺も一緒にわび入れますんで・・・どうか勘弁してやってください!!」
そういっていきなり土下座する樫村に驚いた聡だが・・・自分の不始末を人に任せる訳にもいかず、しぶしぶ一緒に土下座した。
「ほー・・・聡ちゃん・・・俺達の相手になってくれるんじゃなかったの?」
「おいおい、樫村、お前がかばう事ぁないんじゃないか?こいつには俺達がきっちり教育してやろうと思ってたんだがな・・・」
「いえ!こいつの面倒は自分が見るようにオジキから言われてますから、こいつの不始末は自分の不始末です。」
二人は顔を見合わせていたが山本の名前を出されてしまった事で、樫村の言う事を聞かない訳にもいかず、聡の出方を見ているようだった。
もちろんこんな事で頭など下げたくなかった聡だが・・・
「申し訳・・・申し訳ありませんでした。これから口の聞き方に気を付けます。」
たまらず詫びた。自分のせいで樫村が土下座しているのが耐えられなくなったからだ。
「ちっ・・・なんか興ざめだな。もういい、その代り今度生意気言いやがったらコンクリ抱かせて沈めるぞ!!」
「はい、俺からもよく言い聞かせます。すみませんでした。」
今野、原島の二人からすると樫村は年下だが、山本が目を掛けている事もあり、あまり事を大きくするつもりもなかったようで、それから無意味な嫌がらせは無くなった。
それからも聡は山本の顔を見る事はあっても、なかなか話す機会もなく、気がつけば事務所に出入りし出して半年が過ぎていた。
毎朝の日課になった事務所の掃除を始めると、
「ほー・・・なかなか様になってきたな・・・兄ちゃん。」
「あ、・・・山本の・・・オジキ」
「よせよ・・・くっくっく。お前ヤクザにはならねえんだろ?」
「あの・・・じゃあなんて呼べば?」
「まあ、呼び方なんざぁどうでもいい。それより、ほら!」
山本は半年前にこの事務所で聡が書いた100万の借用書を投げてよこした。
「え?・・・これ・・・」
「頑張ったな!今日でもう返済終了だ。シャブも抜けたみたいだしな」
「お陰様で・・・でも、もういいんですか?俺、100万分も働けてないと思うんですけど。」
「なんだい・・・まだヤクザの仕事したくなったのか?」
「いや!そんな事はないんですけど・・・・・でも、何故ですか?」
「・・・ん?なにが?」
「なんで俺の事助けてくれたんですか?!」
「・・・・別に?理由なんざない・・」
「でも・・・」
「もういいじゃねえか!とにかくお前はもう薬やヤクザに関係ない綺麗な身体になったんだ、次はねえからな!真面目に本業に身ぃ入れて働け。」
「判りました。ありがとうございました。」
「おう・・・じゃあな。」
丸1日いつものように雑用をこなし、会長の神常と若頭(聡に暴行を加えた張本人)の北見に挨拶を済ませて事務所を後にした。樫村が飲みにつれて行ってくれるらしい。
ささやかな送別会という訳だ。
しかし樫村と待ち合わせたクラブに当の樫村がこない・・・・
仕方なく事務所に連絡を入れてみる。
「お疲れ様です。三浦ですけど・・・樫村は?まだいるんですか?」
「・・・おう聡か、樫村と約束でもあったのか?」
若頭の北見であった。北見が事務所にかかってきた電話を取る事などいままでなかった。
なにかあったのではないか?聡はそう考える。
「あの・・・なんかやばい事でも・・・」
「ああ、さっきまで山本のオジキについてたんだけどな・・・どっかの鉄砲玉がオジキを打とうとしたみたいでな、樫村に当たっちまったんだよ。まあかすり傷だけどな・・・」
「じゃ、じゃあオジキは今・・・」
「ああ病院に一緒にいってる。護衛がいるんだが・・・会長にもつけてて空きがいねえんだよ」
「あの・・・じゃあ俺いきましょうか?病院って済世会でしょ?」
「お前が?・・・・そうだな、じゃあ頼むわ。」
「判りました。」
聡は樫村が心配な上に山本に直接恩返しが出来るかもしれない・・・・
そう思い急いで病院に向かった。
樫村が撃たれた!かすり傷らしいが、山本の護衛を買って出た聡、危険はないのか?




