ルナシスーー6
陽は波のように引いていき、街には昏い波が押し寄せる。
闇に浸食された街では、随所に火の手が上がっていた。
オーク達は相も変わらず跋扈しているのだ。
変身したままのヒズルは隻眼のオークを探すべく、荒れすさむ街の中を走り回っていた。
ルーズィ達は、オーク共を出来るだけ一箇所に集めようと上手いこと扇動してくれている。
その甲斐あって、ほとんど遠慮なしに駆け回れた。
見上げるほど高い時計台によじ登り、見下ろす。
いたぞ。アイツか。
ジャックから聞いた通り、隻眼に、巨大な棍棒を拵えている。丁度、棍棒で家屋を殴りつけようとしており、それから豪快に棍棒を振ったのだ。
直後、凄まじい砂埃と粉塵が舞う。煙が晴れると、打擲された家屋は見る影もなかった。
直撃は避けないとな、と肝に銘じ、周囲を観察した。
扇動のおかげだろう。隻眼のオークは独りで行動している。
よし、願ったり叶ったりの状況だ。
ヒズルは不意を狙って、矢の如く隻眼のオークの背中に向かって移動する。
そして見事に加速した蹴りをお見舞いした。
遥か彼方に吹き飛ばすつもりで蹴ったのだが、隻眼のオークは全く微動だにしなかった。
「あ?」
隻眼のオークは攻撃的な声をだし、くるりとヒズルに向き直った。
ヒズルを捉えると、一度目を見開き、そして嬉しそうに笑った。
「お! 御頭じゃねえか。ようやくおでましかい。ずーっと探してたんだぜ」
「......なんで俺が御頭だと分かる?」
振る舞いからして、俺がオークだと確信しているようだ。
オーク同士だと何かシンパシー的もので察知できるのだろうか。
「ククク。一緒に苦楽を共にした仲だろう。それくらい分かるさ」
隻眼のオークはからかうように笑っている。
どうやらまともに取り合う気はないようだ。
「悪いけど俺はお前を知らない」
「かぁ、つめてえな、おい! 死にかけた時、何度も助けてやったってのによ。
この目の傷だって窮地に陥った御頭を助け出した際に負ったんだぜ。命の恩人であるこのゾディオスを忘れるとは悲しいねえ」
ゾディオスは鉤爪痕のある目を撫でている。
「残念だけど、俺はお前が知ってる御頭じゃない。中身は立派な人間だ」
「ククク。なに寝ぼけたこといってんだ。腑抜けが。ダークエルフ如きに絆されやがって。どうせ交渉材料にえっちい本でも提示されたんだろ」
「ふざけるなよ。俺はそんな盛んな獣じゃねえ。それになんだよ、えっちぃ本って。アナログすぎんだよ」
「なにいってんだが。えっちぃ本はこの世界において最高峰の代物じゃねえか」
「お前と喋っていると頭が馬鹿になりそうだ。いくぞ」
言うが早いか、ヒズルは放屁で加速し、ゾディオスの顔面に怒涛のラッシュを浴びせる。
数発殴りつけたが怯む様子はなく、「うざってえな」と巨大な棍棒で軽々と薙ぎ払ってきた。
背面飛びで回避。一度距離を置き、隙を窺って、乱打する。
チッ。表情一つ変えないな。
通常の打撃ではダメージが入らないようだ。
「はは。随分身軽に動き回るじゃねえか。今度はこっちからいくぜ」
ゾディオスは、地面を思い切り棍棒で叩きつける。
煙に視界が覆われ何もみえない。
右側から攻撃の気配を感じ、とっさに右肘を立て、頭を庇う。
クッ、と短く悲鳴をもらし、それから右腕に痺れるような衝撃が走った。
「まだまだいくぜ」
怯んだヒズルに、容赦ないボディーブローが突き刺さる。
呼吸が止まり、苦しさのあまり膝をついて倒れてしまう。
そこに容赦ないゾディオスの蹴りが、鼻柱に炸裂する。
ヒズルは後方に吹っ飛びもんどりを打つ。
起き上がると、首飾りのピエロに亀裂が入っており、そして砕けた。
すると、ヒズルの姿はオークに戻る。
「イテテテ。ったく容赦ねえな」
ヒズルは立ち上がる。
「ククク。その姿の方が何倍もイケてるぜ。そろそろお互い本気でやろうや」
「ああ、そうだな」
ゾディアスは、棍棒を救いあげる形で振ってくる。
それを難なく片足で止め、貫手の要領でゾディオスの心臓に突き刺した。
ヒズルの腕は見事にゾディオスを貫いている。
ゾディオスは信じられないという面持ちで、ヒズルを見つめている。
手を引っこ抜くと、ゾディオスは白目を剥いて、倒れ込んだ。
「慢心しすぎだっつーの。てか、どうしよう。もう変身できねえじゃん。それより、あいつらのところにいかないと」
ヒズルは放屁で空を飛び、ルーズィ達の元へ向かった。
到着すると、もう既に決着がついており、そこかしこにオークが倒れている。
「片付いたのね。丁度こっちも終わったわよ」
ルーズィ達が駆け寄ってきた。
ジャック以外はダメージを受けた様子がなく、服装に乱れ一つない。
「この方、凄く足手まといでしたわ」
フィーレアが半裸姿のジャックの背中を蹴る。
「め、面目ない」
ジャックは恥じたように髪を?いた。
「それよりこの街も無茶苦茶ね。復興に時間が掛かるわよ」
疲れた顔でルーズィはため息を吐く。
「ああ、そうだな」
ヒズルは頷いた。
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オークの襲撃から3週間が経過した。
だいぶ街としての機能を取り戻したルナシス街。
ヒズルは街の中央を歩いている。
首飾りは壊れてしまったので、元の姿のままだ。
しかし、すれ違う人々は特に騒ぎもしない
ヒズルはもう姿を隠す必要もなかった。なぜならこの街の住人として受け入れられたからだ。
あんな展開になるとはな。
ヒズルはあの時のことを思い出した。
オーク達を倒した後、ヒズルは囚われていた人々を救出した。
囚われた人の大半が女性や子供で、男性はケツから血を流しそこかしこに倒れていた。
傷ついた兵士や、虜囚に包帯を巻いたりなどの治療を終え、ひと息ついてる時だった。
「なんでオークがいんだよ。仲間気取りか? 街を無茶苦茶にしやがってよ」
誰かが言った。それから堰を切ったように罵倒の波が押し寄せたのだ。
何も言い返さず黙っていた。街の人達には攻める権利があると思ったからだ。
すると一人の少女がヒズルを庇うように手足を大の字にして立ちはだかった
「やめてよ! お兄ちゃんをいじめないで」
かぼちゃ男の時に助けてあげた少女だった。
「お兄ちゃんは街を助けてくれたんだよ。お兄ちゃんがいなかったらみんな死んでたんだよ」
少女は泣きそうな声で言った。
街の連中は困った顔をしている。
「でもさ、元々はそいつがこの村に逃げて来たのが原因だろ。だったらやっぱりそいつの責任だろ」
「それは......」
少女は悄然として俯いた。
「待ってくれ!」
人垣を分けて誰かが走ってくるーージャックだ。
「みんな聞いてくれ! 攻めたい気持ちもわかる。でもこいつは悪くないんだ! 全ては俺の責任だ!」
ジャックは少女の横に並ぶと、群衆の前に立ちはだかった。
「どうゆうことだよ」
片腕を負傷した兵士が険のある言い方で訊ねた。
「俺とコイツはできてるんだ。だからむりいってこの街にきてもらったんだ」
ジャックの言葉に皆が一斉に唾を飲むが伝わる。
ヒズルも訳が分からず、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「そ、それってまさか、コイツと恋人関係ってことか」
兵士は震える指でヒズルを指さした。
ジャックは真剣な面持ちでは、ああ、と頷いだ。
誰かが、禁断の愛だ、と囁いた。
周囲が騒めきはじめる。その騒めきは、次第に歓声へと代わった。
「うおおおおおおおおおおおお」
「ちっ。そんな理由があったんなら先に言えよな。照れくさいぜ」
なんだ。なんだなんだ。これもうわかんねえな。
「だったら仕方ねえな。オーク、お前ももう立派なルナシスの住人だ」
集団の先頭にいた兵士がそう言うと、周りの皆は一斉に頷いたのだった。
んー、思い返してみても色々と腑に落ちないな。
でも、分からないのは俺が異世界に無知だからだろう。
それとだが、オークを倒しても何一つ変化は起きなかった。
ゲームだったことに託けて頭を巡らせていたけど、全ては空回りだったようだ。
やっぱり元の世界には戻れないのだろうな。何となくわかってたけど。
でも今はそれでもいいかなって思ってる。
さて、そろそろ行こうかな、冒険者ギルドに。
あの日を境に恋人になったジャックが冒険者ギルドで待ってるんだから。
稚拙な作品をここまで読んでくれた読者の方、本当にありがとうございました。




