かぼちゃ男ーー6
かぼちゃ男の指示に従い、大勢のミニかぼちゃ男が雪崩の如く襲い掛かってきた。
万事休すか。
ヒズルは反射的に少女を守るべく、覆い被さるようにして丸まった。
少女は仰向けに倒されながら、「あら。大胆ね」と子供らしからぬ台詞を囁いた。
「よし。お前たち全力で痛めつけてやれ」
かぼちゃ男の声が周囲に木霊する。
ミニかぼちゃ男の猛攻が始まった。
ポカッ。ポカッ。
ーーあれ? 俺は殴られてるのか? 何も感じないんだけど。
空気バットで殴打されている感覚に近い。
首を動かし真正面を見る。
その時、頭に乗っていた一匹のミニかぼちゃ男が背中に転がり落ちるのを体感する。
眼前には新たにミニかぼちゃ男が、子供みたく両腕をグルグルと回してヒズルの顔面を殴打しているのだが、まるで威力がなかった。
もしかして尋常じゃないほど弱いのでは?
それを確かめるべく、指に力を込めて目の前にいるミニかぼちゃ男の頭部をデコピンで弾いてみた。
グチャ。
ミニかぼちゃ男の頭部はスイカを叩き割ったように飛散した。
「え?」
見越した以上に相手は遥か格下だったので、逆に戸惑いの声が漏れてしまった。
ふう。身体から緊張が抜けていくのを感じる。
一瞬でもピンチだと焦っていたことが恥ずかしい。
対するかぼちゃ男は何事かと困惑している様子だ。
かぼちゃ男にしても計算違いなのか、それとも此方を油断させるための演技なのか。
恐らく後者だろう。あれだけ用意周到に構えていたのだ。
此方を揶揄って楽しんでいるのに相違ない。
許せない。
腹に据えかねたヒズルは拳にありったけの憤怒を込め、それを周囲を取り巻いているミニかぼちゃ男に解き放った。
ミニかぼちゃ男は悲鳴をあげる間もなく頭部の中身を地面に撒き散らして死んだ。
それと同時に「片付いたぞ」と声が掛かる。
イザベルに目を向けると大鎌の先にはミニかぼちゃ男の体液がベットリ付着していた。
その様子を見てなのか、かぼちゃ男は破顔すると声を高らかにして笑い始めた。
くそ。楽しんでやがる。舐めやがって。あんな低級中の低級モンスターで煽って何がしたいんだ
お前が手を抜いて遊んでいることくらい分かる。これで終わるはずがないんだろ。
駆け出し冒険者だからって舐めるなよ。
かぼちゃ男はひとしきり笑うと、片膝を立てて座り始めた。
何か仕掛けてくる気か。ヒズルは身構える。
仲間たちを一瞥すると皆一様に警戒を露わにしていた。
今までの流れ全てがウォーミングアップなのだろう。
冒険者としての勘だがここからが本番なはずだ。
座ったまま沈黙を貫いていたかぼちゃ男がようやく口を開いた。
「我ら生命体には共通の言語があるのだ。わざわざ武力で決着をつける必要もないーーと思うんだ、俺は。とりあえず話し合おうじゃないか」
「「「「え?」」」」
ヒズル達はもちろんのこと、一連の流れを見物していた少女すら同じ感想に至ったようだ。
そりゃそうだ。
さっきまで威勢よく主導権を握っていたモンスターからそんな提案をされれば誰しもそうなる。
「だから会話をしようって言ってんの。双方が納得する形で折り合いをつけようってこと」
身振り手振りで必死に訴えてくるかぼちゃ男。
もはや登場時の風格はなく、必死さがひしひしと伝わってくる。
「さっきまで俺らのことを殺そうとしてなかったか?」
「そんなことないよ。軽いジョークさ」
「お前さ、俺らが想像以上に強かったもんでーーいや、お前が弱すぎたんだけど、
それで勝てないと見込んでそんな提案してるんだろ?」
「ギクッ。ち、違うよ」
的を射たようで途端に慌ただしくなったかぼちゃ男は、両手を振って否定の意志を示している。
しかし動揺が透けて見えてしまうのでその所作は滑稽以外のなにものでもない。
「ま、どっちにしろお前は狩らせてもらうけどな」
狩る意思を明確に示すと、かぼちゃ男は俊敏に立ち上がり逃走する。
短距離選手のような綺麗なフォームで去っていこうとしたが、一瞬で背後に回ったイザベルに羽交い絞めされたのだ。
「やだあああ。死にたくないいいいい」
見る影もなくなったかぼちゃ男は、玩具を買ってもらえない子供みたくジタバタと暴れている。
「ヒズル。私の編み出した技を一つ披露してあげるわ」
そう言うとルーズィは、"死者の冒涜"と唱えると、またも汚らわしいゾンビが出現した。
なにする気だよ。
「イザベル。そのまま抑えてなさい。ついでに頭をしっかり固定して頂戴」
「承知した」
イザベルは掌でかぼちゃ男の側頭部をガシッと掴む。
力量差があるのか、かぼちゃ男は抵抗しようと身体を揺さぶっているが顔だけは見事に固定されている。
なんだがどっちが悪役なのか分からなくなってきたな。
「いくわよ。ほいほい」
ゾンビは、のっそのっそとかぼちゃ男に近づいていく。
かぼちゃ男はこれから自分の身に降りかかる不幸を悟ったのか、更に激しく暴れる。
しかしイザベルとの圧倒的な力の前には、その努力も実ることはないようだ。
「え? 技ってまさか......」
ボソッと呟いた少女にはルーズィがやろうとしている意図が分かるようだ。
ゾンビがかぼちゃ男の前に辿り着く。
ここから何をするのだろう。
編み出した技と豪語していたのでとてつもない技に違いない。
「やめろ。やめてくれ。何をするつもりだーーんぐ」
「なん...だと......」
思わず声が漏れる。
確かにとてつもない技なのだがヒズルのイメージしていた技とは掛け離れていた。
ゾンビがかぼちゃ男にキスをしたのだ、もちろん強引に。
なんて恐ろしい技なんだ、と吃驚していたのだが、こんなものでは止まらないようだ。
「"腐乱した肉片"」
声高らかにルーズィが唱える。
するとかぼちゃ男に異変が生じた。
「うそだろ。おい」
呟かずにはいられなかった。
同じ心境に至ったのだろうフィーレアは、なんて恐ろしい技ですの、と小刻みに震えている。
それもその筈。
かぼちゃ男はルーズィの操るゾンビの吐瀉物を飲まされているのだ。
眺めている此方まで気が滅入る。討伐モンスターといえども同情心を抱かずにはいられなかった。
吐瀉物の影響か、それとも精神的な問題か、どちらかは不明だがかぼちゃ男の相貌は紫色に変色している。
その姿は見るに堪えない。
「もうこのくらいで十分ね」と、得意気に技を解除するルーズィ。
それと同時にかぼちゃ男の拘束が解かれる。
恐らく死んだのだろうかぼちゃ男は、関節のない人形の如く地面に崩れ落ちた。
ルーズィは、私の技で倒したのよ。凄いでしょ、と言いたげにヒズルに視線だけを向けてきた。
「はっきりいって戦々恐々」
忌憚ない感想を述べる。
ルーズィはそれを好意的に解釈したようでサムズアップを送ってきたので、もちろん無視をした。
視線をかぼちゃ男に戻すと身体全体が浜辺にある砂状のように変化していた。
もはや原型をとどめていない。
どうやら終わったようだ。そう思うと途端に疲労感が身体を蝕み始めた。
子供を無事取り戻し、クエストもひとまず達成したヒズル達一行は、こうして帰路に着いた。




