ほろ苦い経験
大同商会(大同組)の大野のお陰で、今回はヤバい橋を渡る事なく解決した。・・・かに思えたのだが・・・
知らないうちに『友達』になっていた大野の計らいで、何とか当初の目的であった、ジュンの帰国の件は形がついた。もともと地元のヤクザを無視してどうどうと違法行為をしていた店である。どんな目に遭ったかは想像できるが、同情の余地はなかった。
後は・・・・ジュンを何とか帰国前に父親の墓参りに連れていってやりたかったが・・・
ジュンはあれから、同じように軟禁されていた他のフィリピン人たちと大同商会が仕切っている外国人パブで仕事をしていて、なかなか時間が合わなかった。
(もちろん、今度は無理やりではない、帰りの交通費と、家族に少しでも持って帰ってやりたい!という本人達の気持ちをくみ取って、大野が許可した事である。)
ある日、店の仕込みをしに昼過ぎに出てきた聡を、ジュンは初めて出会った時のような体育座りで待っていた。
「・・・・元気だったか?」
「ハイ・・・アタシ・・・・アイタカッタ・・・・・・デモ、ミセニモキテクレナイ。ダカラキタ。」
そう非難がましく言った後、ジュンは聡に抱きついてきた。
ボリュームのある、しかもフィリピン女性特有のはりのある肌が聡を誘惑する。
(こりゃあ・・・凶器だな。油断したら落されてしまう・・・)
「サトシサン・・・・アタシ・・・キライカ?」
「いやいや、嫌いじゃない・・・可愛いと思ってる。」
「ナラ・・・ナンデ・・・ダイテクレナイ?」
「嫌いじゃないけど・・・・俺には大切な人がいるんだ。結婚しようと思ってる。」
「アタシジャダメカ?」
「うん・・・・ごめんな!国に帰って、もっと若くてしゃんとした奴探せ!・・・な?」
聡がそう言うと・・・・また泣き出した。仕方がないので、店に入れてしばらく肩を抱いてやり、頭を撫ぜてやると、落ち着いたのか・・・
「アタシ・・・・・アイジンデモOKダヨ」
「馬鹿!せっかく国に帰れるようになったんだ、自分を大事にしろよ。」
「ジブンヲ・・・ダイジニ?」
「そうだ。」
しばらく黙っていたジュンだったが・・・・
「ワカッタ・・・・ジャア・・・・キスシテ・・・キスダケ・・・」
困ったなぁ・・・と頭をかく聡だったが、ジュンのエキゾチックな唇をみているうちにだんだんと変な気分になりそうだったので、
「うん、キスだけ・・・な」
そう言いながらおでこにチュッとキスした。
「チガウ・・・ココキスチガウ・・・ココガキス」
逆に首に両手を回されて唇にブチュッとキスされた。慌てて引きはがそうとすると、さらに力強く引き寄せられて、ジュンの舌が聡の口に侵入してくる。びっくりして思わずジュンの顔を見ると・・・・閉じた瞳から、涙が流れ落ちてきている。少しドキッとした後、流れに身を任せて、聡の方からキスのお返しをした。優しく優しく、応えるようなキスだった。ずいぶん長い時間だったように思えるし、短かったような気もする。不思議な時間だった。
(10若かったら・・・誘惑に負けてたな。間違い無く!)
聡はそう思った。
それから1週間して聡はジュンの父親が眠る墓に、お参りに連れていった。4日後にジュンがフィリピンに帰国する事が決まっていたので、何とか店番を岩堀に頼み、昼前に出発した。
なぜか・・・・・優香と、エリカ、そして智雄までもが一緒に来ていた。
元の愛車ボルボをエリカに借りようとしたら、
「ああ、じゃあたしも行く!」
と、いい出して、その日のうちにエリカの現在の旦那であり、聡の親友である智雄、そして・・・聡の恋人であり、智雄の元妻である優香も・・・・・
ジュンの父の墓は大分の湯布院の傍にあった。福岡から高速を使えば1時間半ほどの場所だ。
神妙な面持ちで墓参りをするジュンの後姿を見ながら、優香がポツリと漏らす。
「あの子・・・・聡さんの事が好きなんだね。」
「え?」
「見ててわかるもん。変な事してない?」
ちょっと・・・・・いやかなり目が怖い。
「ししし、してないよ!も、も、もちろん!!」
「噛み噛みじゃないの!まさか!?」
「いやいや・・・本当になにもしてないよ!」
冷や汗をかきながら聡がいい訳していると・・・・エリカが余計な事をいう。
「優香、大丈夫よ・・・・さっき聞いたらキスしかしてもらえなかったって・・・へへへ」
まずい・・・・非常にまずい展開である。
「あ、そうなんだ・・・キスだけねぇ・・・ふーん・・・・」
「いや、あの・・・・優香さん?・・・あの・・・目が怖いんですけど・・・・」
「でも・・・・本当はもったいない事をした、なんて思ってない?」
「いや!!神に誓ってそんな事はありません。」
一生懸命いい訳する聡を見て、優香は「ぷっ」っと吹き出し。
「いいわ!許してあげる。」
そういって笑ってくれた。エリカも智雄もあろうことかジュンまでもが笑っていた。
ジュンが出発する日、エリカも優香も仕事を抜ける事が出来ずに見送りは聡と、もうしばらく日本で稼いで帰るつもりの他のフィリピン人女性達で行われた。
そこへ、大野が護衛二人を連れてやって来た。なんのかんのと文句を言いながらジュン達の事を気にかけていたらしい。大野らしいな・・・と思う聡である。近づいてきて
「餞別だ、とっときな。」
といい、金が入った封筒を差し出した。ジュンは黙って受け取った後、もう一度聡を見て、目を閉じて唇を出す。聡は困った顔になるが、その唇に自分の人差し指で、チョンっと触る。途端にジュンは不満そうな顔をするが、聡はそのまま喋り出す。
「いいな!国に帰っても、自分を大事にするんだぞ!」
「ウン・・・ワカッタ。ジブンヲダイジ・・・スルネ!ダイジ二。」
そう答えたジュンだった。涙に濡れた顔をくしゃくしゃと笑顔に変えてそのままゲートに向かった。そうしてそこからは振り返らずに行ってしまった。
「行っちまったな・・・」
感慨深くゲートをいつまでも見ていた聡の隣にいつの間にか大野が来ていた。
「ああ、今回の件では世話をかけました。」
「いいって・・・まあその・・・友達・・・・だからな。」
「ええ、友達ですね。」
「ところで・・・・お前、なんであのジュンって子、思いを遂げてやらなかったんだ?」
「その話ですか?・・・・以外と好きなんですね、その手の話。」
「馬鹿言え!ただ・・・・・お前は普通の女が好きなんだと思ってたからな。」
「普通のって?日本人って事ですか?」
「何いってやがる。ちゃんとした『女』って意味に決まってるだろ?」
「ハァ?・・・言ってる意味が全然判りませんけど?」
「え?・・・・だってお前あの子とキス・・・したんだろ?」
「なんで、そんな話知ってるんですか?!」
「いやなに・・・最初に通訳で連れて行った女の子がいたろ?あの子があれから仲良くなったらしくて、そのあと色々相談されたらしい・・・・てか間接的に俺にもお前の好みとか来てきてたからな、はっはっは」
やはり日本人とは違うもんだ。そこまであからさまに仕掛けてくるんだもんな・・・・
そうひとりで考えていると・・・
「・・・で、なんだ。お前ってあっちのの方もいける口なんだろ?」
「いや、だから・・・あっちってどっちですか?」
「ああ、もう・・・だから男もイケるのかって事に決まってるじゃねえか?」
「ハァ???男って、なんでです?」
「・・・・お前・・・・聞いてないのか?もしかして・・・・」
「だから何を?!・・・・・・・ひょっとして・・・ジュン??」
「知らなかったんだな!!?うひゃひゃひゃ・・・・あいつ・・・男だぞ。」
フィリピンではよくある事だそうだが・・・・性転換・・・・といってもジュンはお金はあまり持っていなかったので、まだ胸があるだけなのだとか。あんなに綺麗な子が男だなんて・・・
まてよ?お袋とエリカは・・・・知ってたんだよな・・・・・今までのいきさつを考えてみて、なぜか腑に落ちない。
もしかして、優香も知っているのでは?じゃないとあんなに簡単にキスの事許してくれる訳がない。
空港から出てエリカに電話をかける。
「お前!・・・・知ってたのか?ジュンが男だって。」
「うん♪・・・・聞いたんだね!どう、綺麗な男の子とキスした感想は?」
「なんで言わなかった?」
「だって・・・・聡って女の子には優しいけど、男には超冷たいでしょ?でもあんなに可愛いんだから・・・・女の子だと思わせてた方がジュンの事助けてくれるかもって、お養母さんと話合った訳よ。案の定、鼻の下伸ばしてたけどね!誰かさんは!優香も呆れてたんだよ。うふふふ」
世の中には聡にもわからない事知らない事がまだたくさんあるようだ。
人間誰しも知らぬが仏。という事はありますよね。
知りたくなかっただろうな・・・