休息
「物凄い勢いでレベルアップしてるんだが」
ヒズルはギルドカードに記載されている自分のレベルに驚いていた。
表示されているのはレベル三十五。ほんの少し前まではレベル1であったのだが。
「恐らくかぼちゃ男のおかげだろうな。
強さこそ酷かったものの稀有なモンスターではあったからな。
その証拠に本体を直接倒したルーズィのレベルをみてみろ。
一気に四十八だ。一気に中級者冒険者に格上げだ」
イザベルの言う通りルーズィは四十八レベルになっていた。
フィーレアもミニかぼちゃ男を何体か倒していたようで三十レベルになっていた。
「当初の狙い通り個々のレベルアップは果たせたな。
今夜は疲れたしゆっくりと休むとしよう。
ところでルーズィ、本当に私も部屋を借りても良いのか」
ルーズィは、ええ。お好きな部屋を使って頂戴と答えた。
ヒズル達はルーズィの家にいた。
かぼちゃ男討伐後、少女を家に届け、それからギルドに報告したのだ。
もちろん今まで冒険者が狩ってきたかぼちゃ男はかぼちゃ男ではなく、
かぼちゃ男が作り出した贋物だったことや、その根源であるかぼちゃ男本体を討伐したことを委細に説明した。
するとギルドのお姉さんは、まあ。それは大層な活躍をされましたね、と個々に追加報酬を用意してくれた。
それから、今後の活動拠点が必要だな、とイザベルが言い、ルーズィが、私の家を拠点にしましょうと提案した。
部屋もそれなりにあるので反対意見が出る事もなくスムーズに決定した。
それから相互にレベルの確認を行い、現在に至る訳だ。
「では隣の部屋を使わせてもらおう」
今は皆、ヒズルの部屋に集合していた。
イザベルが指したのは部屋を出て右側の部屋だった。
フィーレアは、わたくしはヒズル様と同じで部屋でいいですわ、とまるでそれが当たり前なのだと言わんばかりに開陳した。
勘弁してくれよ、と心情を察してもらう為にルーズィに視線を送ると、「分かったわ」と以心伝心で気持ちが伝わった。
と、思ったのだが、「痔には気をつけなさいね」と返答を受けたので言葉にしてはっきりと、「お前はなにをいっているんだ。俺は共同は嫌だって訴えたんだ」と返した。
ルーズィは、「そんなの分かるないでしょ。最初からはっきり言葉にしなさいよ」とつっけんどんに放った。
フィーレアは瞳を潤ませ、酷いですわ、と睨みつける風情で此方を見ていたが、ヒズルは決して意見を曲げなかった。
なぜなら瞳の奥には、雄々しい獣じみた気配が潜んでいるのを感知したからだ。
ここで承諾をすれば、翌日には痔になったあられもない自分の抜け殻が転がっていることだろう、と判断したからだ。
なので意地でも譲歩しなかった。
渋々折れたフィーレアは、空いている左の部屋でいいですわ、と悄然と項垂れていた。
個々の部屋も決まった事で各自それぞれの部屋へと消えていく。
一人になり気が抜けたことで猛烈な睡魔に襲われ、ヒズルは泥のように眠った。
「おい、朝だぞ。起きろ、ヒズル」
部屋の外からイザベルの掛け声と共にノック音が部屋に響いた。
しかしヒズルは寝起きの倦怠感に支配されていて、返事をすることすら億劫になっていた。
一頻りイザベルのアラームを放置していると、仕方ない。私流の起こし方を実践してやるか。入るぞ、と物騒な囁きが扉越しに聞こえた。
眠気で重たくなった瞼を懸命に開くと最初に視界に入ったのは自分の手だった。
本来なら何も驚く事ではないのだが、ヒズルは一瞬にして覚醒した。
そう。変身が解けていたのだ。
まずいまずい。
「待って! 今起きるから! 部屋には入らないで」
寝起きとは思えない程の大声が出た。
しかしイザベルは、とかなんとか言ってそのまま寝落ちする気だろう。その手には乗らん。開けるぞ、と言った。
眼前の扉が徐々に開く。
ヒズルの体感では、時が止まってのではないかと思えるほどにゆっくり扉が開いていているようにみえた。
扉を開けたイザベルは、呆気にとられたように佇んでいる。
本来であれば、この状況は非常にまずいのだが、ヒズルがそれよりも優先的に反応を示したのはイザベルのパイオツであった。
イザベルはネグリジュのような寝間着を着ており、胸元がとても強調されている。
その容態は雄であるヒズルには刺激が強すぎるのだが、しかしヒズルはたわわに実った胸を必死で注視した。
「お前、ヒズルなのか?」
イザベルの呟きで我に返ったヒズルは自分の置かれている状況を思い出した。
「い、いや、これには事情があるんだ」
「人間にまで化けて何が狙いだ」
嫌悪感を隠す気もない様子のイザベルは、顔を歪めている。
それもその筈、オークはこの世界では嫌われの権化みたいなものなのだから。
「狙いなんてない。信じられない話かもしれないけどーー」
ヒズルはオークに至るまでの経緯を説明した。
説明の際にはエロゲーなどという卑猥な単語を包み隠し、この世界は俺の世界で作成された物で、と勝手よく話した。
話を聞いたイザベルは、「嘘をつくにしても、普通はもう少しまともな嘘をつくだろう。恐らく真実なんだろうな」と苦笑した。
駄目元で話したのだが、あっさり信じてくれたことに逆に驚いたヒズルは安堵の息を漏らした。
「正直俺自身も戸惑っているんだ。
こんな醜い姿になって、この世界でどう振る舞っていけばいいのか。
元に戻る方法はあるのか。帰る方法はあるのか。とにかく五里霧中なんだ。
この世界に来た当初は、ルーズィに贖罪する為に送られてきたのかとも考えていたんだけど、
なんだかこれも違うような気がして」
「どうだろうな。だが贖罪の為に送られるなんてことはないと思う。
もしそういった理由で召還されるなら、その罪は製作者側に帰結するんであって、
遊んでいたお前に振りかかるとは到底思えないのだが」
「確かに。言われてみればそうかも」
イザベルの発言はヒズルにとってまさに青天の霹靂だった。
イザベルは続ける。
「この世界が作られた世界なら、
その物語を終わらせることで何かが起こるんじゃないのか?」
物語の終わらせる......。
その言葉を聞いて、ヒズルは想像した。
それはオーク以外の種族にとって惨事にしかならない悲惨な末路。
元々はそういった趣旨で作られている為に仕方ないのだが、
ヒズルが存在している此処は、皆それぞれに自我を持っている。
NPCでもなく、自由意思のある個人だ。
結末を迎えるということは、目の前にいるイザベルすらも被害者に含まれるのだ。
「それはできない」
間髪入れずにイザベルが、「なぜ?」と問い返した。
ヒズルは事情を説明した。
羞恥心に頬が火照るのを感じながらヒズルは吐露した。
オークが世界の政権を握り多種多様な種族を犯す末路を。
「お前の世界の住人はトチ狂った変態集団かなにかなのか」
胸に突き刺さる一言だ。
だが、あながち間違いでもないので返す言葉もなく俯く。
「まあそれはいい。
しかしこの世界がそういった趣旨で創造されたとなると、
必然的にそうゆう結末を辿る可能性が高いな。
じゃあ逆に、そういった結末を辿らせなければどうなる。
この世界はオークの為に作られている。いってしまえばオークを主軸に作成された世界だ。
その世界の根本たるオークがいなくなればどうなる。
この世界は消失するのか、はたまたこの世界はヒズルの指しているゲームなんかでなく自立した世界なのか、
とにかく何かしらアクションが起きると私は思う。最悪、オークは殺せない、そう世界に組み込まれている可能性だってある。
ま、あくまで私の持論だがな」
ヒズルは感嘆していた。
気付けば無意識にイザベルの顔を真っ直ぐ見ていた。
「そこまで深く考えてなかった。
そうか。言われてみればそうかもしれない。
っていうよりそれしかない!」
強く拳を握りこむ。
暗闇の中に一本の糸が垂れてきた感覚だ。
少しだけ光明が見えた。
「ふむ。まあそれは今後一緒に考えるとしよう」
「そうだな」と答えたと同時に、「うるさいわね」とルーズィが部屋に入ってくる。
続けてフィーレアもだ。
そしてヒズルの姿がオークに戻っていることに狼狽したのか、わーわーと騒ぎたてる二人は、
イザベルの目の前に回り込んで手を大振りに振っている。
その姿は隠し事を見つかって慌てふためく子供のように見えた。
なんだかんだで良い奴等だよな。
自然と口元が緩んだ。
「いや、もう見られたし、それ意味ないから」
イザベルは笑っていた。




