ルナシスーー5
「それからは言わずもがな、だ」
回想を終えたジャックは、急に吐き気が込み上げてきたのか、口元に手を添えた。
「事情は分かりました。それとお尻の件はご愁傷様です」
ジャックは、笛の効果で傷は癒えてるから大丈夫だ、と親指を立てた。
強い人だなと思う。肉体面より精神的な負荷の方が多いだろうに。
そしてそれらの発端が自らにあることを思い出し、呵責の念に苛まれた。
俺のせいで他にも大勢の人が犠牲になっているんだ。
一刻もはやく事態を収拾しないと。そう思うと自然と右手に力が入った。
「これからどうするつもりだ」とジャックは切り出した。
「街にいるオークを一掃します」
「無茶だ」と、ジャックは床を叩き、言葉を紡いだ。
「いま話しただろう。隻眼のオークのことを。あれは人間がどうこう出来る次元を遥かに超えている。見損なうかもしれないが俺はこの街を見捨てようと考えている。これ以上は掘られたくないからな」
「見損ないませんよ。誰だって尻は惜しいですからね。でも俺は残ります」
「どうしてだ! お前は見ていないからそんな強気でいられるんだ。自分の尻が惜しくないのか! 俺は惜しい! それにお前だって一度掘られていると言ったじゃないか。あの恐怖をまた味わうことになるのだぞ。いいのか、それで!」
ジャックは悲壮な表情でヒズルの両肩を揺さぶり、ヒズルの目を凝視した。
その向けられた瞳には、決して友人を死地に送り出すまいとする意志が感じられる。
親切な人だなと思う。こんな優しい人だからこそ、全てを打ち明けようと思ったその時だった。
ボンッ。
前触れもなく変身が解けたのだった。
全く予期していなかっただけに、「え?」と声が漏れた。
ジャックも同様だったようで、ヒズルと声を重ねて「え?」と発した。
一頻り室内に沈黙の間がうまれた。
ジャックは次第に状況を飲み込み始めたようで、みるみると顔を歪めていった。
そして小さく悲鳴をあげて、座ったままじりじりと後退っている。
少しでも遠くに離れたいようで、壁に背がついてもその動作を止めなかった。
そんなジャックに対してヒズルは冷静を務め、それから全てを吐露した。
最初は、嘘だ嘘だ、と喚いていたジャックだったが、何とかそれなりに説得することができた。
「騙していてすみませんでした」
会話が成り立つくらいには落ち着いたジャックに対して再び詫びた。
「本当に驚いた。まさかお前だったとはな」
ジャックは溜め息混じりにそういった。
「まさかお前だったとは?」
「なんだ、覚えていないのか。散々俺を無茶苦茶したくせに」
「え? 言ってる意味がわかりません」
「痔にしたんだよ、お前は」
え? それってつまり。
「ふむ。覚えていないのか。では思い出させてやろう。あれは」
言いさしたジャッカルをヒズルは止める。
「待ってください。それは俺じゃないです!」
「いやお前だな。その立派な角。見間違えるはずがない」
「違うんです! そうゆう意味じゃなくて! さっき説明したじゃないですか。突然この身体になっていたって」
ジャックは眉間に皺を寄せ、険しい顔で何かを思案している様子だ。
「確かに以前会った時と大分印象が違う。本当に中身だけすっぽり入れ替わってしまったようだ」
「だから本当にそうなんです!」
「うーん。そんな摩訶不思議なことが起こるとは到底思えないんだよな。ま、でも、敵じゃないってことは分かったよ」
敵じゃないことが分かってもらえれば今はそれでいいや。
「よし。では今後の作戦を練るか。さっきは逃げると情けないことを言ったが、お前が元オークの大将だったなら話は別だ。此方にも勝算がでてきたからな」
「はい。なので俺が隻眼のオークとやり合います。他のオーク共はそちらでどうにかしてもらえますか。恐らくですが俺はそのオークを倒すのに相当な体力を消費するだろうと考えているので」
ジャックは、「とは言ってもな」と胸の前で両腕を組みながら唸っている。
「俺一人だと無理だ。自分で言うのもアレだが、腕には自信がない。
他の者と協力しながらでないと厳しい」
ジャックは恥じ入ったように自らの頭部を搔いた。
「だったら隣で寝ている三人と一緒にお願いします」
「大丈夫なのか? 傷が癒えてるとはいえ無理させない方がいいんじゃないのか?」
「問題ないです」とサムズアップした。
ちなみに根拠などはない。
「ま、お前がそういうならそれでいいか。で、いつから奇襲をかけるつもりだ」
「日が沈んだ後にしましょう。オーク共は夜目がきかない。こっちにはイザベルがいますので夜目対策が練れます」
「では、そうしよう」と答えたジャック。それから続けて、「これだけは聞いておきたいのだが」と言った。
ヒズルは、「なんですか」と首を傾げた。
「お前を仲間として信用していいんだな?」
「ええ。もちろんです」
その返答に満足気な顔をして、「そうか」と呟いた。




