ルナシスーー4
焦げた臭いが充満する街の中、ヒズルは未だに目が覚めない三人を担ぎながら掘られ兵士と共に移動していた。
街はオークに占領されており、複数のオークが棍棒片手にそぞろ歩いてる様子だ。
不幸中の幸いというのだろうか、黒煙が辺りを包んでいるおかげで煙に身を隠しながら進むことができた。
常に移動する時は足音を殺している。走り、伏せ、神経をすり減らしながら慎重に進んだ。
やっとのこと到着するとヒズルは安堵の息を吐いた。家に荒らされた形跡はなく、出掛ける前と同じ風情だ。用心の為に警戒を怠らず家に入り、安全を確認した後は担いでいた三人を各部屋に寝かした。
掘られ兵士と共に自室に入り、お互い適当な場所に腰を下ろす。
「今さらなんですが、お名前を教えてもらってもいいですか?」
「本当に今さらだな。俺はジャック。よろしくな」
ジャックは右手を差し出してきた。応えるべく握手を交わす。続けてジャックは、「お前はヒズルでいいんだよな」と言った。
「俺、名前教えましたっけ?」
「お前のことなら大抵のことは知ってるよ」
平然と答えたジャックは右目でウィンクをした。
「それより詳しく聞かせてください。何があったんですか?」
ジャックの発言は綺麗に聞き流し、話題を本題に戻した。
つれないな、と一言呟いたジャックだったが、すぐに事の顛末を語り始めた。
オークが攻めて来たのは小一時間ほど前だ。
街で安穏と警備していたジャックだったが、突如として不審な悲鳴を聞きつけた。
何事だ、といち早く確認の為に街の門前に向かうと、棍棒を片手にオークが大挙として押し寄せてきており、悲鳴の原因はこれだと察した。
オークの数でただならぬ事態だと察したジャッカルは、住民にいち早く事態の深刻さを伝えるべく街の中へと取って返した。
避難勧告または避難指示を発令する役目を担い、またモンスター討伐専門でもある冒険者ギルドに駆けつけると門前で視認した現況を話した。ギルド側は住人の避難を快く引き受け、また早急に冒険者を召集してくれるといった。
召集までにしばし時間を要するとのことで、それまでに何かできることはないか、とジャックは偵察に向かった。街には三々五々と散らばったオーク共が手あたり次第に家屋を薙ぎ払い、焼き払い、勝手気ままに振る舞っていた。
街を滅茶苦茶にしやがって。許せねえ。
身体中の血液が沸騰してるのかと思えるほど身体が熱い。
駄目だ。冷静になるんだ、俺。
込み上げてきた怒りを何とか抑えると、引き続き偵察を続けた。
ジャッカルは、やっかいだな、と心の中で呟いた。
オークは対で行動していた。
こちらを警戒してのことなのか、単身で行動しているオークは一匹も見当たらない。一匹でもやっかいなのに対で行動されるとますます面倒だ。とりあえず報告をしにギルドに向かおう。冒険者たちも揃っている頃だろうしな。
ギルドに戻ると、ジャックの予想通り冒険者たちが揃っていた。皆、それぞれ武器を拵えており、やる気満々ってツラをしている。
冒険者たちに偵察時に得た情報を伝えると、対のオークには何人で対峙するかで多少揉めることになり、最終的には八人で相対することが決まった。中には、オレ一人で十分だぜ、と自信過多な輩もいたが、阿るようにして説得した。
ジャックは頼もしい冒険者と共に街へ繰り出し、オークを狩りに向かい、そして数体のオークを倒した。出撃人数の調整が絶妙であったため、容易にオークを倒すことができたのだ。この調子ならいける、そう確信したジャックだったが、すぐにその考えたが甘かったことを思い知らされる。
「おいおい。なに人間如きに負けてんだ、手前らは。情けねえ」
巨大な棍棒を肩に担いだ隻眼のオークが現れた。
「お前がオーク共の統率者か?」
体格の良い冒険者が、これまた大きな大剣の先端を隻眼のオークに向けた。
「だったらなんだってんだ、下等生物」
隻眼のオークの返答を聞くや否や空高く跳躍する大剣使いの男。
「狩らせてもらう」
大剣を振り上げ、隻眼のオークを切断するほどの勢いで叩きつけようとしている。
「行動選択の限られる空中攻撃なんざ馬鹿のすることだぜ」
言って隻眼のオークは巨大な棍棒で大剣を受け止め、空いている左で大剣使いの男の頬を横から打擲した。すると、グシャ、と奇妙な音が立てながら、大剣使いの男は横に吹き飛ばされ、家屋に衝突した。その光景にジャックは絶句し、そして理解した。どう転んでも勝てないということを。
「あ、ああ、ああああああああああ」
小ぶりな青年の冒険者が奇声をあげると、恐怖でパニックになっているようで、刺突剣を片手に隻眼のオークに突っ込んだ。隻眼のオークは避ける仕草もせず、その刺突剣を身体で受け止めた。刺突剣は刺さるどころか、逆に折れている。
「ヒィ。た、たすけーー」
青年が言い終わる前に隻眼のオークは棍棒で青年の頭を叩きつける。ドサッ、と青年は地面に突っ伏した。見やると青年の後頭部が陥没していた。
「こんな化け物相手に勝てるわけねえ。逃げろ」
他の冒険者は悲鳴をあげると蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまい、ジャッカルだけが逃げ遅れることになってしまった。というより恐怖心が身体を支配して動けなかったのだ。そんなジャッカルに隻眼のオークは漸うと近づいてきた。
目と鼻の先ほどの距離に縮まった時には呼吸は乱れ、身体中の震えはピークに達していた。しかし、何かをしなければ、と僅かな理性が働き、結果ジャックは対話をもちかけた。
「な、なにが目的なんだ」
「クックックッ。ある奴を探してんだが中々見当たらなくてな。その腹いせだ」
隻眼のオークはジャックを見下すようにニヤニヤと口を吊り上げている。
「だ、誰を探しているんだ」
「俺らのリーダーだった奴さ。あの野郎、俺らを裏切りやがったんだ」
「あ、あんた達のリーダー......そ、そいつもオークなのか?」
「ああ」
「だったらそれは何かの勘違いだ。オークなんてこの街には住んでいない。どこで得た情報か知らないけどそれは間違っている。街には検問だってあるんだ。お願いだ、帰ってくれ」
地面に額をつけて頼み込む。
みっともなくたって構わない。街を守りさえすればそれでいい。そして何より助かりたい。
しかしジャッカルの懇願は空振り、それどころか希望を打ち砕く答えたが返ってきた。
「俺はな、人間の悲鳴が大好物なんだよ。それにーー」
隻眼のオークがジャックに一歩近づいたのが分かった。
そして突然、髪を掴まれる。
え? ま、まさか。
掴まれた髪を無理やり持ち上げられる。すると卑しい笑みを浮かべた隻眼のオークが目の前に映った。
「お前みたいな男は好みだぜ」




