ルナシスーー2
「ヒズル大丈夫か?」
開始早々、空中浮遊しているサンドマンタの尻尾がヒズル目掛けて振り下ろされた。それを両腕でブロックしたヒズルは、尻尾の威力に押され数歩下がった。
「大丈夫だ。ほとんどダメージはない」
自分でも驚くほどに食らわなかった。前回ほどとは言わないまでも、多少は吹き飛ばされる覚悟をもって防御したのだが、その予想を大幅に下回る結果だった。
これならいける。ヒズルは確信した。そして自分の成長を実感した気分に浸っていた。特に成長したなと感じたのは、敵の攻撃を捉えられるという点だ。前回は、サンドマンタの攻撃を見ることすらかなわなかったが、今回は回避できるだけの余力を持って視認できている。
サンドマンタは前回同様に無数の魔法陣を前方に展開した。展開した五芒星の中心から陰影な触手が此方に牙をむいた。触手一つ一つに意志があるかのような動きでヒズル達に向かって襲い掛かってくる。
叩きつけてきたり、先端を鋭利な刃物ように変形させ突いてきたりと、変幻自在な攻撃を繰り広げてくる。
ヒズルはそれを避け、回避が間に合わない時は拳で殴りつけ触手の軌道を逸らしていた。
イザベルは大鎌で触手を切断して徐々に触手の数を減らしてくれている。
フィーレアとルーズィはお互いの背中をくっつけ守りあっていた。
触手の数が減るにつれ、攻撃チャンスも増えた。
ヒズルは修業期間中に体得した、放屁スキルを使用した。
このスキルは体内のガスを身体の好きな箇所から発射できる優れた技だ。外観はすさまじく悪く、しかも周囲に悪臭をばらまいてしまうデメリットがある。だが、それらデメリットを補うほどのメリットがこの技にはあった。そう、この技は応用力に長けているのだ。
例えば相手を殴る際に、肘からガスを噴射させれば凄まじい威力の打撃が放てる。また足から噴射することで飛行や高速移動も可能だ。それだけでなく、敵に攻撃される際に身体中からガスを噴出すれば防御としての役割も果たすこともできる。他にも千差万別の使い方がある。はっきりいって万能だった。
足裏から凄まじい量のガスが発射された。その噴射力のおかげで、ヒズルは一瞬にしてサンドマンタの突出した巨大な眼球に移動した。
眼球の大きさは優に三メートルは超えている。その極大な眼球のど真ん中に放屁で拳を叩き込んだ。
威力は十分だったようで、サンドマンタの眼球が破裂して、ヒズルは不気味な粘液と返り血を浴びた。
サンドマンタにも痛覚があったみたいで、とても低い雄叫びをあげ、身体をうねらせている。浮遊していた身体も力を失うように徐々に降下している。
トドメだ。
ヒズルはサンドマンタの背中に乗ると左右の拳を荒れ狂う獣の如く打擲した。
サンドマンタは皿のように形を反らし、そのまま地面に落下した。
「なーんだ、弱いじゃない」
ルーズィがそんなことを呟き、サンドマンタをぺシぺシと叩いてる。
サンドマンタはピクリともしない。恐らく死んだのだろう。
「二週間必死に修行した甲斐があったな」
イザベルが大鎌を肩に担いだ。
「とりあえずこの分なら他のクエストも難なくこなせそうだな」
ヒズルは自分の右手を見つめた。
でもいいのだろうか、たった二週間でこんな急激に強くなってしまって。
なんだか冒険とかの楽しみの過程を全て素っ飛ばしてしまった気分だ。
まあいいんだけどね。
その時だった。
周囲の空間を包み込むような魔法陣が展開された。
「え? なんですの?」
フィーレアは慌ただしく辺りを見回している。
「コイツまだ生きていたのか!」
イザベルがサンドマンタを指さしている。
サンドマンタの全容が真っ赤に膨れ上がっていた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ。
サンドマンタは鼓膜が破けそうになるほどの雄叫びをあげた。
直後、眩い閃光に視界が支配され、同時に身が焼けるような激痛が走った。
あれ? 地面?
倒れている? 俺が?
何が起きたんだ。
確かサンドマンタが魔法陣を展開して、それからーーそうだ、みんなは。
ヒズルは地面に突っ伏していた。
辺りを確認する為、立ち上がろうと身体に力を入れ、そして体中に激痛が走った。
「イツッ」
やっとのことで身体を起こし、周囲を見回した。
「嘘だろ」
思わずそんな声が漏れた。
辺り一面は焦土と化していたのだ。
爆発の名残としてあちらこちらが燃焼している。
サンドマンタは最後の力を振り絞ったようで、黒焦げとなった死骸に成り果てていた。
「お、おい......お前ら、大丈夫か」
呼びかけにも応じず、三人はうつ伏せに倒れたまま動かない。
顔は煤けた程度で済んでいる。恐らく装着していた仮面が功を奏したのだろう。
だが、衣服などは所々に焼け焦げており、手足も爛れている。
近寄って安否を確認する。 良かった。生きている。
だが、危険な状態には変わりない。
しかし俺には回復魔法がない。
急いで街に連れて帰らないとまずい。
動作に支障をきたさない程度に回復すると、ヒズルは三人を担ぎ街へと戻った。




